第40話 幻影


俺が、百華さんを好きになった初めの理由は、簡単なものだ。


消しゴムを拾ってもらった。

教科書を見せてもらった。


些細な、始まり。


きっと、俺じゃなくても、彼女は同じことをしたと思う。


俺じゃなくても。






目の前のスキルの選択に、答えが出るとは思えなかった。


無頼の英雄は、高速移動のスキルだ。

一番最初に、モカを助けるために使ったチートスキル。


俺が速くなるということは、繰り出す攻撃の威力も、凄まじいものになる。


でも、これは今は役に立たない。


何故なら、今のゴーレムの攻撃を、落とされた巨大な岩を、このスキルではどうにもできないからだ。


岩を破壊しても、さっきみたいに、砕けた大量の欠片が、俺たちを襲うだろう。


そして、俺だけ逃げるわけにもいかない。




モカを助けて一緒に?




それは、無理なんだよ。




俺がとんでもなく速いとなると、モカに触れることすらしちゃいけない。


今の俺は、電車みたいなもんだ。


俺がモカに、この速度で触れたら、彼女の身体が保たない。





そして、もう一つのスキル。


優しき英雄。




俺は、このスキルを使ったことがない。


何がどうなるのか、全くわからない。


想像はつく。でも、確信はできない。


優しき英雄って言うんだから、守りのスキルのような気もする。


でも、もし違ったら?


別の能力であっても、何の不思議もない。


何の説明もない。スキル名だけで効果を推測するなんてのは、無理な話だ。




一応として、効果のわかっている無頼の英雄で、なんとかする手はなくはない。


モカに攻撃が当たらないようにしながら、俺が岩を砕く。


でも、そうすると、さっきみたいに岩は粉々になる。


それはきっと、俺がいくら速くても、全部は避けれない。


そして、速いからこそ、小さく硬い欠片が当たってしまえば、致命傷になる。




きっと、俺は死ぬだろう。





もし、それで。モカが生き残ってくれるなら、俺はまだ。




いや、嘘だ。

俺は、死にたくない。




でも、そりゃそうだろ?


なんで異世界転移して、チートもらって、こんなところで、死ななきゃならないんだ?


俺は、痛いのは嫌だし、苦しみたくもない。だから、ましてや死ぬなんてのは。


嫌なんだ。



おかしいだろ。


普通さ。異世界に転移したら、そりゃ強敵も出てくるだろうけどさ。


一発逆転の秘策とか、チートが進化したりとか、そんな、感じで。


最後には、ハッピーエンドでさ。


辛いことも、良い思い出に、なったり、してさ。




でも。


俺には、何もないんだ。


何も、思いつかない。


チートが進化してくれるとも思えないし、ゴーレムを倒す方法に目星はつかない。


そもそもで、このゴーレムの牢獄から出る方法すら、俺は。




チートがあるのに、わからないんだ。




手段はあるのに、目的が、わからない。




そして、多分このチートスキルトレジャーは、そういう、はっきりとした目的がないと使えないんだ、きっと。






止まった時の中で、ずっと、考えて良いかな?



俺は、今、息ができる。

吸って吐ける。


このままさ。


何年でも、何十年でも、答えを探せば......。


腹もきっと減らないし、眠たくもならないんだろ?


なら、それで。


それで......。




視界に映る、絶望の攻撃。


後ろは見えないし、身体も動かせないけど、きっとモカは、怯えてる。


この状況で、俺は、何日保つだろう。


腹が減らなくても、眠る必要がなくても、何日、正気を保っていられるだろうか。






助けてよ。




助けてくれよ。





百華さん......。





俺の甘えは、天に届くことはないだろう。



でも、きっと。


それは、俺の脳が、俺の甘えに答えた結果なのだろうと思う。









今、俺の目の前には、






百華さんが居た。







学校の制服、セーラー服。

そして、たまにするポニーテールに髪を結った彼女は、俺に、微笑みかけている。





ありえない。




止まった時の中だ。




たとえ彼女が、俺と同じように異世界転移していても、俺ですら動けない時の中で、彼女が現れる道理はない。



きっとこれは、俺の脳が見せた幻覚。


生存本能が最後に、走馬灯として見せた、彼女の幻影なのだろう。




でも、嬉しかった。




俺は、ようやく、彼女に、今。



甘えようと、していた。









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