Ⅲ 龍恋の鐘、告白

 スマートフォンの歩数計をチェックするとすでに一万歩を超えている。


 鶴岡八幡宮の正面の通りにあるそば屋さんで昼食を摂った。わたしは天ぷらそば、ももは月見そばである。スマートフォンのバッテリーが五〇パーセントを切ったので、携帯バッテリーをももと共有して充電した。


 つぎの目的地は江ノ島。鶴岡八幡宮から徒歩で二〇分ほどの距離に鎌倉駅がある。鎌倉駅から江ノ電に乗車した。車窓からの景色も見どころがたくさん。


 江ノ電は相模湾に隣接しているので海が見える。秋の白波が浜に打ちつけられていた。


 電車が七里ヶ浜駅から鎌倉高校前駅を通過する間。


「見て、あんね! あの踏切だよ!」

「おおっ!」

 ももが立ちあがって黄色い歓声をあげる。わたしも感嘆の声が漏れた。


 映画・ドラマ、そしてバスケットボール漫画の金字塔と呼ばれる作品のオープニング・アニメーションなどで有名な踏切が視界に入る。電車が通過する一瞬のこと。


「鎌倉……来て良かった。悔いはない。これで天国に行ける」

「行っちゃだめ!」

 目を細めて冗談を言うと、ももが引き留めた。

 心から笑顔になる。忘れていた笑い方を親友が思いださせてくれたのだ。


 ついに江ノ島駅に到着。宿は女性専用のゲストハウスで、予約済みである。直前の予約が取れたわたしたちは運が良い。平日だったことも幸いである。


 江ノ島駅から江ノ島までは若干の距離がある。橋を渡ったところに小田急線の片瀬江ノ島駅があり、外観が竜宮城を模していた。


 宿にチェックインして荷物を置くと夕食にはまだ時間がある。


「あんね、このまま江ノ島行っちゃおうか」

「オッケー!」


 江ノ島弁天橋を渡り江ノ島へ。観光客でごったがえしているが、スムーズに歩けた。お土産屋さんが並んでいる。物欲の食指が動くが、まずはお参り。


 青銅の鳥居を抜けて弁財天仲見世通りを歩く。ここは緩やかな坂道になっている。


 大きな朱の鳥居をくぐり階段を上るとついに江島神社が視界に入った。

【作者註:表記は江島神社でただしい】


 田寸津比賣命タギツヒメノミコトが祀られている。ふたりで手を合わせた。お互いに相手の願いが叶うことを祈りあう。


「良かったね。江島神社」

 わたしは江ノ島を満喫した気分になっていた。


「ふっふっふ。あまいぞ、あんね。いまお参りしたのは辺津宮へつみやで、中津宮なかつみや奥津宮おくつみやもあるのだ」

「なんですと?」


 ももがあごに手をあてて不敵につぶやく。市寸島比賣命イチキシマヒメノミコトを祀っている中津宮、多紀理比賣命タギリヒメノミコトを祀っている奥津宮を総称して江島神社と呼ぶのである。


 江ノ島は小さな島だが見どころがたくさん。そのまま中津宮、奥津宮までお参りした。


 起伏の激しい道のりを進行すると口数が減る。エスカーという移動階段のようなものもあったが有料なので使わなかった。


「わたし、もう脚がバキバキ伝説だよ」

「なんじゃそりゃあ。あともうちょっとだよ。がんばって」


 弱音を吐く。歩数計は二万五〇〇〇歩近い。ふだんの八倍は一日で歩いた。

 ももは意外にも健脚であり、同じ歩数歩いているはずなのに顔色ひとつ変えていない。


 龍恋りゅうれんかねという観光スポットには、カップルで鐘を鳴らすと永遠の愛が叶うという伝説がある。わたしとももは女同士だが、この際だ。ふたりで鐘を鳴らす。


 天穹があかね色に染まっていく。高台から見る江ノ島と広大な海は絶景だった。滄海が水平線に沈みゆく紅鏡を向かい入れる時間帯。周囲に人影もない。


 ももがわたしの手をしっとりと握る。彼女の体温が思ったより高温で声を呑んだ。


 彼女の瞳は熱っぽく潤い、わたしを見つめている。紅頬は、夕空を反射していっそう輝いていた。


「ぼく、あんねのこと好き」


 その言葉の真意が測りかねて沈黙した。彼女はわたしのリアクションを、ご主人さまの返事を待つイヌのように待機している。


「ももって、女の子が好きだったの?」


 彼女の一人称が「ぼく」だったことで、疑惑はなきにしもあらず。でもずっとノーマルだと思っていた。ももが目をぎゅっと閉じて首を左右に振る。そのしぐさが可愛らしかった。


「わかんない。でもあんねのことが好き。あんね以外の女の子は一生好きにならないと思う」


 思春期特有の疑似恋愛、あるいは同性愛……ももの感情を医学的に分析することは可能だろう。それをするのはあまりにも野暮。曖昧なままのほうが美しい感情もある。


「なにをしてほしい?」

「いまだけ。この一瞬だけ。ぼくを恋人のように扱ってほしい」


 恥じらいながらおねだりする姿がとびきりキュートで愛らしく、彼女のオーダーに応えても良い気がしてきた。


「キス、しようか」


 わたしも『いまだけ、この一瞬だけ』彼女を恋人にする。同性である彼女に淡い恋心を抱いた。


 彼女がわたしの提案に目を輝かせる。江ノ島の夕陽を背景にくちびるを重ねた。シルエットがどちらからともなくひとつになる。わたしたちの体はトワイライトに染めあげられた。


 わたしのファースト・キスは女の子。その相手が彼女だったことを誇りに思う。口づけは彼女が携帯していたペットボトル飲料=ロイヤルミルクティーの味がした。


 この一瞬が永遠だったらいい。わたしは悠久と刹那が同じものであることを理解した。


 皮膚を通して体温が薄く伝わるだけのキスだったが、魂が融合する高揚感が得られる。


「じゃあ、いままで通りのぼくたちに戻ろうか」

「宿に戻るまでは恋人でいようよ」

 ももは下くちびるを舐めて照れ笑いした。わたしのほうから彼女と手をつなぐ。この旅行中ずっとわたしを気遣ってくれたその想いに報いてあげたい。


 恋人のように手を絡み合わせてゲストハウスへの帰路についた。

 わたしは未来からのエージェント・灰児悠兎くんにも恋心を抱いていて、存外に二刀流なのかと自問自答しながら……。

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