至福の時

@tdnatmoksiht

第1話

私の目の前に綺麗に配置された食器たちが並んでいた。

時刻は12時30分。

皆が空腹を感じる時間である。

私は今、社員食堂にいる。

室内には揚げ物の香ばしい匂いと、トウモロコシの優しい香りに満ちていた。

改めて目の前のトレーを見る。

入社して早2年。初めてこの食堂に入ったのだ。

期待感は否応なく上がっていた。

目の前のトレーには茶碗と平皿、スープ椀とが整然と並んでいた。

茶碗にはほかほかの白米が軽く1杯よそわれていた。

平皿には肉巻き野菜の揚げ物。

スープはコーンクリームスープ。

これは新しいと思った。肉巻き野菜なら知ってる。野菜の揚げ春巻きなら知ってる。でも今日のメインディッシュはそのどちらでもない。

肉巻き野菜のヘルシーさと、揚げ物の反則級の美味しさの両方を兼ね備えているのだ。

良いのだろうか。という考えが頭をよぎった。

大学では奨学金を借り、親には仕送りをしている。悪癖が祟り、ギャンブルでこさえた借金まであった。それらを支払っていくと自分の決して多くない給料は振り込みの翌日には数万円になっていた。

自分の力だけでは節約できず同棲の彼女に管理してもらってなんとか貯金をしていた。

彼女もまた極貧生活を強いられているのだ。

それでも奢ってくれた先輩の思いを無下には出来ない、と言い訳がましい考えが浮かんだ。

先輩は面倒見が良い人だが要領が悪くいつも仕事でいっぱいいっぱいになっている。見かねて手伝ったところえらく感謝された。オレの気が済まないからと、昼メシを奢ってくれたのだ。

私は彼女に連絡を入れた。経緯を説明したところ、優しい返事があった事が最後の一押しとなり、私は奢ってもらうことにした。

今一度ご飯に目をやった。

毎日1食と決めて生活している自分にとって揚げ物は目に毒だった。

微かに震える手で箸を握り、揚げ物を持ち上げた。

確かにそこにあった。箸に重さがずっしりと伝わってくる。

生唾を飲み込み、意を決して箸を口に運んだ。

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