10.■■■

 罪人の亡骸は、土葬。

 あかき瞳の龍が棄てられたに見立てた穴の中に投げ入れる。その上から、発酵が進んだ堆肥をかけて、こなれさせる。

 ヴァーヌの教えが形骸化した今でも、これだけは変わらない。


 燃やされないだけ、ましだった。


 腐った骸の上で、目を醒ました。見上げる。金網越しに、月が見える。

 晴れている。


 帰れる。


 かなりの力を消耗していた。

 拒絶されることが、これほどまでにこたえるとは、思いもしていなかった。それほど死ぬほどに、動けないぐらいにつらかった。

 ここまで愛し、心を開かせたのに、最後の最後で突っぱねられるとは。

 腹が満ちるまで、周りの骸を喰らった。臭くて、腐っていて、冷たくて、不味い。時折出てくる蚯蚓みみずや虫のほうが、何倍も美味い。それでも足しにはなる。

 つらくて、つらくて。泣きながら、そうしていた。

 昔を思い出していた。まだ人のかたちですらなかったときの、小さく弱く、これしか食べ物がなかったころの。それでも、これを繰り返して、力がついて、生きているものを狩れるようになった。


 ああ、ダンクルベール。我が愛しのオーブリー・リュシアン。

 許さない。私の愛を受け取るまで。私を愛するまで。絶対に。


 そのうち、動けるようになった。力も使える。

 軽く跳躍するだけで、金網まで届いた。

 自分を信じる。体に、想いを伝える。ただそうするだけで、この体は金網を破ることなく、するりと抜けることができた。


 立て直さなければ。


 新しい名前、新しい体。五年、いや、三年で。

 あいつはまだ、死んでいない。それまでに追いつかないと、向こうが老いる。まして片足分、先に頂戴してしまったから、余計に。


 食べ頃を、逃す。


 石造りの塀。扉は一枚。

 鍵の作りは簡単だった。念じるだけで開く。


 外。夜の景色。どこかの敷地内。ガンズビュールの監獄か。あるいは別の場所か。


 崩折れていた。息が、上がっている。蓄えがほとんど付きている。体も、震えてきた。熱がない。寒い。裸で、何も着ていないから、余計に。

 無茶だったか。骸だけでは、どうにもならなかった。

 なんでもいい。生き物。兎、鹿。なんでもいいから、生命いのちを。


 ぽつぽつと、水滴。雨。

 見上げる。月は見えるものの、淡く、雲が覆っている。

 天気雨か。


「やめろ」

 言葉に、出ていた。

「それは痛いんだ」


 後頭部。突きつけられている。

 見なくてもわかった。音も聞こえたから。


「予感が当たっちまったようだ。死ぬわけないよな、お前がシェラドゥルーガなら」


 後頭部。髪の隙間から目を生やした。

 褐色の大男。ウトマンに、支えられていた。


「生きてたよね。我が愛しきオーブリー・リュシアン」

「お陰さまでね。まだまだ、予後不良だが」

 脂汗をかいている。それでもあの拳銃を、真っ直ぐに突きつけている。

 目は、燃えたままだ。


 笑ってしまった。ここまで読んでいた。私のことを、ここまで考えて。

 嬉しい。幸せだ。これが、リュシアンの愛。


 ならば、それに応えるまで。


「じゃあ、その状態で何ができるか、見せてもらうよ」

 腕を振りかぶった。


 ふたりまとめて、喰ってやる。



 その腕に、何かが当たった。

 痛み。腕が、飛んでいた。


 見やる。誰かが座り込んで、銃を構えていた。

 太った男。

 その隣にもひとり。撃ち終わった銃を、そいつと交換している。


 マレンツィオ、だと。


 あいつ、あの構え。精密射撃手マークスマン、いや、狙撃手スナイパーか。

 ならばまだいる。三組、いや、四組か。


 側頭部に、痛み。吹き飛んでいた。ダンクルベール。

 許さない。立ち上がる。その膝。ほぼ真後ろから、撃たれた。崩折れる。

 吠えた。空気が、震えている。人の体を、捨てれるか。いや、その前にまた、撃たれる。四方八方。

 這いつくばりながら、ダンクルベールに近づいた。撃ってくる。顔半分、あるいは全部。

 痛みが、疲れに変わっていく。


 ようやく、目の前まで戻ってきた。


「全弾、撃った」

「そうだな」

「なら、勝ちだ」

 もう一度、喰らいかかった。


 一瞬だった。視界が、回っている。仰向けで、転がっていた。


 もう一丁、持っていたのか。


「よお、もとボドリエール夫人」

 突きつけられた。

 見やる。コンスタンだった。

「まだやるかい?こっちはまだまだやれる。お望みとあらば、野戦砲も引っ張ってくるぜ?」

 言われた言葉に、思わずで吹き出していた。

 ああ、これがリュシアンの愛。すべて吹き飛ばしてでも、私を殺そうという、リュシアンの願い。



「やめだ、やめだ」

 自然と、言葉にしていた。


「降参だ。ただまあ、この通り殺したって死なないからさ。もしかしたらそのうち死ぬかもしれないけど、そこまで死んだことがないから、わからないや。とにかく、寝床さえくれれば、大人しくするよ」

「じゃあ、終身刑だ。第三監獄で、のんびり余生を過ごすことだな」

「いいんじゃないか?ともかく、疲れた」

「他に言いたいことは?」

「そうだなあ」


 上体を起こした。

 見渡す。ダンクルベール、ウトマン、コンスタン、マレンツィオ、そして男たち。

 そこで、裸のまま、放り出されていたのか。


「服と。それと、身を清めさせてくれ。淑女になんて格好をさせやがる」

 それを恥じらうぐらいの余裕は、持ち合わせていた。


(つづく)

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