雨
時雨(旧ぞのじ)
雨、降ってんなぁ
今朝目が覚めたら、雨降りだった。ザーザーというよりもしっとりと降り続く様。例えるなら、キッチンの蛇口を間違えて捻り過ぎた水量ではなくて、風呂場のシャワーで火傷した腕に当て続ける絞って優しく垂れる冷水。
昨日の夢は散々だった。
酷いよな、夢って。観たいモノが観れる月額幾らのコンテンツとは違って、おすすめもなければ人気ランキングもない、チャンネルが一つしかないTV番組のよう。調子が悪ければ砂嵐が一晩中流れる苦行、良くても古傷に塩胡椒で味を染み込ませるように眉間の筋肉が収縮する。
寝起きに見た景色に色が付き始めるのを感じながら、コップ一杯の水を求める。ピチョン、と落ちる滴がシンクの盥に溜まった水面を揺らした。ゴクゴク、ゴクッ、と喉仏を上に下にすればぼんやりとしていた視界も大分明瞭になってきた。
リビングの窓から覗く切り取った世界はうす暗い。眼鏡を掛けていない視界には雨の線が見えない。音は聴こえるから確かに降っている。
今日の予定は、無い。
いや、探せば幾らでも出てくるだろうし、長期的にはやらなくちゃいけない事だってある。
だが、今日では、無い。
独特のリズムで滴るベランダの手摺りから落ちる雨粒が、サーッという音と重なる。ベランダ用のスリッパが若干濡れていて気が滅入りながら、濡れないように縮こまって煙草を咥え火を点けた。
十年前の自分は、十年後の俺はもっと輝かしい生き様を晒していただろうと笑っていたかもしれない。
二十年前の自分なら、今頃俺は世界を飛び回って忙しい日々を送っていたかな。
一昨日の自分なら、今日俺は部屋の掃除を予定にちゃんと組み込んでいたな、雨が降るなんて知らなかったし。
ジュッ、と強制的に一服が終わりを告げた。手摺りから不規則に跳ねた雨粒によって。
何しようかな、今日。
読書する本を、昨日買っておけばよかったなぁ。
観たい映画もあったのにまだ公開前だし。
食べたいスイーツを買いに行きたい気分にもなれない。
晴れない気分なもんだ。
小雨が降っていた高校生の放課後に、好きな先輩に告白してフラれ。
ザーザー振りの新社会人になる為の面接日は合格る気が全くしなかった。
先週の通り雨でお気に入りの革靴に大ダメージを喰らったな。
小学校の時に降った雨は、いつもの帰り道をアスレチックパークにしてくれた。
アルバイトの日は、暇になって欲しいと雨乞いしたっけ。
初めての大きな商談に失敗した時、泣きっ面を隠してくれたのは突然の通り雨だったな。
「おはよう」
あぁ、そういえば。
「今日は雨かぁ、お洗濯物乾かないなぁ」
君と出会ったのも、こんな雨が降る夕方だったね。
「今日のスイーツ巡りは延期かなぁ」
やれやれ、と出窓のカーテンを開けながら呟く君の横顔を見ながら、相槌を打つ。
「雨、降ってんなぁ」
さあ、今日は何しようか。
雨 時雨(旧ぞのじ) @nizzon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます