通奏怪談

taktak

深夜2時

 さて、改めて走り出した企画「通奏怪談」でございます。

 まずは謝罪を。前回の企画の時、Nolaにて梅酒ソーダ様から、「深夜2時」というお題をコメントにいただいていたのに気付かず、完結させてしまいました。大変申し訳ございません!

 振り返りをしていて、この事実に気付いた時、謝罪の気持ちのほかに、こんな気持ちになりました。

 

「神は言っている。まだ企画をやめるべきではないと。」


 これもまた運命と思い、もう一回走り出すことにしました!実際、楽しいからね!

 お題の幅を広げて、再募集しまーす。詳細は「あらすじ」をご覧ください。


 それでは改めてまして、「深夜2時」、ご覧ください!どうぞ!


 ……………………………………………………


 秒針が礼儀正しく、チクタクと音を刻んでいる。

 

 夜中に目を覚まして、ああ……寝落ちしていたのか、と気がついた。俺は布団の中で体勢を変えると、顔をこする。


 布団には入っていたが、日課であるweb小説をスマホで書いているうちに寝落ちしてしまったらしい。


 部屋の明かりを消して作業していたため、秒針の音に視線を向けても、時計は見えない。

 スマホのデジタル時計に目を向けると、時刻は深夜2時を回ったばかりだった。

 

 まだ頭はぼんやりしているし、このまま目を閉じれば、心地よく夢の世界に堕ちていけるだろう。

 

 だけど……。

 

 web小説作成アプリを起動する。

 案の定、作りかけの文章は中途半端な所で止まっており、おかしな文字列が、未保存データとして並んでいた。


 あ〜……直すかぁ……。


 ここで作業を始めてしまうと、寝れなくなるのはわかっていた。

 でも、折角筆の乗った作品が、中途半端な状態で放置されるのもイヤだった。

 改めて時計を見る。


 深夜2時……中途半端な時間。

 寝てしまうには勿体無いし、起き出すには早すぎる。

 

 寝ぼけた頭で書いて、果たして納得のいく文章になるのか……さりとて、折角組み立てた話は形にしてしまいたい。

 結局、悩みながらも手をつけ始めて眠れなくなり、翌朝遅刻ギリギリに起きて、後悔する。

 

 この趣味にハマってからというもの、俺に付きまとう悪癖の一つだった。


 別に、売れっ子小説家ってわけじゃない。

 元々本を読むのは好きだったが、学生時代に暇を持て余してweb小説を見ているうちに、ふと、俺にも書けるんじゃないか?……と思い込んだ。

 

 試しに何本かショートストーリーを書いてみると、読者から、チラホラ好意的な反応があった。

 他の人から見れば些細な事なのかもしれないが、俺はそれを見て、思わずニヤけた。


 それ以来、何か思いつくたびに、ストーリーを投稿する様になった。社会人になってもコソコソと続けている。

 プロを目指してるわけでもない。まあ、ひょっとしたら、いつか出版社の目に止まって……なんて下心はもちろんある。

 でも、何よりも読者からのただ一言「面白かったです」のために、投稿するときは全力で取り組んでいた。

 

 だから、今回も自然と指先が走り出す。

 フリックを繰り返しながら、今書いているSFサスペンスをどう盛り上げるか、考える。


 主人公はふとした事で手に入れたタイムリープ……少し前の時間に戻る能力で、とある殺人事件の真相を突き止めようとする……そんな感じのストーリーだ。


 主人公は、恐るべき頭脳を持った犯人に翻弄されながらも、少しずつ真実に近づいていく……

 

 あれ……ここのプロット……どうなってたっけ?

 ……ヒロインの漢字……誤字になってる……

 さかのぼって…………確認……しなきゃ………………


 * * * *

 

 ドタッとスマホが床に落ちる音にハッとして、体を起こす。

 記憶が飛ぶような寝方をしたとき特有の「ここどこだっけ?」感と、「しまった!また寝落ちした……。」と言う罪悪感で、俺はフラフラしながら、暗いベットの上で、スマホを求めて手探りする。

 

 眠い……本当はもう諦めて寝たかった。

 

 でも、寝落ちする直前の記憶が確かなら、寝惚けて文字がうまく入力できず、変な文字列になっているはずだ。せめて、そこだけでも訂正してから寝たかった。


 手がスマホケースに触れる。

 気だるげにスマホを拾い上げると、今何時だよ……と時刻を覗き込む。


 深夜2時。


 ……あれ?さっきも2時じゃなかったか?


