理屈への応援コメント
理屈にも美しさがあり、美しさにも理屈がありますね。きっとそれらの中間や、無限の段階もあります。
ある姿勢の良い、理ある美しいものが屈むと、それは美しくなくなるのか。
背筋の伸びた舞台役者も、背骨の曲がった老人も、それら立ち姿の背景には各人の努力の結晶があります。全ては見方、解釈によるのだと思います。
何事も美しいと思えば美しくすることができ、理屈があると思えば理屈があるはずです。画一的な思考・表現に囚われないことが重要だと、思わされます。
作者からの返信
コメントありがとうございます🙏
おっしゃる通り、今日ここにあった美しさが明日はもうそこにない、ということもありますし、無骨な理屈や、時には数式などの中にも美しさが宿る場合があります。
すべては流動的なので、固定観念にとらわれないことが大切ですね。
そんな中、ユーモアのある人の方が私にとって説得力があるような気がします。
理屈への応援コメント
理屈だって「美しさ」があれば人を感心させられる、という。この感じが「なるほど」と思いました。
美しい理屈などを出すためには、普段から色々なものに触れないと、というのも、創作などに当たっては本当に大事ですね。
世の中にある「美しいもの」とかを改めて見直してみたくなりました。
また一つ、物事への新鮮な目線を得られた感じがします。
作者からの返信
黒澤主計さん。いつもありがとうございます。
パッと見て「いいな」と感じたものが、後から考えると理にかなっている、というのがオーソドックスな鑑賞のしかたですが、自分が創作者となる場合は、逆のアプローチも必要ですね。
人を説得する場合、屁理屈を美しくこねると、笑って許してくれることがあります。←この部分は冗談で書きましたが、それにもやはり愛嬌と信頼関係が必要ですね。
理屈への応援コメント
やっぱ、笑い取りたいです。
オチ欲しいです。
作者からの返信
理屈では負けても、笑いが取れれば勝ったようなものですね。