彼女が増えていく
天名 炬燵
第1話 絶望の深い溝
きっと何かを間違ったのだろう。
俺は。
とてつもない、臆病者だ。
「一体、どれほどのチャンスがあった? あったはずだろ! 俺!」
水鳥がスイーッと泳ぐ湖。
夕日が照らすのどかな公園。
その境目の欄干にもたれて、ガクッと肩を落としながら、予備校の成績表に俺は目を遣った。
「彼女を、青春を犠牲にした結果が、これかよ!」
志望校判定D、D、たまにE。
いや挑戦校だから、記念受験だから。
ほら、まだ後八ヶ月あるし?
まだまだ六月なら挽回できるっしょ!
「はぁ......」
真実を理解した頭に、空元気の空虚な鼓舞は毒にしかならない。
「なにやってんだ、俺」
どちらかが取れたなら、それで満足できた。
彼女がいるなら、この一年を勉強に費やせばよかった。
志望校に行けたなら、この一年を彼女作りに費やせばよかった。
そのどちらも、俺は手にしていない。
だから焦ってる。
でもさ、これまでの学生時代、小学校六、中学校三、高校三。つまり十二年。
片方すら得られなかったものを、このたった一年で両方なんて、土台無理な話だ。
彼女を作れなかった。勉強も上手くいかなかった。
それは、どちらも、一二年で、どっちも、上手く、行ってねぇ。
水面を行くカルガモが、悩みなんてないみたいにクワッと鳴いた。
「泣きてぇのは、俺の方だよ......」
いっそクワッと泣けたなら、どんなに晴れやかなことだろう。
でも誰が見ているかわからない。
夕陽に向かって叫ぶくらいならまだしも、十八才にもなって男が一人で公園内で涙を流すのはドン引きもんだ。
エンエンってな。
「くそっ。妙なギャグしか出てこねぇ。俺の頭は加齢と老化を繰り返して、おかしくなっちまったってのかよ!」
恋愛も勉強もダメだから頭がおかしくなるのか、頭がおかしいからダメなのか。
卵が先か、鶏が先か。
そんな哲学に耽っていても、俺の人生は好転しない。
「とりあえず帰ろう。夕飯食べて、風呂入って、泥のように眠って」
きっと、明日の俺は、なんとかしてくれるはず。
十二年間、三六五掛ける十二の明日の俺が成し得なかった偉業を、きっと。
夕陽に背を向け。
目があった。
俺は固まる。
相手も固まっている。
美少女が立っていた。
背は俺より少し低いくらいで、俺が一七〇前後だから一六〇前後だろう。
肩まで伸びた黒髪は、艶がありきめ細やかで清楚で凛々しくて美しい。
お顔は素材的には可愛らしいのだが、今の表情は緊張したようにムッとしている。
怒っているわけでは無いと思う。
俺が怒られる理由がないし。
「光樹(みつき)」
「え?」
それは俺の名だった。
なんで、俺の名前を? なんて、そんな漫画じゃあるまいし、そんな聞き方はしない。
俺はただ、呆然としてしまった。
「あの日の約束、覚えてるよね?」
「は?」
「私はあなたの、彼女だよ?」
「ん?」
俺の混乱は、彼女の一言一句の合いの手となり、暗がる空に溶けた。
彼女が増えていく 天名 炬燵 @amatako
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。彼女が増えていくの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます