(幕間) 帝国歴一二七九年 牡鹿の王 〇四

 ——その赤い炎は人形騎士ナイトドールの水晶モニターが一瞬、白く光り輝くほど大きく、そして明るく燃え盛った。


「な……何が起きたんだ……?」

 ヴォルカニア王国第九帝国方面軍所属の人形使いドールマスターであるヤルマル・ベルゲングリューン准尉は倉庫に突然上がった赤い炎を見て、手に持っていた水筒から口を離し思わず目を見開いた。

 ヤルマルはこの補給基地所属の兵士ではないのだが、たまたま物資搬出のために補給部隊の護衛としてこの補給基地へと赴いていたところだった。

 愛機である戦士ベッラトール級人形騎士ラヴァロードはベルゲングリューン家が長年保持、整備を続けている継承騎ヘレディタスと呼ばれるもので、独自の改造と装飾がなされた機体である。

 通常のラヴァロードと違い、頭に備え付けられた角は牡鹿をイメージさせる幾重にも伸びた構造をしており、その見た目から『牡鹿の王スタッグ・ロード』という非公式な愛称が付けられている。

『倉庫が燃えた……! 侵入者がいるぞ!!』


「……マジかよ、ここは王国領に入って結構距離あるぞ?」


『今侵入者を追跡しているらしい、ベルゲングリューン准尉……すまないが追いかけてくれ』


「了解した、俺たちの飯を焼くたぁ……帝国の野犬どもはしつけの出来てねえ連中だぜ」

 継承騎の制度はヴォルカニア王国だけでなく、帝国でも多少なりとも見られる制度ではあるが、特に王国では積極的に国が貴族相手に奨励したことで、愛国心を持つ正当な貴族はこぞって人形騎士を自家所有した時期があった。

 ベルゲングリューン家もまた、祖父の代で戦功を上げたことで、この名誉に預かり代々家を代表する雄々しい機体を入手できたのだ。

 祖父や父も牡鹿の王に乗って華々しい戦功を挙げてきたのだが、ヤルマルの代になって継承したのち戦線は大きく帝国有利と変わってしまった。

 強力な力の核ウィス・コアが奏でる鼓動が高まっていく……すでに二〇〇年近く戦い続けている機体ではあるが、積極的な整備の甲斐もあり調子は恐ろしく良い。

「オラァ!! 道あけろっ! 牡鹿の王がお通りだッ!!」


『ベルゲングリューン准尉が出るぞッ! 足元あけろっ!!!』

 ラヴァロードが勢いよく立ち上がる……戦士級人形騎士らしい勇壮なその姿に補給部隊の兵士たちから歓声が上がる。

 継承騎であることがはっきりとわかる異形の姿は、味方からすれば歴戦の勇士のように見え、敵からすればその姿は王国が認めるエース級の人形使いであることを示しているのだ。

 慌てて道を開けていく兵士たちを尻目に、牡鹿の王は少し重い音を立てながら前へと歩き出す……この機体には盾が装備されていない。

 その代わりだが、腰には一対の手斧フランキスカが下げられており、ヤルマルはそれを手に取ると一気に現場へと走り出す。

「おい、基地の人形使いどもは何してやがる」


『巡回に出てるやつはまだ戻っていないらしい、大規模な襲撃か?』


「そんなことがあるか、ここは爺さんの代から由緒正しい王国領だぞ」

 帝国との戦いはすでに遠い祖先の時代から続けられており、途中で何度かの休戦期間があったとはいえ、王国は帝国に対する最大の敵として憎み合ってきた。

 過去の戦いは主に帝国領への侵攻から始まっており、王国の領土が侵食されたのは建国以来初めての出来事である。

 それ故にグラディス中将という帝国軍の英雄が出現したことに、内心強い恐怖とそしてそれ以上に畏敬の念を感じざるを得ない。

 グラディス中将の名前が知れ渡った戦い……ヤルマルは王国軍の左翼部隊に配属されていたのだが、中央部隊があまりに見事なくらいに切り裂かれ、敗走していく様を見せられたのだ。

