エピローグ

「そういえば」

 不意に気になって、アンリはそれを声に出していた。

「夫人って、タルトタタンにこだわりがあるんですか?」

 そう言うと、夫人は格別に嬉しそうな顔をした。


 アンリの誕生日だった。夫人がごちそうしてくれると言うので、ダンクルベールやペルグランと共に、お呼ばれしたのだ。


 デザートのタルトタタン。何と言うべきか、夫人にしてはちょっと不格好で、味もそれほど、という感じ。レシピ通りに作ってみました、というのがいいのだろうか。それでもどこか生地はになっている部分があったり、味付けもいまいち物足りなかったりした。

 何度か味わってきた。他のデザートは抜群なのに、タルトタタンだけがなぜかそうなのである。それも自信満々で持ってくるので、あえてそうしているように見えた。


「今まで食べた中で、一番嬉しかったものの再現さ」

 夫人は言って、ちらりとダンクルベールを見た。本当に嬉しそうな表情で。


「昔の話だよ。今はもう、ちゃんと上手に作れている」

「勿体ない。このつたない感じが、たまらなく嬉しかったものさ。リリィとお前が一緒に作ってくれたんだっていうね」

「リリアーヌさまが?」

 ペルグランが口を挟んだのを、アンリは目で制した。


 夫人の顔は、うきうきしていた。ダンクルベールは反対に、致し方なし、といった表情である。


「水気の多い林檎。ちょっと焦げたカラメル。の多いタルト生地。子どもとお父さんが一生懸命作ったっていう、この感じ。涙が出るほど嬉しかった。人を何人べるよりも何倍も美味しかった。本当に、愛してくれている。そう思ったものさ」

 左肩のフェザーボア。取り去って、ダンクルベールの隣に座る。肩を預け、とろんとした顔で、ダンクルベールを見つめている。


「私にとってのタルトタタンは、これが正解。でもね、やっぱり自分で作ると、ちょっと味気ないんだよね?」

「おい、シェラドゥルーガ」

「次のお誕生日は、ペルグラン君かな?ねえ、リリィに頼んでくれたまえよ。もしくはリリィのふたり目、女の子だろう?お前とリリィとで三人で、作ってくれないかなあ」

「まだ三つかそこらだ。台所には立たせられん」

「本部長官さま」

 割って入った。きっと、悪い顔をしている。


「私、リリアーヌさまとも文通しているんですよ」

 にっこりと。

 それで、観念した様子だった。


「期待はせんでくれよ」

「ああ、嬉しい。さあ、ペルグラン君。急ぎたまえ。とっとと歳を取りたまえよ」

「無茶言わないで下さい。暦通りですよ」

「ちなみに、それっていつの話ですか?」

「それはね」


 ダンクルベールの頬に、ベーゼ。そうして、特別に嬉しそうに。



「ないしょ」

 夫人は素敵な笑顔で、紅茶を注ぎ足してくれた。


(ご愛読、ありがとうございました)


―――――

Reference & Keyword

・グロリア / The Birthday

・ジェニー / Thee Michelle Gun Elephant

・アイノメイロアイノネイロ / The Birthday

・Red Eye / The Birthday

・さよなら最終兵器 / The Birthday

・PINK PANTHER / The Birthday

・羊たちの沈黙 / トマス・ハリス

・レッド・ドラゴン / トマス・ハリス

・ボーン・コレクター / ジェフリー・ディーヴァー

・三国志 / 北方謙三

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ガンズビュール〜“シェラドゥルーガは、生きている”より〜 ヨシキヤスヒサ @yoshikiyasuhisa

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