第一章 わたしを取り巻く人々
Ⅰ 天文部
わたしは
未来から来た転校生、
天文部の部室では躁状態で、部員たちに様子を心配されてしまう。
天文部の三年生は部長の木村かすみさん、副部長の矢島
木村部長は、学内成績トップランカーで、有名大学への入学が期待されている。頭脳派であり、チェス部や将棋部の依頼で大会メンバーの助っ人を頼まれることがあるほどの秀才ぶり。
矢島さんはわたしの親友の藍内ももに匹敵する文学少女で、休み時間はつねに読書している。星新一先生のショート・ショートがお気に入りだそうだ。文学少女のイメージにもれなく眼鏡をかけている。ふたごの妹さんが文芸部にいるそう。妹さんをお見かけしたことがあるが、うりふたつだった。
鳴瀬さんとわたしは親交があり、藍内ももとは違う性質の友人といえる。ももが心裡をさらけだせる存在なら、鳴瀬さんは適度な距離感がお互いにとってベストな関係。それでも彼女とは一緒に買い物に行くぐらい仲が良い。
三年生は受験生でもあるが、文化部なので引退を先延ばしにしている。
長谷川くんは唯一の男子生徒で、寡黙なタイプ。なにを考えているかは外見からはわからないが、合宿などでは文句ひとつ言わず荷物を持ってくれる。
石神さんは体形がふくよかで温厚な人。部のイベントにはすべて参加してくれている。
◆
幼いころ、お父さんはわたしを膝にのせて、星の図鑑を読み聞かせてくれた。星座にまつわる神話はとてもスピリチュアルで、好奇心を刺激されたものである。
家族で埼玉県秩父市三峰口にて、泊まりがけで流星群を見た想い出は一生の宝物だ。それ以来、星を見ることが好きになったわたしは中学・高校ともに天文部に入部することとなる。
都会では
人類の叡智は、わたしたちから星空を奪った。文明や科学というものの恩恵には感謝しているが、星に想いを馳せる環境だけは古代人のほうが恵まれていたと思う。
◆
天文部の話題は来月の文化祭に関することで持ちきりだった。天文部では、プロジェクターを使ってプラネタリウムのストーリーテリングをやる。そのために入念に準備していた。
天文部は校舎の三階に位置する。ふだんは地学の移動教室として使われていた。天文部の部室は校舎の最上階にあることが多い。屋上に天体観測機材を運びやすくするためである。
プラネタリウムのために遮光が必要だったため、窓は目貼りしてある。室内はLED蛍光灯が照らしていたが、自然光が入ってこないので薄暗い。エアコンの稼働音が未知の生物のようなうなり声をあげていた。
「綾織戸さん、リハーサルは完璧よ。期待しています」
副部長の矢島さんからお褒めの言葉をいただく。文化祭では語り手をわたしが担うのである。
投影する画像は、夏休みに行ったペルセウス座流星群観測の合宿の映像。ペルセウス座流星群は、しぶんぎ座流星群、ふたご座流星群と並んで三大流星群と呼ばれている。
現在は九月上旬。秋の星座はカシオペア座が有名だ。
カシオペア座が北極星を見つけるために利用されることがある。これは、北極星を見つけるための目印である北斗七星が秋の夜空では地平線近くに下がってしまうのが原因。
秋の夜空は全体的に暗く、一等星が南のうお座のフォーマルハウトしかない。
この話を親友の藍内ももに話したら、「あんね氏、フォーマルハウトはクトゥグアの住み処だよ」などと目を輝かせたものである。
なんでもクトゥルフ神話という創作物において、旧支配者であるクトゥグアに関してそのような記述があるらしい。わたしはクトゥルフ神話など読んだこともないので、彼女がなにを言っているのか半分もわからない。
彼女は読書家で、児童文学から、海外文学、ライトノベルまで幅広く読んでいる。そのなかには、クトゥルフ神話に関する著作物もあった。
クトゥルフ神話に関してももに説明を求めたところ、『アメリカ生まれの人工の神話であり、既存の神話群とは一線を画す《超存在》が描かれている』とのこと。
この話を思いだして、灰児くんが語ったストーリーを思いだした。「破壊神と契約」した女の子……。クトゥルフ神話にも恐るべし魔王が登場するのではなかったか?