 ドライアイでチリチリする目を擦りながら、顔を顰める。スマホの時計は、何度見ても深夜2時を指し示していた。

 

 ……ありゃぁ、さっき寝惚けて見間違えたんだなぁ。あのまま一回起きてリフレッシュすればよかった……。


 ちょっと後悔しながら、直近の執筆箇所をチェックする。案の定、ひらがなで言葉にならない文字列が並んでいて苦笑する。

 ちゃんと意味のある文章にして、今度こそしっかり保存する。進捗状況としてはまだ半分過ぎたくらいだ。

 とりあえず、今日はここまでかな、とスマホをベットサイドに置き、目を閉じて頭を枕につける。

 

 ……展開、どうするかなぁ……もうちょっとギャグを入れるか……。主人公とヒロインの関係性を発展させて…………

 などと考えているうちに、思考がぼやけて、脳内映像が所々抜け落ちていく………………


 * * * *

 

 眩しさを感じて目を開けると、ハッとしながら目を覚ます。

 しまった!寝過ごしたか?

 そう思って周りを見回すと、そこにはスマホの光があった。

 寝返りを打った拍子に、スマホに触れてバックライトが点灯したのだろう。


 ……何だよ、脅かすなよ。寝かせてくれよ……朝まであとどれくらいだ?寝過ごさない様にしないと……


 掠れたため息と共に布団に倒れ込むと、腕だけ伸ばして、スマホを引き寄せる。


 時刻は、深夜2時だった。


 ガバッと跳ね起きる。

 ベットの上に正座をしてスマホを凝視する。

 

 いや、流石におかしいだろ。

 時計アプリを起動して時間を確認する。

 深夜2時だった。

 電気をつける。猫の壁掛け時計も、犬の目覚まし時計も2時を差している。

 待てまて待てまて……ざわざわと湧き出してくる焦燥を感じながら、ベットから出てテレビをつける。

 深夜アニメで魔法少女が戦っている。テレビの時計表示も2時だった。


 ……一回整理しよう。

 俺は冷静になりたくて、カーペットに座る。

 

 最初に起きたときが見間違いだったとして、二回目に起きたときは、間違いなく2時だった……はず。

 夢現で、全然違う時間を勘違いした可能性もある。

 

 もしくは寝たと思った時間は、実はごくわずかな時間だったのかもしれない。邯鄲かんたんの夢の様に、俺が創作に当ててた時間は、実は寝落ちした一瞬の夢だったのかもしれない。

 これは検証できる。小説アプリを開く。そして、余計に混乱した。

 小説はちゃんと、俺が修正した分や加筆した分がしっかり保存されている。うつらうつらしながらでも、ちゃんと考えながら書いたので、それなりに時間をかけて書いたはずだ。少なくとも、一瞬で書ける量じゃない。


 ………………寝よう。


 なんか怖くなってきて、俺はスマホを充電器に繋ぐと、いそいそと電気を消して布団を頭から被った。

 疲れてんだ、俺。

 時間感覚が麻痺するくらい没頭してたんだ。

 うつらうつらの中で、時刻がぼやけて見えて、意識が飛んだりで、混乱してたんだ。


 目をぎゅっと閉じて、耳を塞ぐ。寝て、起きて、朝になれば、忘れているだろう。いつも通りの日常がそこにあるはずだ。

 興奮して眠れないか……?と思っていたが、羊を数えたり、明日の仕事の段取りを考えているうちに、言葉と想像のイメージが段々ズレてくる。

 振り向いた上司の顔が、羊になった………………。


 * * * *


 ……ふっ、と目が覚めた。

 周りが暗いな。……カーテンが閉まってるからだ。

 目覚ましが鳴らなかった。……自分で無意識に止めたんだ。

 外が静かだ。……皆、寝坊をしてるんだよ。

 

 いつもより寝覚ねざめがいい。だるさや疲れを感じない。目や頭の痛みもない。

 よし、起きるぞ。

 すっと体を起こして、パチンと部屋の電気をつける。

 そして時計を見た。


 深夜2時。


 俺は非常にしょっぱい顔をすると、ヨロヨロとベッドから降りて、カーペットの上の折り畳み机に肘をついた。


 ――あ〜……これ、あれだな。「ループって怖いですよね」ってヤツだ。


 顔を覆いながら考える。

 どうやら俺は、不思議系ホラーに閉じ込められた様だった。

 

 俺、なんか悪いことしたかな、と昨日一日の出来事を思い出しては見たが、何も思い当たる節はない。

 朝起きて、仕事行って、帰って、布団の中で小説書いてただけだが?

 怖さを紛らわそうとテレビをつけたが、さっき見た魔法少女が、全く同じシーンで全く同じセリフを言っていて、怖くなり慌てて消した。


 どうする……?どうやったら、明日が来る?


 俺は考え込んだ。原因がわからない以上、抜け出すことを考えた方がいい。

 俺だって(自称)小説家の端くれだ。ループ物の定番の離脱法くらい、いくつか知っている。

 ほら、あれだ、いつもと違うことをする事で抜け出せるヤツだろう?


