パート3: 不遇な少女、リナ

 兄たちと別れた後、僕は学園のお気に入りの場所である中庭のベンチに向かった。

 ここは人通りが少なく、人間観察にはうってつけだ。

 分厚い魔術史の本を開き、視線だけを周囲に巡らせる。


(才能はあるが、性格に難がある者。家柄は良いが、実力が伴わない者。心は優しいが、臆病な者……)


 この2年間、僕は学園のほぼ全ての生徒を分析してきた。

 だが、僕の無限の資産を投資するに値するほどの「器」は、まだ見つかっていない。


(焦る必要はない。投資は慎重に行うべきだ。相手を間違えれば、全てが水泡に帰す)


 そう自分に言い聞かせた、その時だった。

 数人の生徒たちの甲高い声が、僕の耳に届いた。


「おい、リナ! あんたのせいで、また実技の評価が下がったじゃない!」

「ほんとよ! 《魔力暴走》なんて危険なスキル持ってるなら、学園に来ないでほしいわ!」


 視線を向けると、三人の貴族令嬢が、一人の少女を取り囲んでいた。

 栗色の髪をした、少し気弱そうな少女。

 彼女は平民出身の特待生、リナだ。


(リナ……。データは頭に入っている。ユニークスキルは《魔力暴走》。膨大な魔力を内包しているが、制御が極端に難しい。そのため、周囲からは危険物扱いされ、落ちこぼれと蔑まれている)


 まさに、今の僕と同じような境遇だった。

 いや、実害を及ぼす危険がある分、彼女への風当たりの方が強いかもしれない。


「ご、ごめんなさい……。わざとじゃ……」


 リナは俯いたまま、か細い声で謝る。

 しかし、令嬢たちは聞く耳を持たない。


「わざとじゃなくても、結果的に迷惑してるのよ!」

「平民のくせに特待生だからって、調子に乗らないでくれる?」


 一方的な罵詈雑言。

 リナはただ唇をきつく噛みしめ、その言葉の嵐に耐えている。

 周囲の生徒たちは遠巻きに眺めているだけで、誰も助けようとはしない。

 僕と同じように。


(……だが)


 僕は本に視線を落としたふりをしながら、彼女の様子を注意深く観察する。


(彼女の瞳は、まだ死んでいない)


 俯いた顔。震える肩。

 だが、その奥には、悔しさと、諦めきれない何かが炎のように揺らめいているのが見えた。

 ただの落ちこぼれではない。

 ただ不遇を嘆くだけの少女ではない。


(面白い……)


 僕は本を閉じた。

 退屈だった日常に、ほんの少しだけ、興味深い色彩が加わった気がした。

 この少女は、もしかしたら――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る