 それは機動戦術のお手本とも言えるほどに美しく、その後王国軍では敗北の理由を探るべく、机上での再現を行なったそうだが、舌を巻くほどに巧妙だったそうだ。

「おい、敵兵はどこだ?」


『一人見つけた、右側の方を走っている』


「なんだぁ? 一人だと?」

 ヤルマルが指示された方向へと牡鹿の王の目を向けると、木々の間を驚くほどの速度で一人の男性が疾走しているのが見えた。

 帝国軍の魔術師マグスが被っている帽子を抑えながら、チラリとこちらに目を向けたその男は、目を見開いて驚いた様子を見せながら再び一心不乱に走り始める。

 小規模な斥候部隊の一員だろうか? 捕捉した男性に向かって進路を変えたヤルマルは一気に駆け出す……だが、その進路にあった木々から突然炎が舞い上がったことで、彼は人形騎士を急停止させる。

 火竜液リクォル・ピュリを木に擦り付けていた?! 手に持った手斧を使って、燃え上がる木を切り払うと、ヤルマルは再び牡鹿の王を走らせ始める。


「おい、待てっ!!」

 おそらくあの魔術師は魔法『アクセラレーション』を使用して、人の域を超えた加速を実現しているのだ。

 人間、しかも自分に対して使うと負荷がかかりすぎて関節が断裂しかねないため、あまり魔術師が使うケースはない。

 相当に鍛えているやつだな、とヤルマルは感心しつつもその男を再び追いかけ始める。

 いくら魔法を使ったとしても、その効果はそれほど長く維持できない、次第に速度が落ち肩で息をし始めた男を逃さないよう回り込むように機体を進めていく。

 機体が素早く前へと回り込んだのを見て、帝国兵はその場で止まると悔しそうな表情を浮かべて、両手をあげる……抵抗する気がない、と判断したのかヤルマルはほっと息を吐いた。

 すでに補給基地から離れてしまっているがこの敵兵を捉えて再び基地に戻り、尋問して帝国軍の動向を確認しなければ……と彼は拡声器のスイッチを押すと、敵魔術師へと話しかける。

「かなり逃げたな……だがここまでだ」


『ラヴァロード……! 補給基地になんでいるんだよ』


「たまたまだ……お前、火をつけて逃げたやつだな? 他に仲間は?」


『知らねえな……』


「……所属は?」


『ニルス・テグネール曹長……帝国軍だよ』

 帝国軍の曹長……にしては随分とくたびれた格好だが、とモニターに映る男性の姿を見てヤルマルは思った……年齢は彼よりも上だろうか?

 両手を上げたニルスと名乗る魔術師は、憎々しげな表情を浮かべたまま牡鹿の王を見上げる……魔術師帽ガレア・アルカナは年季が入ったもので、最前線で戦い続けてきたのかあちこちに焦げや修復の跡がついていた。

 手斧をゆっくりと突きつけてから、ヤルマルは相手の動きを注意深く観察して、魔道具へと手を伸ばす……捕縛には歩兵が必要だろう。

 人形騎士相手に逃げきれないとわかっているのか、ニルスはその場で両手を上げたまま動こうとしない。

「……逃げていた帝国兵を見つけたぞ、歩兵をよこせ」


『わ……か……うお……は……なん……』


「あ? どうした?!」


『……やば……逃げ……』

 魔道具から響く声はひどく混乱しているのか、途切れ途切れに叫ぶような、怒りのような声と何かが衝突するような凄まじい音が響くだけだ。

 補給基地で何かあった? ヤルマルは悩む……この兵士を捕まえるには彼以外の人手が必要である。

 人形使いは白兵戦技なども習得しているが、ハッチを開けて外に出るという動作が必要な分、ニルスと名乗った敵兵はその隙を使って逃げ出せてしまう。

 特に先ほど使っていたアクセラレーションを使うと、再び人形騎士へと搭乗して追いかけなければいけない……どうする?

 仲間が心配だが、ここは待ちが正解だろう……黙ったまま、モニターに映るニルスを見つめていた次の瞬間、ゾッとするような殺気を感じヤルマルは思い切り背後へと機体を飛ばす。

 それまで彼がいた場所に向かって、巨大な葉形盾カイトシールドが突き刺さったのを見て、彼は思わず息を呑む。

 そしてその盾が飛んできた場所へと視線を向けると、そこには自分たちに向かって走ってくる一騎の人形騎士……何度も戦場で見た帝国製人形騎士フェラリウスの姿があった。


『おっさん……逃げろッ! こいつは私が倒すッ!!!!』

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