「文化祭が終わったら、一二月に合宿を行います。隣県の親交がある学校の天文部と合同で天体観測します」
部長の木村さんが宣言した。一二月には天体イベントが豊富にある。ふたご座流星群、こぐま座流星群などが見どころだ。冬は明るい星が多く、空気も澄んでいるので観測にも適している。
「木村さんは受験勉強だいじょうぶですか」
「余裕よ。推薦取ったもの」
「いいなあ」
わたしと同じ三年生でありながら積極的に部活動する彼女に質問すると、余裕の笑みで眼鏡のつるをあげた。彼女は化粧っ気がなく、部活と勉強に青春を捧げている。
思わず羨望のため息をついてしまう。わたしは成績中級者で、受験免除など夢のまた夢。
「わたしは推薦じゃないけど、高望みしていないから心配ないわ。模試でA判定だったし」
副部長である矢島さんも木村さんに負けず劣らずの才女だ。
わたしの成績では推薦入学は高すぎる目標である。高校時代、どれだけ勉強したかで良い大学に入れるかが決まり、生涯年収に差がつくのだ。そのために自分の商品価値をあげろなどと進路指導の教師が熱弁したものである。
生徒を「商品」などと呼称するのはいかがなものかと思うが、誰も反論しないのはこの国の暗黙の了解だからだろう。なんともアンフェアなルールだ。
家庭の事情で勉強できるポテンシャルに格差がある。両親が裕福なら一流の教育を受けることができるが、貧困や機能不全家族出身の子どもたちは学習の機会を奪われ、生涯年収も低いケースが多いという。
年収の格差が子どもの数に影響する事実を知ったときは衝撃を受けた。わたしは「親ガチャ」という言葉が死ぬほど嫌いだ。わたしが愛している国で、そんな言葉が生まれてしまった背景を悲しく思う。
わたしは卒業後の進路として福祉を選択肢に入れているが、両親からは反対を受けていた。
その理由は「金にならない」から。福祉業界は賃金が低く、キャリアとしてメリットがないと言われてしまった。
進路指導部は、わたしの進路に関して中立のスタンスを取っている。
唯一、親友の藍内ももだけは励ましてくれた。脳の海馬と扁桃体が温かい想い出をリフレインする。
◆
進路指導室から意気消沈して逃げだした日。ももはファミレスで特大のチョコレートパフェをおごってくれた。
深夜帯のファミレスはお客さんもまばらで、長時間居座っている個性的な常連さんがちらほら。
このときのわたしたちはふたりとも私服。もものファッションはユニ・セックスを取り入れており、白を基調としたコーディネートに黒のショート・ジャケットがきまっている。
わたしはジーパンに通販で購入したシャツと古着のジャケットを着込んでいた。彼女の洗練されたファッションセンスを見習いたいと思う次第である。
「うめえ……!」
「ぼくはあんね氏がどんな選択をしても味方だぞ」
わたしが女性にあるまじき声をだす。それほどまでに舌全体に広がるチョコレートと生クリームが美味だった。
藍内ももは女子高生でありながら一人称を「ぼく」で通している絶滅危惧種だ。
「嬉しい! ありがとう!」
「肩もんでくれるかな」
「ははーっ。もし良ければ、クーポン券もどうぞ」
「ふむ」
生えてもいないひげをしごく動作をする彼女にファミレスの割引券を手渡した。ももが偉そうにしたのは照れ隠し。わたしにはわかる。気心の知れた彼女はマブダチだった。
◆
文化祭の準備はほぼ終わっている。ストーリーテリングのリハーサルも入念に行っているので今日は解散になった。
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