第十七話 陰陽閃く――、それは想いの合う二人の剣

 ――近畿地方の森に、時空すら震わせる超絶咆哮が響く。

 時空を引き裂き出現するは、完全武装、決戦装備である、日本仙道界最大最強の武神――、吉備津討羅仙君きびつとうらせんくん

 全身に漆黒の大具足を纏い、その三対の鋼腕全てに異なる武器を持ち、その体躯一丈三尺ほどもそこそこ小さく見える漆黒鋼鉄の大軍馬に跨っている。

 ――その長い咆哮が終わると、彼が乗る軍馬がゆっくりと歩みを始めた。

 それを、雷太は青い顔をしながら怯えた目で見つめ、慧仙姑は北兲子を膝に抱きながらすべてを諦めたように目を閉じた。

 そして、泠煌は――、彼女唯一人は、もはやいつもの可憐な雰囲気を消して、思考するだけの分析機械のような無表情で、状況の打開の道筋を定めていた。

 ――その彼女、教主様が弟子の雷太へと静かに言う。


「……万が一と思ったが、本命が出てしまったのじゃ。故に、一旦わしはかの吉備津討羅仙君きびつとうらせんくん様には手を出さん……」

「うえ?! ……それは一体?! ……この状況で対抗しうるのは教主様だけじゃ?」

「……説明の暇はない。雷太が、その【金龍旗棒】によって暫くさばけ――」


 その言葉に、さすがの雷太も顔を青くして答えを返した。


「……俺が?! それは流石にムリ……」

「……雷太。さばく場合の条件は一つ――。かの武神に一切損傷らしきものを与えるな。それを一番うまく出来るのはお前じゃ」

「……」


 真剣な表情で見つめる教主様の言葉に。――雷太は頷いて覚悟を決めた。


「教主様がそういうのは――、理由があるのですね」

「……うむ」


 頷く泠煌に苦笑いを向けてから、雷太はその手の【金龍旗棒】を構えて一気にかの武神の御前へと奔り出ていった。

 その姿を見て、武神の歩みが一旦止まった。緩慢にも見える武神の腕が動き――、それがほぼ不可視にすら到達した速度で振るわれた。


 ドン!


「……く!」


 雷太はその手の【金龍旗棒】を振るって、その攻撃の進む方向を逸らす。その不可視斬撃は、そのまま大地を割った。

 ――その様子を確認すると、泠煌は次に、すべてを諦めた様子で死を待つ娘を睨む。

 そして――、彼女に歩み寄って――。


 パシ!


 その頬を叩いた。――その突然の行為に驚き、泠煌を見つめる慧仙姑。

 泠煌は静かな怒気を込めて言う。


「貴様はここで何をしておる……」

「……兄様が、死んで……」

「……それで、生きるためにこの場から逃げることすらせず……、無駄に死を待っておる、と?」


 ――その泠煌の言葉に、慧仙姑は目に涙をためて抗議する。


「……私は! 兄師が……、私を思って命を賭けていたのに――、それも知らずに侮辱すらしました!!」

「……それで?」

「……! それで?! 暉燐教主様――、真人である貴方には……、私の心は……」


 泠煌は――、その言葉を受けてもなお、優しい微笑みを浮かべて慧仙姑に答えを返した。


「……置いて逝かれるのは辛いのぅ?」

「……!」

「だが……、北兲子の命がけの想いを無駄にするでない」


 泠煌は真剣な表情に変じて、慧仙姑の肩を掴んで言い放つ。


「命がけで守られた――、誰かの犠牲で守られた――、それ故に――、それは命がけで貴様を守ったものに対する以外の何物でもない!!」

「……う」

「北兲子は――、貴様が生きて――、その先に進むために命をかけた!! ならば全力で生き足掻くのがお前の成すべきことじゃ!!」

「……私は――」

「――辛くても前を向け!! そのためにこそ――、北兲子は貴様の刃を望んで受けたのじゃ!!」


 命がけの救助で守られた人々――、もし誰かの犠牲で助かった者が不幸で有らねばならぬなら――、彼らも不幸でなければならないのか?

