第35話 チートがあるのに、逃げないと、死ぬ
痛い。痛い。
動きづらい。身体が、重い。
なんとか、しないと。
このままじゃ、普通にゴーレムに、殺される......!
俺はその時、気づいた。
そうだ、回復。
チートで、回復すればいいんだ。
お願いだ!!
回復してくれ! 俺の身体!
しかし、選択肢は出ない。
え? なんで?
どうして! どうしてなんだよ!!
大事なときだろ、今!
チート使わないと、使え、ないと。
俺、死ぬしかないじゃん。
ゴーレムは、俺の方へ向かってくる。
「余呉野さん!」
モカは、俺の方へ走り寄ってくる。
来ちゃだめだと、言いたかった。
言いたかったのに、俺は、来て欲しかった。
来てくれて、嬉しかった。
こんな小さな女の子、にでも、守られたかった。
結局、何も変わってない。
俺は、現実世界で求めていたものを、今も求めて、縋ろうとしてる。
モカが、俺の手を取る。
「走れ、ますか?」
「う、うん」
俺たちは、俺は、なんとか走り出した。
来た道を、ゆっくりだが逆走していく。
モカも、苦しんでいるのがわかった。
それなのに、さっきまでうずくまっていた身体を、必死に動かして、俺のところまで、来てくれた。
情けなかった。
悲しかった。
だから少し、抗って、格好いいところを、見せたかった。
「モカは、転移の玉を使ってくれ」
そう自分で言って、気づく。
転移の玉は、何人分なんだ?
モカはリュックから、玉を取り出す。
大きな硝子の玉。それが一つ。
こんなに大きいんだから、二人分、二人とも転移させてくれたり、しないかなぁ。
「でも、これはきっと、一人分で」
それは、モカも正確なことはわからないようだった。
ただの推測だ。
なら二人分だってことも、あるかもしれない。
でも、俺は、何も知らない。
知らないんだ。
この転移の玉が二人分じゃなかったら?
二人で使おうとしたら、一人すら転移させられなかったら?
転移できないだけならまだしも、おかしな誤作動を起こしたら?
ダメだ。ダメだ。
この危機に対して、推測が多すぎる。
何も、わからない。
「余呉野さん、あなたがこれを使ってください」
「え?」
「怪我してますし、私は大丈夫です。出口まで走るくらいならできます」
いや。いやいやいや。
違う。ダメだ。
それは、やっちゃいけない。
俺は、それを、呑んではいけない。
だって、だってさ。
俺が格好悪いとか、そんなのはもう、どうでもいいんだ。
でも、モカは逃げられるのか?
ゴーレムは、高速移動のスキルが使えるはずだ。
なら、モカに追いついて攻撃するくらい、簡単にできるはず。
いや、それを避けても、戻る途中にいくらでも、魔物がいる。
行きは、俺がいたから、寄って来なかっただけだ。
俺がいなくなれば、奴らも襲ってくるだろう。
それを抜けても、丘の森で狼の魔物たちが。
家に戻るまでに、障害が、多すぎんだろ。
「いや、ダメだ。そんなこと......」
「余呉野さん!!」
「え?」
モカが俺の身体に飛びつく。
転移の玉を、足元に落としながら。
それは、愛情表現でないことを、俺はわかっている。
さっきも、同じような状況があったからだ。
頭の上で、大きいものが振り抜けた風圧を感じた。
「え? ゴーレムの、攻撃?」
いや、高速移動だとしても、早すぎる。
早すぎるし、あの巨体を動かして走ってくる音、全くしなかった、よな?
俺が見ると、ゴーレムは再び、両足を失って前のめりに倒れた。
「瞬間移動です! このゴーレムは、両足を犠牲にして瞬間移動のスキルが使えるみたいです!」
なんだよ、それ。
俺のチートと、似たようなもんじゃん。
絶望した俺の視界の隅に、粉々になった転移の玉も映っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます