第十五話 見えざる真実――、憎悪と悲哀
――近畿地方のある森にある小仙境にて。
「ふむ、それでは――、この屋敷に先程までいたのだな?」
そう言って、その仙境の主である仙人がたと話をするのは、当然のごとく雷太を連れた泠煌である。その脇で雷太は、一般に販売されているメモ帳を手に、そこにシャープペンシルで会話内容を書き込んでいた。
(……やはり、なにかこの娘――、【
そう雷太は思考しながら、教主様と仙人がたの会話を聞いてはメモしてゆく。
そこには、今までの調査でわかったことが、すでに書き込まれているのだが……。
――仙人がたとの会話を終えて泠煌と雷太は、顔を突き合わせて静かに話を始めた。
「……雷太よ、とりあえず初めから、内容をまとめてくれ」
「了解いたしました。では――」
現在、仙境統括の情報部の手が入った
最近、相当規模の
「――無論、その事でわかったこともある。それは――、あの仙境で【時空が歪むレベルの何かしらの事象】が直近に起こったという話じゃ」
「……多分、それは討羅仙君様あたりとの関連であるかと――」
その雷太の言葉に教主様は頷いた。
「其処までの事象を成せるは――、討羅仙君様だけであり……、ならばそういう結論となる。では次――」
そこから姿を消している二人の弟子――、北兲子と慧仙姑は、彼らの流派の基本装備である外套型宝貝【
「【闇眩外衣】は精神にすら影響をなして幻惑する防御宝貝であり、道術を組み合わせれば追跡道術への対抗にすらなる、隠密兵士ならば誰でも欲しがるであろう討羅仙君様の特注宝貝じゃ」
「……だから、こちらも行方を完全には追跡できてはいないんですね」
「無論、すべての痕跡を無にするすべはなく――、ゆえにわしらは僅かな痕跡を辿ってこれたが、どうも北兲子殿と慧仙姑殿は、――
ここの仙境の仙人たち曰く。
最近、側の山岳地帯において、彼らが一時保護していた女仙人――慧仙姑と、誰かおそらくは仙道の者――教主様の予想では北兲子と思われる者、との戦いがあって――、結構深い傷を受けていたらしい慧仙姑を匿って癒やしたのだという。しかし、その慧仙姑は傷が癒えるやいなや、理由も話さずに密かに仙境を去ってしまったらしく――、その戦況の仙人がたは困惑の表情で愚痴を語っていた。
「――彼らの話によると……、慧仙姑殿の装備は、腰に日本刀型宝貝らしきもの、さらにもう一つ――巨大な大太刀の柄そのものである宝貝らしきもの、背中に黒布で包まれた――おそらくはこれも剣であるらしきモノ、最後に力を感じる外套――おそらくは【闇眩外衣】を身につけていたようです」
「天鳳真君よりの情報だと――」
――一つ、腰に差した日本刀型宝貝らしきものは、太刀型宝貝【
その宝貝は、起動すれば最大百本までその数を増やし、増えたそれが何かしらで失われても百までであれば無限に補充できる太刀。
――二つ、巨大な大太刀の柄そのものである宝貝らしきものは、大太刀型宝貝【無影幻刀(むえいげんとう)】である可能性が高い。
それは刀身のない両手持ち柄といったふうの宝貝で、起動すれば捉えにくい黒い霧のような大刀身を生み出す大太刀。
最後の黒布で包まれた剣らしきもの、の情報はないが――、それらの宝貝は慧仙姑が普段遣いしている宝貝であり、彼女のメインウェポンであると言えた。
「……とりあえず、行き違いにはなったが――、足がかりは得たな」
「それは――、傷の血を拭った布ですね?」
雷太の言葉に泠煌は満足そうに頷く。
「……欺瞞されておるとはいえ、あの娘そのものと言える血液痕があれば、追跡道術の精度が飛躍的に上がる。おそらくは、今日中にも娘を捕らえることは可能であろう」
「ええ、そうですね――。でも――」
雷太の困惑顔に、泠煌は深い頷きで返す。
「――彼女と争っている相手――、推定【北兲子】もまた、そういった手をもって娘の先回りしておる可能性がある。故に、急ぐぞ――雷太……」
「はい教主様!」
二人はそうしてその仙境を去る。その直後に――、彼らと遭遇することになる。
◆◇◆
「はあ――!! はあ――!! く――!」
生い茂る森の中をその娘は必死で奔る。――それに影を纏いながら追いすがってくる凶刃が有り――。
「……問答無用だと以前俺は言ったな慧仙姑? このまま切り捨てて【極天神剣】はもらうぞ――」
「くそ!! ――貴方には渡しません!!」
「――無駄だ――、それは――、……師の心は――」
そこまで語ってから、その凶刃――、北兲子は苦渋に顔を歪めて、そして吐き捨てるように言った。
「それはお前のモノではない――。お前にはふさわしくない」
「――自分こそふさわしい――? そのような言葉……、私達の師匠は許しません!!」
その慧仙姑の言葉に、眼に怒りを込めてその手の太刀【
「くお!!」
赤い炎が伸びて慧仙姑のその身に襲いかかる。慧仙姑は回避運動をしつつ、腰の【百連枝刀】に手を触れた。
ギャキン!!
