第11話
「タスク、元カノとより戻したって本当?」
「二人が一緒に公園にいるとこ見た人がいるって」
「夏鈴が大げさに騒いでるだけでしょ。偶然だって」
翌朝、クラスの女子たちに詰め寄られて、俺は黙って机の上に突っ伏した。
今は落ち込んでいるので放っておいてくれのポーズである。
「あーあ、怒っちゃったよ、タスク」
「なんかあったんじゃない?」
「今はそっとしておいてあげようよ」
彼女たちが去ってほっとしたのもつかの間、
「タスク、話があるんだけどいいかな?」
またもや塩沢から呼び出しを食らってしまう。
できれば二人きりになりたくないので、
「……何?」
仕方なく顔を上げて対話に応じる。
「ここじゃなんだから、外へ出ない?」
「動きたくない。疲れてるんだ」
俺の投げやりな態度に塩沢はむっとしたらしく、
「甘神さんのことまだ好きなの? あんな女のどこがいいのよ」
臆面もなく俺を責め始めた。
「あたしのほうが胸も大きいし、スタイルだっていいのに」
「……ソウデスネ」
とりあえず塩沢の怒りを鎮めるために話を合わせる。
もめ事はできるだけ避けたい。
すると塩沢は機嫌を直し、胸を強調するように腰に手を当てると、
「だったら早くあの女と別れればいいのに。どうせ向こうが別れたくないってタスクに泣きついているんでしょ?」
「この前も言ったと思うけど、俺は今、誰とも付き合っていないし、付き合う気もないから」
クラスメイトの好奇の目にさらされながら、俺は力強く断言する。
「だいたい、よりを戻したって話、誰から聞いたんだよ」
「里香が……それっぽいこと言ってたんだもん」
また目黒か。
壁に耳あり障子に目あり――そこに目黒ありってな。
あいつは将来きっと優秀なゴシップ紙の記者になるに違いない。
「俺の話より目黒の情報を信じるのか?」
「それはもちろん、タスクのほうを信じるけど……」
「だったらもうこの話は終わりな」
強引に話を打ち切ると、塩沢はしぶしぶながらも自分の席に戻っていく。
――甘神とはできるだけ会わないほうがいいかもな。
もっともそんな心配するまでもないが。
――どうせこれからは俺のほうが避けられるだろうし。
と思いきや、ある日曜日の朝、
「タ―君、お友達が来てるわよ。可愛い女の子」
にやにや顔のタスク母に呼ばれて一階へ降りると、
「おはようございます、志伊良……さん、朝早くにお邪魔して、迷惑ですよね」
委縮した様子の甘神が立っていた。
「もしかして起こしてしまいましたか?」
「いいや、ちょうど起きたとこ」
慌てて嘘を吐きつつ、チラチラと俺らの様子をうかがっているタスク母を「父さんが呼んでるよ」と言って台所へ押しやる。
「どうしたの、急に」
「あれから何度も電話したのですが、電源が入っていないようでしたので……心配になって」
そういえばタスクと入れ替わってから、一度もスマホの充電をしていない。
他人の物に触るのは抵抗があるし、誰かと連絡をとる必要性も感じなかったからだ。
あらためて甘神の顔を見ると、何日もまともに眠っていないといった表情で、目には隈ができていた。
責任感の強い彼女のことだから、さぞ思い悩んだことだろう。ただでさえ、
今度もまた、
「心配しなくても、もう二度と車の前に飛び出したりしないって」
俺の冗談を聞いて、彼女は疲れたように笑う。
てっきり不謹慎なことを言うなとまた叱られるかと思いきや、彼女は怒らなかった。
「あの時は取り乱してしまってごめんなさい。あの後、貴方が言ったことが頭から離れなくて……ずっとそのことばかり考えていました。正直にお話すれば今でも信じられないし、貴方とどう向き合えばいいのかも分かりません。でも……」
全部忘れて知らん顔はできないと彼女は言う。
――そういう奴なんだ、甘神は。
華奢で可愛らしく、庇護欲をそそるような外見をしているのに、その外見を利用して他人に甘えたり、他人を操ったりもしない。ずるいことをすればいくらでも楽できそうなものなのに、そもそもそんな考えが彼女の中にはないのだと思う。
馬鹿正直で馬鹿真面目で、泣き虫な俺のヒーロー。
「私に、何かできることはありますか?」
再びタスク母が台所から顔を出し、チラチラとこちらを盗み見ているのが分かって――ついでにタスク父まで顔をのぞかせている――俺は頭を掻く。
「とりあえず外へ出ようか」
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