 それを命がけでなそうとした人の想いは――、生きて不幸であれ――、そんなくだらない想いでは絶対にない。


「――今から逃げるなら、わしらが背後を守ろう――。でも、立ち向かう意志があるならば――」

「――!」


 その時、やっと慧仙姑の瞳に力が宿った。


「……巌流兄様――。私が今ここで成すべきことを理解いたしました。――大丈夫です――、もう私は貴方の望みを違えません」


 慧仙姑はそう言って立ち上がり、そして一瞬静かに眠る北兲子の顔を見てから、その手に宝貝【無影幻刀むげんえいとう】をしっかりと握った。

 ――そうして、静かに彼女は戦場へと向かう。それは死ぬためではなく――、生きるために。

 その姿を満足そうに眺めてから泠煌は、静かに眠る北兲子を見る。


「……わしの師匠――、鵬雲道人に負け続けて……、それ故に、好敵手を失った事で荒れてしまった男」


 しかし、泠煌の表情に宿るのは、怒りでも悲しみでもなく――。


「しかし、その先で成した妹弟子への救いは、わし個人は一言あるものの、いや見事にあっぱれ――。だが、――お前の成すべきことはここまでか?」


 泠煌は彼の側に歩み寄り、そしてその横に膝をつく。


「……満足そうに逝って、それが貴様の想いの全てであったのか? ――なんのために、己の死以外の道を足掻いたのか……」


 泠煌は彼の胸にある大きな致命傷に手をおいた。


「――ああ、貪欲であれ北兲子よ――。貴様が成すべきことは今も確かにある――。それもそう……、貴様の天命数は――」


 ――貴様のこれまで修練の結果は――

 ――貴様のこれまでの想いの結晶は――


「――今もここに、たしかに残っておるだろうが!!」


 泠煌はその手から輝きを放つ。


「――かか!! これから成すは――、神祇への反逆――、怒り狂うじゃろうが――、まさにどうでも良し!!」


 泠煌の手の輝きが北兲子の傷へと浸透し――、それを見る間に塞いでいった。


「……目覚めるがいい北兲子!! お前の義妹が――、今も生き足掻いておるぞ!!」


 そして――、北兲子は目を開けた。



◆◇◆



 ――雷太の努力はそれほど長くはなかった。

 相手はまさしく武神、それの攻撃全てをさばける訳もなし――。しかし慧仙姑が間に合って、交代し――、雷太は襲い来る疲労感でその場にぶっ倒れた。


「はあああ!!」


 気合一閃――、その手の【無影幻刀】の影の刃が数度閃く。それは確かに武神に直撃し――、そしてその歩みを退かせた。


「……ま、さか――。押してる?」


 疲労感に苛まれつつ雷太はその状況に驚きを隠せない。――自分では退かなかった武神が確かに退いてゆく。

 ――無論、武神の容赦のない斬撃が慧仙姑を襲うも――、それを回避運動と、宝貝【百連枝刀】でいなして、全てを無に返してゆく。

 まさしく、彼女は武神を押し留めていた。それは長く――、武神が正気を取り戻す為の時間を稼ぐために。


 ――何度も攻撃を打ち合い、そして慧仙姑は武神の攻撃全てを捌いていった。


 このようなことがなぜ起こっているのか? ――それには明確な理由がある。

 彼女は武神にとって日常の象徴――、暴走し、にあっても、彼女への全ての武力行使は明確に弱くなっていたのだ。


「……く、このまま――」


 しかしながら、長い時間の宝貝行使が、彼女から集中力を奪ってゆく。疲労感が――、一瞬の隙になって武神の攻撃を呼んだ。

 それはまさに刹那の時、慧仙姑へ攻撃が届こうとし――、しかし、それは突然の光線群に阻まれた。


「――! 兄様の――【白獣牙】!!」


 その言葉に答えるように影を纏った男が――、北兲子が奔った。


「……集中せよ慧仙姑!! このまま押し留めるぞ!!」

「――にい、さま! 兄様!!」

「――泣くのは後だ!! 俺に連携せよ!!」


 その義兄の言葉に、目の涙を拭って――、そして答えた。


「はい!! 兄師!!」


 ――それからは、まさに一方的――。


「うわ……」


 雷太はその光景に感嘆の声を上げた。いつのまにかその傍らに立っていた泠煌もまた、いたく満足そうに微笑んで呟く。


「ふん……、まさに比翼の鳥よ――」


 北兲子が先行し――、慧仙姑が追従する――、その姿は瞬くように、その姿を明滅させつつ、かの武神を翻弄してゆく。

 空を光線が走り――、武神の斬撃を無数の刃が防ぐ――、炎の光刃と、影の闇刃が無数に閃く。

 それはまさしく――、勇壮で華麗な大演舞のごとし。


「――慧仙姑! 次で決める!!」

「了解です! 北兲子兄師!!」


 武神を中心に二人の剣士が相対する。そして――、それらは武神めがけて神速で疾走る。


「――師よ! 暴走状態故に正式ではないが――、越えさせていただく!!」


 北兲子――、その手に振るうは炎の陽光。


「……この連携の一撃にて師匠を止める!!」


 慧仙姑――、その手に振るうは幻の陰影。


 ――その二つが瞬時に――、武神のその剛体にて交差した。


「「抜刀連携――!! 陰陽の太刀!!」」


 まさしく綺麗に声が揃い――、その陰陽の閃きが武神の重装甲を断った。

 ――その瞬間、武神は咆哮を始める。


「おおおおおお!! なんという幸福!! まさに至福!! ――我が愛弟子たちの、その一撃の重さよ!!」


 すべての闇を吐き出して武神はその場に停止する。――こうして、最悪は留められ――。


「うううう……、兄様ぁ」

「――すまん。本当に――」


 二人の義兄妹は――、その場で抱き合って、確かにその幸福を手に入れたのである。

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