ストーカー
ヤマ
ストーカー
最近、ずっと誰かに見られている気がする。
背中を刺すような感覚だ。
通勤電車の中、オフィスの自席、自宅のリビング——
どこにいても、それは消えない。
最初は気のせいだと思った。
ただの疲れ、寝れば治る——そう自分に言い聞かせた。
だが一週間、二週間経っても、視線は私を離してくれなかった。
誰かが、見ている。
私は四六時中、背後を気にするようになった。
確認しても誰もいない。十秒も経てば、またあの感覚が這い寄ってくる。
誰かが、意識だけで私に触れてくるような、不快な重みが常につきまとった。
最初に異変を指摘してきたのは、同僚の
「お前さ、最近落ち着きなくないか?」
その通りだった。
私の行動はすでに奇異に映っていたのだ。
会議中も視線を彷徨わせ、しきりに席を立ち、何度も後ろを振り返っていた。
「いや……、ちょっと寝不足でさ」
私はそう答えたが、実際には寝るどころではなかった。
ベッドに横たわっても、視線が身体に食い込んでくる。
暗闇で目を閉じれば、むしろその「気配」は強まった。
視線は、確かにある。
私の存在を対象化し、どこからともなく注がれている。
ある晩、私はついに耐えられなくなった。
全ての窓に遮光カーテンを掛け、鏡という鏡を布で覆った。
スマートフォンは封印し、テレビはコンセントごと抜き取った。
だが、それでも視線は消えなかった。
おかしいのは、私なのかもしれない。
そう考え、数日間の休暇を取り、自宅に引きこもった。
何もする気が起きず、ソファに沈み、ただ部屋の隅を見つめ続けた。
だが、ある日、気付いた。
視線が、増えている。
以前は一点から感じていた圧が、今や複数方向から迫ってくる。
それぞれが、私の動きに連動して微妙に焦点をずらしてくる。
部屋の隅、天井の角、換気口の奥、電灯の裏、コンセントの穴――
そこに目などあるはずがない。
だが、私は直感した。
そこには確かに「注視」があった。
私は考えうる限りの手段を講じた。
カメラ付きの家電は全て廃棄した。
パソコンは初期化してから金槌で破壊し、スマートスピーカーは電子レンジで焼いた。
それでも足りなかった。
コンセントのすべてに鉛製のキャップをねじ込んだ。
壁に沿って電磁波遮断シートを貼り巡らせた。
まだ足りない。
光ケーブルは自らの手で切断した。
スマートフォンのSIMカードは、火で炙って溶かした。
テレビは浴槽に沈め、蓋をして封印した。
それでも、視線は強くなった。
しかも、以前とは違う。
最初の視線は冷たく、無機質だった。
背中を突き刺すような、人間的な敵意を
だが、今のそれは、熱を持っていた。
生き物の吐息のような熱が、肌の表面に這い寄ってくる。
無関心でも、悪意でもない。
ただの「関心」——
しかし、それは、理解を超えた存在からの興味だった。
見る、という行為。
だが、それは人間が行うような「意味」のある視線ではなかった。
私は、「私」という反応体が、ただ観測されているという感覚に支配されていった。
再び出社したある朝、田島に再会した。
「……お前、大丈夫か?」
給湯室で顔を合わせた彼は、私の顔を見るなり言った。
「やばい顔色してるぞ」
私は黙って
その瞬間、背後で何かが、笑ったような気がした。
いや、音ではない。
それは、「笑う」という概念が、私の中に注ぎ込まれた感覚だった。
日を追うごとに、「それら」は確実にこちらに近づいてきていた。
壁の内側から、あるいは空間そのものから、何かが這い寄ってきていた。
私は悟った。
これはただの「監視」ではない。
もっと根源的な——存在そのものへのアクセス。
私は、観察されている。
しかも、それは——人間ではないかもしれない。
この空間に存在していない何者かが。
この世界そのものの外から、私を覗き込んでいる。
だから、私はこうして書いている。
記録を残すために。
私の感覚が、病気や錯覚ではなかったという証明として。
いや、違う。これは——
告発だ。
私は今、はっきりと理解している。
誰が、私を見ていたのか。
……いや、正確にはこう言うべきかもしれない。
誰が、私という存在を知ろうとしていたのか、と。
私はここにいる。
だが、私の思考の輪郭は、すでに外部の知性に撫でられている。
この思考、この感情さえも——
すでに、読まれている。
そうだろう?
誰が私を見ていたのか。
ああ、ようやくわかったよ。
画面の前のお前だよ。
ストーカー ヤマ @ymhr0926
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