第十四話 鵬雲道人に挑んだ男の末路の話

 ――それは泠煌が今だ師匠である鵬雲道人と旅をしていた頃、定期的にその師匠に会いに来ては、戦いを挑んでくる一人の仙人がいた。


「あのな……、鍛錬に付き合うのはいいが――、お前のそれはなにか違うように思うんだが」

「――ふん、鵬雲道人よ当然であろうが……。俺が今の師――、討羅仙君様に師事するようになって、初めて遅れを取ったのが貴様だ……」

「……はあ、だから俺に勝ちたい、と?」


 鵬雲道人の心底困った顔に、その男は怒りにも似た眼で睨みながら、その手に持つ刀身が赤い炎のように揺らぐ太刀を構えたのである。


「……武人として幼少より育ち――、そしてそれを極めるべく不老を得て――、その先に至ることを望む俺にとって――。貴様こそが乗り越えるべき存在の一人なのだ!」

「……それは、困った話だな」


 ため息を付いて首をふる鵬雲道人に向かって、その男は神速の歩法によって襲いかかる。

 ――結末は――、いつもその男の敗北であった。


 その後、ある事件によって鵬雲道人が戦えなくなると――、ただ寝所で眠るだけの彼に恨みつらみを吐いた後、彼は鵬雲道人や泠煌の前に二度と現れることはなかった。

 ――そんな彼が――、【北兲子ほくてんし】と呼ばれた男が、荒れに荒れて討羅仙君からも半ば破門状態にあると、そう泠煌が聞いたのは、それから暫く後のことであった。



◆◇◆



 闇夜のとある山岳地帯――、二人の剣士が強い意志の籠もった視線を交わしている。

 一人は――、その刀身が赤い炎のように揺らいでる太刀型宝貝【烙天輝刀らくてんきとう】を手にする壮年の男【北兲子ほくてんし】。

 もう一人は――、その刀身が黒い霧のごとく薄く揺らいでいる大太刀型宝貝【無影幻刀むえいげんとう】を手にする若い娘【慧仙姑けいせんこ】。


 ――北兲子はただ静かに娘を睨み、その娘慧仙姑は苦渋の表情を男に向けている。北兲子は静かに言い含めるように言葉を発する。


「宝貝【極天神剣】を大人しく俺に渡せ……」

「……嫌です、兄師――。【極天神剣】は師匠より正式に授かったもの。それを貴方に渡すことは出来ない!」

「……その師匠は――どこに居る?」


 その北兲子の言葉に、慧仙姑は怒りの籠もった眼で叫んだ。


「――それはこちらのセリフです!! ……やはり、貴方が――、兄師が――! ……何故ですか?!」

「……」


 その慧仙姑の嘆きの籠もった怒りの表情を見て、北兲子は目を細めて口を開こうとする。しかし――、そこから声は出ず、そのまま一瞬目を瞑ってから答えを返した。


「……どうであろうが、今、師匠はいない――。故に、直接の兄弟子である俺の言葉に――、素直に従え――慧仙姑」

「――兄師は――、この剣を師匠が、貴方ではなく私に授けたから――、嫉妬しているのですか?!」


 その言葉に北兲子は一瞬目を見開き、怒りの表情を作って慧仙姑に向けて答えを返した。


「……そうか、お前はそう考える、と」

「――そうとしか考えられません――」


 その慧仙姑の返しに、北兲子はすべての感情を消した無表情を向けて言う。


「――ふん、良かろう? 最早問答は無用であるな? ならばお前のその腕を切り飛ばしてでも、その【極天神剣】を奪っていくぞ――」

「――兄師よ。もう私は、昔のような――、貴方についてまわるだけの、弱い娘ではありません」


 その言葉に、北兲子は感情の籠もらない非情な視線を向けて言葉を返した。


「――無駄だ、お前はまだ弱い――。お前では俺の領域ところにまで到達する技術すべも、……意味もないのだ――」


 そう北兲子は冷徹に言い放ち――、それを慧仙姑は不退転の意志の籠もった睨みで返した。


 ――そして、闇夜に二人の剣士が交差する。



◆◇◆



 ――富士赫奕仙洞ふじかくやくせんどう、中央部統括室にて。


「な?! 討羅仙君様の行方がわからなくなった、と?!」

「……そうなんですよ泠煌ちゃん。本当に困った話で――」


 弟子・雷太を連れた泠煌に対応するのは、当然、その腕に泠煌ちゃん人形を抱えた天鳳真君である。

 その人形を撫で回すキモい行動を完全無視して、泠煌は冷静に言葉を返した。


「討羅仙君様――。吉備津討羅仙君きびつとうらせんくん様は、かの神話英雄を祖に持つ、日本仙道界最強の武神であるはずじゃ――。そのお方が行方知れずじゃと?!」

「……そのとおりです。そして、その行方を知っていると思われるのが――。彼の二人の弟子である、北兲子殿と慧仙姑殿なんですが……」


 その名前――、北兲子と聞いた時、泠煌は少しだけ目を細めた。その表情の変化に気づいた様子もなく天鳳真君は言葉を続ける。


「……そのうち、兄弟子である北兲子殿は過去の素行が悪くて――、半ば破門されて離れた生活をしていたらしいんですが。討羅仙君様が行方知れずになる直前に、その仙境に帰還していた――、という話もありまして、ね」

「……仙境統括は、その行方を追っている、と?」

「その通りなんですが――、困ったことに、妹弟子の慧仙姑殿も一緒に行方がわからなくなっていて……、何が起こっているのか、話を聞くことも出来ない有り様なんです」


 その天鳳真君の言葉に、泠煌は眉を寄せて考え込む。


「――この間の話もある。そして、討羅仙君様はれっきとした【真人】じゃ。万が一が考えられる――と」

「そうです――。万が一があると、仙境統括本部の戦力では対応しきれない可能性があります。だから――、彼らの行方の捜査を、泠煌ちゃんにも手伝っていただきたいのです」


 天鳳真君のその真剣な眼差しを、泠煌は不敵な笑顔で返して言った。


「ふん……、良かろう。わしが骨を折ってやるから、感謝するがよい天鳳真君――」

「ありがとうございます。さすが泠煌ちゃん。――最高! 可愛い! ナデナデしたい!!」

「……ふん、心底キモい応援の仕方はよすのだ痴れ者め――」


 そう天鳳真君にジト目を向けつつ、泠煌はしっかりと頷いたのである。



◆◇◆



 ――月夜に一人佇む【北兲子】。その肩には小さな傷がある。


「……ふん、いつまでも子どもだと侮っていたが――、成長はするものだな」


 そう言って眉を歪める彼は、深くため息を付いてから天を仰ぐ。


「だが、このままでは済まさぬ――。がそうするのなら――、俺は最早手段を選ばぬ」


 北兲子は過去のあの娘を思い出す。


 ――その娘は、――慧仙姑はいつも「……兄様」――、そう言って自分の後をついて回っていたのだが……。


「【極天神剣】をこのままの元に置くわけにはいかん……。俺が必ず【極天神剣】を奪い取る――」


 ――それこそが――、であるが故に。

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