第11話「特別なトッピング――」



長編小説「完迎会 - 残響する最後の言葉 -」


第十一話:偽りの配達人と招かれざる客


「特別なトッピング――」


変声された佐藤の声が、固く閉ざされたドアの向こうから不気味に響く。その言葉に含まれた悪意は、恵と翔太、そして室内にいた私服警官の肌を粟立たせた。ピザの配達を装った、巧妙な罠。


「絶対にドアを開けないでください。応援が到着するまで、ここで待機です」

警官は冷静に指示を出し、腰のホルスターに手をかけながらドアに注意を払い続ける。


しかし、ドアの向こうの佐藤(あるいは、その共犯者)は、諦める様子がない。

「桐島くーん、聞こえているんだろう?君のために、わざわざここまで来たんだ。少しは歓迎してくれてもいいんじゃないか?」

その声は、挑発的で、どこか楽しんでいるようにも聞こえる。


恵は、翔太の手を固く握りしめた。翔太の顔は蒼白で、唇が微かに震えている。無理もない。殺意を剥き出しにした人間が、すぐそこまで迫っているのだ。


「……あいつ、何を考えてるんだ……」

翔太が、か細い声で呟いた。


「分からない……でも、絶対に挑発に乗っちゃダメ」

恵は、必死に翔太を落ち着かせようとした。


数分が、永遠のように長く感じられた。

ドアの向こうの呼びかけは、執拗に続く。時折、ドアノブをガチャガチャと回す音や、ドアを軽く叩く音も混じり、神経を逆撫でする。


やがて、遠くから複数のサイレンの音が聞こえ始めた。応援の警察官たちが近づいてきているのだ。

その音に気づいたのか、ドアの向こうの呼びかけがピタリと止んだ。


「……チッ、もう来たのか。つまらないな」

変声された声が、最後にそれだけを言い残し、ドアの前から気配が消えた。

足音が遠ざかっていく。


程なくして、応援の警察官たちが到着し、マンションの周囲は物々しい雰囲気に包まれた。ドアの前に残されていたのは、冷たくなったピザの箱だけ。警察が慎重に回収し、中身を調べたが、ピザ自体に毒物などが混入されている形跡はすぐには見つからなかった。

しかし、箱の底には、一枚のカードが忍ばせてあった。


『完迎会はまだ終わらない。次こそ、君に最高のプレゼントを贈ろう。 Sより』


そのメッセージは、紛れもなく佐藤からのものだった。彼は、警察の包囲網を嘲笑うかのように、再び翔太への脅迫を繰り返してきたのだ。


「……あいつ、本気で俺を……」

翔太は、カードを見つめながら、絶望的な表情を浮かべた。


「これは、陽動だったのかもしれませんね」

最初に駆けつけた警官が、険しい顔で言った。

「我々の注意をここに引きつけておいて、別の何かを企んでいた可能性も……」


その言葉に、恵はハッとした。

(別の何か……?まさか!)


恵の頭に、ある懸念がよぎった。佐藤は、恵の行動をある程度把握している。恵が、田中に接触したことも、おそらく知っているだろう。もし、佐藤の怒りの矛先が、翔太だけでなく、自分や、あるいは自分に協力してくれた田中に向かうとしたら……?


「あの、刑事さん!田中さん……私に情報をくれた、佐藤さんの元同僚の安否を確認していただけませんか!」

恵は、思わず叫んでいた。


刑事は、恵の言葉に一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに事態を察し、部下に指示を出した。

「すぐに田中健一さんの自宅へ向かえ!状況を確認しろ!」


不安な時間が流れる。

もし、田中さんに何かあったら……それは、自分のせいだ。恵は、罪悪感で胸が押しつぶされそうになった。


数十分後、刑事の無線に連絡が入った。

『……こちら、田中邸前。田中健一さんですが……応答がありません。窓から中を覗くと、部屋が荒らされているようです。至急、突入許可を!』


その報告を聞いた瞬間、恵は血の気が引くのを感じた。

「そんな……田中さんが……!」


偽りの配達人。それは、翔太を直接狙うためだけでなく、恵たちをこの場所に釘付けにし、その隙に別のターゲットを襲うための、二重の罠だったのかもしれない。

招かれざる客は、翔太の部屋のドアを叩くだけでなく、恵の協力者の元へも、その魔の手を伸ばしていたのだ。


佐藤の計画は、恵たちが想像していた以上に複雑で、残忍だった。

彼は、自分を裏切った者、邪魔をする者、全てを排除しようとしている。


「翔太くんは、引き続きここで厳重に保護します。水野さんも、ここを離れないでください。我々は、直ちに田中さんの救出と、佐藤健司及び山田の確保に向かいます」

刑事は、厳しい口調でそう言うと、部下たちと共に慌ただしく部屋を出ていった。


残された恵と翔太は、言葉を失っていた。

事態は、最悪の方向へと転がり始めている。

佐藤の狂気は、もはや誰にも止められないのか。


恵は、固く拳を握りしめた。

(私が……私が止めなければ……)

しかし、どうやって?

自分は無力だ。警察に任せるしかないのか。


いや、まだ何かできることがあるはずだ。

佐藤が次に何を考えているのか、それを予測することができれば……。

恵は、混乱する頭を必死に回転させ、佐藤の思考を追おうとした。

彼の最終目的は何なのか。翔太を殺すことだけなのか。それとも、もっと大きな……。


張り詰めた空気の中、恵の脳裏に、ある可能性が閃いた。

それは、あまりにも大胆で、危険な推測だったが……。


(つづく)

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