(幕間) 帝国歴一二七九年 新たなる命令 〇五

「グラディス中将……ご命令通りアナスタシア・リーベルライト曹長に新しい機体を支給しました」


『そうか……アーシャは嫌がっていたか?』

 通信用魔道具から響く若い男性の声……マッテーイ大佐の会話相手であるグラディス・バルハード・ゼルヴァイン中将はそう尋ねるが、大佐はその問いに思わず答えることを躊躇った。

 あの表情を思い返せば中将に対してあまり良い感情を持っていないことは明白だったし、本来曹長風情が帝室の一員であるグラディスに対する不敬を咎めなければいけない立場だったからだ。

 しかしそれを予想していたのか、グラディスは最初からアナスタシアがどういう反応を見せても咎めてはいけない、という命令を下していたが、それは彼女の反応を最初から予想していたからなのだろう。

「嫌そうな顔でした……よろしいのですか?」


『何がだ大佐?』


「その……彼女の態度は閣下に対して非常に不敬ではないかな、と」

 リーベルライト男爵家は、辺境都市であるライオトリシアの貴族会議員を代々務めているだけの下級貴族家と聞いている。

 本家であるリーベルライト公爵家とは家格や歴史も及ぶところがなく、血縁関係はあるとはいえ男爵家……騎士学園での模擬戦ではかなりの評価があったものの、同級生と揉めるなどの問題行動があり結果的に全体の評価は低くなってしまっていた。

 軍に入隊してからもその評価はあまり変わっていないのだが、作戦成功率は高くマッテーイ大佐は彼女の評価は改めるべきだ、と考えていた。

 しかし……帝室への忠誠心などを持っていないのではないか、という疑念を抱かせるのには十分な彼女の行動に、かなり疑念を感じている。

『良い……俺はアーシャを簡単に御せるとは思っていない』


「そ、そうなのですか?!」


『それにな、野生の獣というのは生き残ろうと暴れ回る方が美しい』

 クスクス笑うグラディスの声は怒りなど感じずむしろ楽しそうなもので、マッテーイ大佐は敬愛する中将の感情が読めずに困惑する。

 元々グラディスは帝室の人間でありながらも兵との距離が近く、お忍びで食堂に入っては彼らと直接会話をしているなど、かなり変わった性格をしている人物だ。

 帝室出身ということもあって最初から人を指揮する立場にあって、数々の作戦を成功させた英雄でありながらも、兵士の考えや不安を直接聞き取ろうとする姿勢は稀有だ。

 彼の兄である皇太子レオニドヴィチや第二皇子テーオドリヒなどはそう言った行動を好まないため、余計にグラディスの行動は奇妙に思えた。

 しかし……そのグラディスがアナスタシアという女性を気に入っているのであれば、おそらく遠からず側室に取り立てられる可能性もあるため、おいそれと罰しようと口にすることも悩ましい。

「野生の獣……まあ、飼い慣らせない感じはありますが」


『ともかくあいつはこの戦線における鍵となる戦力になりうる、この先死ななければな』


「あの……お言葉ですが大事な女性であればお側に置かないのですか?」

 どうしても聞きたくなってしまったため、不敬とは理解しているがマッテーイ大佐は思っていることをはっきりと口にすることにした。

 アナスタシア・リーベルライト男爵令嬢は美しい女性だった……燃えるような赤い髪にルビーにも等しい瞳、田舎貴族の令嬢とは思えないほどに整った顔立ち。

 スタイルも良く、所作はあまり洗練されているとはいえないが、それでも目を引く存在であることには違いはない。

 彼女を手に入れたいと思う同僚や、将官もいるそうでそう言った人物が彼女へとアプローチをかけては問題を発生させているという報告も一部では上がっていた。

 それ故にグラディスのになっているのであれば、そういう風紀上の問題なども簡単に解決するのだが……しかし大佐の質問にグラディス中将は不思議そうな声で応えた。

『アーシャを側に……? 何を言っているんだ』


「え……彼女は閣下のご寵愛を受けているのかと」


『俺がアーシャを?』


「違うのですか?」


『確かにアイツは見栄えがいいし抱き心地も良さそうだがな……ゲテモノを好むようなものだぞ?』


「ゲテモノ……そ、そうなのですね、理解が及ばず申し訳ありません」

 グラディスはさも当たり前のようにそう答えるが、そうなってくると余計にアナスタシアという女性の立ち位置がわからなくなってくる。

 今回中将直々の命令で人形騎士ナイトドールフェラリウスを支給したのだが、確かに戦功のある人物とはいえ戦い方は刹那的で無謀だ。

 フェラリウスは彼女が普段使っているケレリス……これも支給時に彼女と揉めた帝都の将官の嫌がらせで一度大破した機体を修復した再生品リビルドを配備したらしいが、それでよく生き残っていると感心してしまう。

 工房職人からは他の人形使いドールマスターではあそこまで機体性能を引き出せない、と評価する向きもあると聞いている。

 ただ揉め事は相変わらず多く、先ほども工房少尉を殴り飛ばしたという報告が上がっており、頭の痛い問題だらけになっているのだが。

「フェラリウスに乗った方が戦果は上がるとお考えですか?」


『どうだろうな……主戦場に出す際にはグラディウスにアーシャを乗せたい』


「グラディウスですか……」


『命令でグラディウスを支給しろ、というと流石に違う目で見るものがいるだろうからな』


「それで余ったフェラリウスを、というお考えでしたか」


『今はまだ遊撃部隊的な扱いで良い、その方がアーシャの性格も生きる』

 ゼルヴァイン帝国主力人形騎士であるグラディウスは数多く配備された機体の中でも最も高性能であり、建造台数も多く帝国の戦線をよく支えている名機である。

 ヴォルカニア王国方面軍の主力として、主戦線では大活躍をしている人形騎士なのだが、今回はアナスタシア・リーベルライトへは支給しないことが決まっている。

 主戦場にはできるだけ多くのグラディウスを配備しておきたいため、アナスタシアへは現状中古のフェラリウスぐらいしか回せない。

 それでもフェラリウスは現在でも戦線によっては主力となっている人形騎士だ、性能はケレリスよりも高く、腕の良い人形使いであれば十分な戦果を得られるだろう。

『まあ、アイツならケレリスでもラヴァロード程度なら蹂躙するだろうよ』


「それは流石に買い被りすぎなのでは……」


『それくらい期待しているということだ』

 グラディスがそれほどまでに期待する人形使い……アナスタシア・リーベルライトという女性の評価を見誤らないようにしなければな、とマッテーイ大佐は思った。

 現代に至るまでに戦士ベッラトール級人形騎士を、兵士ミーレース級人形騎士を使って正面決戦で打ち破った記録はない。

 戦場の混乱の中で不意打ちや、損傷した機体を破壊したなどは何度も発生しているのだが……それくらい人形騎士の格というのは性能差が大きい。

 戦争はまだまだ続く……ヴォルカニア王国戦線は、英雄たるグラディス中将によって、帝国軍が次第に押し上げつつある。

 このまま戦いを有利に進められればゼルヴァイン帝国は勝利を掴めるだろう……魔道具の前で胸に手を当てたまま、マッテーイ大佐はグラディスへと頭を下げた。


「それでは……私は作戦行動のために戦場へと出立いたします、現地でお会いしましょう閣下」

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