炎の斬撃を遮るように無数の太刀が生まれ、そして破砕される。それを見て――、北兲子は一瞬だけ小さく笑った。
(――は、本来は攻撃に使用するだけの武器を、あえて守りに使ったか――。成長しておる――な)
「――だが!!」
その腰に差した短刀型宝貝に北兲子は手を触れる。空中に光の短剣が生まれて、そのまま慧仙姑へ向けて空を奔った。
「――く!! 兄師の【白獣牙】?!」
――無数の光線が宙を彩る。それを慧仙姑は【百連枝刀】の機能を利用しながら、打ち払い――、あるいは回避してゆく。
しかし、回避に専念すれば逃走速度は明確に遅くなる。その慧仙姑の側にまで北兲子が追いついてくる。
「――慧仙姑! 止まれ――お前は……」
「く?!」
そう北兲子が叫んだ瞬間、一瞬だが慧仙姑の瞳が明確な【憎悪】を宿した。それを見て北兲子は唇を噛んで睨み返した。
――と、その時、不意に雷鳴が轟く。
「……ぬ?! 誰だ?!」
「――そこまでだ……北兲子よ――」
そこに雷太に背負われた泠煌がいて、その手の【金龍扇】を北兲子へと向けていたのである。
「――?! 泠煌?! なぜ貴様が?!」
「……止まれ北兲子――。それとも
その泠煌の言葉に、怒りに満ちた表情で言葉を返す。
「鵬雲道人の弟子風情が――、強い言葉を吐くでない! ……俺の邪魔をするな!!」
「……まあ、わしは確かにあの師匠の弟子風情ではあるが――。今の貴様に相対できぬと、本気で思っておるのか?」
その言葉を聞いて北兲子は苦渋の表情を浮かべて、そして口を開こうとする。――しかし、言葉は生まれずに、そのまま顔を歪ませて後退していった。
「――慧仙姑、邪魔が入ったのでこの場は引く。――その宝貝【極天神剣】は、……必ず奪い取るぞ――」
「【極天神剣】?」
去り際の北兲子の言葉――、【極天神剣】という名前に妙な語気の強さを感じて泠煌は眉をひそめた。
そのまま去ってゆく北兲子を追わずに、状況が改善して――、そしてその場にへたり込む慧仙姑へと声をかけたのである。
「お前が討羅仙君様の弟子――、慧仙姑だな? 事情を――、あの北兲子との間になにが起こっておるのか。そして――討羅仙君様に何があったのか話してほしい――」
「う……」
その言葉に、慧仙姑は悲哀の色に顔を染めて俯いたのである。
◆◇◆
北兲子は森を走りながら考える。
(――ある程度は予想しておったが……、仙境統括本部の動きが早かった。ならば――)
――と、そこまで考えてから北兲子は首を横に振る。
(――いや、全ては俺の手でなさねばならん。成すべきことを間違えれば――)
――必ず宝貝【極天神剣】は奪い取る。それが今なすべき唯一の――。
ただ決意の籠もった強い瞳で空を睨む。
――たとえ慧仙姑に憎悪の目を向けられようが――。
――たとえ……。――たとえ。
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