転生した僕は古代語で最強魔術師を目指す

wa3

第1話 覚醒の刻

その日、僕は泥だらけになって畑を耕していた。

照りつける太陽、土の匂い、遠くで鳴く鳥の声。

12歳のリオンとしての日常は、あまりにも平和で、そして退屈だった。


「リオン! サボってないで手を動かしなさい!」


母さんの怒鳴り声が飛んでくる。

僕は「はーい」と気の抜けた返事を返しながら、鍬(くわ)を振り下ろした。

カキン、と硬い音がして、手首に痺れが走る。

また石ころか。

ため息をつきながら、鍬の先に当たったものを掘り起こそうとした時だ。


指先に触れたその石版から、奇妙な感覚が流れ込んできたのは。


『――警告。魔力回路の接続を確認。システム起動――』


頭の中に直接響く、無機質な声。

めまいがした。視界が明滅し、知らないはずの記憶が奔流となって押し寄せてくる。


高層ビル。空を飛ぶ車。光る板状の端末。

そして、核の炎に包まれる世界。


「うっ……!」


僕はその場に膝をついた。

そうだ。僕はリオンじゃない。

いや、リオンであり、同時に「タナカ・ユウマ」だ。


前世の僕は、3000年前の地球でエンジニアをしていた。

平凡な人生だった。最後の一瞬を除いて。

シェルターに向かう途中、閃光を見たのが最期の記憶だ。


「……古代語?」


手元の石版を見る。

そこには、泥にまみれてはいるが、見覚えのある文字が刻まれてた。

この世界で「古代語」と呼ばれ、高位の魔術師しか解読できない失われた言語。


『立ち入り禁止区域』


それはただの日本語だった。

しかも、「東京地下鉄」のロゴマークと共に。


「はは……」


乾いた笑いが漏れる。

ここは異世界じゃない。

3000年後の、滅びた後の地球だ。


「リオン? どうしたのリオン!」


母さんが駆け寄ってくる。

僕は震える手で石版を隠し、立ち上がった。

世界が違って見える。

平和な農村の風景が、実は巨大な廃墟の上に成り立っていることを知ってしまったから。


「ううん、なんでもないよ母さん。ちょっとめまいがしただけ」


僕は嘘をついた。

この日から、僕の「最強」への、そして「真実」への探求が始まったのだ。


---


その夜、僕は家族が寝静まるのを待って、納屋に忍び込んだ。

昼間見つけた石版――いや、旧時代の看板を月明かりの下で調べる。


この世界には「魔法」がある。

火を出したり、水を操ったりする不思議な力だ。

村にも簡単な生活魔法を使える人はいるが、強力な魔法を使えるのは、王都の学院で専門的な教育を受けた「魔術師」だけだと聞いている。

そして、その魔術師たちが使う最強の呪文こそが「古代語魔法」だ。


僕は実験をしてみることにした。

もし、古代語が日本語なら、僕には全ての魔法が使えるはずだ。


右手を前に突き出し、イメージする。

指先に小さな火が灯るイメージを。


「『点火(イグニッション)』」


日本語で呟く。

……何も起きない。


「あれ?」


拍子抜けした。

おかしい。物語ならこれでドカンと魔法が出るはずなのに。

もう一度試す。


「『炎よ出ろ』、『ファイア』、『燃えろ』……」


色々試したが、指先は冷たいままだ。

ため息をついて、壁にもたれかかる。

言葉がわかるだけじゃダメなのか?

何かが足りない。


ふと、昼間の感覚を思い出す。

石版に触れた時、頭の中に響いた声。

『魔力回路の接続を確認』と言っていた。


「回路……そうか、回路だ」


僕はエンジニアだ。

電気が流れるには回路が必要だ。

ただスイッチ(言葉)を押すだけじゃ、電球(魔法)はつかない。

体の中にある魔力というエネルギーを、現象に変換するための「回路」をつなぐ必要がある。


僕は目を閉じ、自分の体の中を意識した。

へその下あたりに、温かい熱源がある。これが魔力だ。

それを、腕を通し、指先へと流すイメージを持つ。

ただ流すだけじゃない。

プラスとマイナス、抵抗とコンデンサー。

前世の知識を使って、頭の中で複雑な魔法陣――いや、電子回路図を構築する。


熱い。血管が焼けるように熱い。

でも、不思議と不快じゃなかった。

懐かしい感覚。論理と法則が支配する、僕の得意分野。


回路がつながった瞬間、指先がチリチリと痺れた。

今だ。


「『点火』」


ボッ!


指先に、ライターの火ほどの小さな炎が灯った。

揺らめくオレンジ色の光が、納屋の闇を照らす。


「できた……」


成功だ。

でも同時に、僕は理解した。

この世界の「魔法」は、単なる奇跡じゃない。

極めて論理的で、科学的な現象だ。

そして、それを理解している人間は、おそらくこの時代には僕一人しかいない。


「最強の魔術師……なれるかもしれない」


小さな炎を見つめながら、僕はニヤリと笑った。

この退屈な農村から抜け出し、広い世界を見るための鍵を手に入れたのだ。


翌日から、僕の生活は一変した。

昼間は真面目に農作業をするフリをしつつ、頭の中では常に魔力回路のシミュレーションを行った。

夜は納屋で、こっそりと実証実験を繰り返す。


水を生み出す回路。

風を起こす回路。

土を硬化させる回路。


分かったことがいくつかある。

1. 言葉(古代語)は、回路を起動させるための「トリガー」に過ぎない。

2. 重要なのは、頭の中でどれだけ精密な回路(プロセス)を構築できるかだ。

3. そして、この世界の人間は、その「構築」の方法を知らない。だから、古代の遺物に残された定型文(呪文)をただ暗記して使っているだけなのだ。


これはとてつもないアドバンテージだった。

彼らが「既製品のアプリ」を使っているとしたら、僕は「プログラミング言語そのもの」を知っているようなものだ。

自由に、どんな魔法でも作れる。


だが、調子に乗っていた僕は、すぐに壁にぶつかることになる。

それは、学院の入学試験の案内が村に届いた日のことだった。

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