 そうとも、これまでと違うことをしてみればいいんだ。

 そう思った俺は、色々試してみることにした。


 まず、部屋から出てみた。

 散歩をしながら、コンビニやネットカフェに行き、雑誌を読んだり、あてどなく歩き回ったりした。

 結果、何をしていても、どこかのタイミングで、ハッと目が覚めて、自分のベッドに巻き戻された。どうやら外出してたのは夢の中、と判定されるらしい。


 次に、朝まで起きてみることにした。

 スマホを開き、書きかけの小説の続きを書いたり、ソシャゲをやってみたりした。

 結論、それも無駄だった。やった!高難易度コンテンツ、初めてクリアした!って喜んでたら、ベッドの後ろの壁にガンッと手がぶつかって、痛い思いをしながら目が覚めた。夢だったことにされて、ソシャゲはクリア履歴すら残ってなかった。


 とにかく、何個か試してみたが、結局、気がつくとベッドの上に戻っていた。

 時刻はもちろん、深夜2時。


 万策尽きて、再び折り畳み机に突っ伏す俺。

 

 もうあと試してないとしたら、死んでみることぐらいかなぁ、と縁起でもない考えがよぎって頭を振った。いくら何でも、それは嫌だ。

 ありがたいのは、これだけループを繰り返しても、腹は減らないし、体調も悪くなかった。

 でもこのままだと、俺は一生、深夜2時の世界に閉じ込められたまま、同じゲーム、同じ番組を見続けることになる。そろそろ、よく知らない魔法少女の長ったらしい必殺技の名前を、そらで言える様になってきた。


 ぶあっと、汗が吹き出してきて、はぁはぁと呼吸を荒げ始めたその時、ふと、思い出したことがあった。

 急いでスマホを開く。

 

 ……間違いない。

 俺は、やっと気がついた。

 

 開いたスマホの画面には小説アプリが起動している。

 そして、そこに書かれているストーリーは、このループ世界の中で、ちゃんと進行していた。


 つまり、ループの間に俺が書き足した文章が、ループしてもリセットされずに残っている。


 ……これを、完成させろ、って事か?


 全てが巻き戻されるこの世界で、唯一、俺の書いた小説だけが、きちんと時間を刻んでいた。

 それに気がついた俺はスマホにガブリ寄ると、急いで「完結」と書いて、ベッドに飛び込んだ。

 どうやって完結させろとは言われてない。打ち切り作品が急遽終わるのと同じだろうと思い、「ありがとうございました!次回作をご期待ください!」という文言まで、ご丁寧につけた。


 そして、おやすみっ!勝ったぜっ!と心で叫びながら目を閉じ、ウキウキしながら眠りについた。


 * * * *


 結果、深夜2時に目が覚めた。


 ……わかってた。そうだよね、ズルはよくないよね。

 折り畳み机に突っ伏しながら、俺は心の中でつぶやいた。さっき書いたふざけた文言は、ちゃんとデータに残っていたので、しぶしぶ消す。

 

 どうやら、物語としての体裁をとった形にしてちゃんと完結させないと、いけないルールらしい。

 俺は、はあ……………………何でこんなことに、とぶちぶちつぶやきながらパソコンの電源を入れた。

 パソコンの起動時間の間に、コーヒーを入れてパソコンの横に置く。


 スマホで書くことが圧倒的に多いが、時間が取れるなら、パソコンで書く方がやっぱり早い。

 ちゃんとデータが連携できていることを確認すると、俺は画面の前で深呼吸をして、執筆を開始した。


 プロットはちゃんとできているのだ。

 あとは構成と表現、ストーリーテリング。

 言葉の意味や使い方の曖昧さは、ネットが補完してくれる。

 いったん完結させるだけなら、ディテールの検討は後回しにして、物語の骨子を作ってしまおう。

 もしかしたら、それだけでも明日は来るかもしれない。


 方針が決まると、思っていたよりも指がキーボードの上を走り回る。話自体は、自分的には自信作だったんだ。

 だから、書くと決めれば、するすると話は進んでいった。


 感覚的には数時間経ったろうか。カップを持ち上げて、3杯目のコーヒーがなくなったタイミングで、主人公のラストシーンが形になった。

 ……いいじゃん、かっこいいよ、その姿。

 今どんな状況なのかも忘れて、俺は自己満足に浸る。


 俺は、満足げな顔をして窓の方に目を向ける。

 とっくに日が昇って日の光がカーテンの隙間からのぞき込む時間なのに、外は真っ暗で静かなままだった。

 試しに立ち上がって、カーテンをめくる。外は真っ暗な丑三つ時のままだった。


 どうなってんだ、これ、と半ば呆れかえりながら、俺はまあいいか、一応完結させたし、と背伸びをすると、じゃあいっそシャワーを浴びてから寝るか、と浴室に向かった。

 普段なら隣近所を気にして、深夜に風呂なんか入らないのだが、どうせ異世界状態だし~とタカをくくって、さっぱりすることにした。

 髪を乾かし、歯を磨くと、すっきりした気持ちで布団に入る。

 さあちゃんと寝て、明日に備えるぞ、と俺は子供のように眠りについた。


 * * * *

 

 深夜2時。


「なんでだよ。」

 俺は目覚めの開口一番にそういった。

 パジャマ姿のまま、俺はスマホをにらみつける。

 まさかデータが飛んだのかと思って、アプリを開いたが、ちゃんとラストシーンまで書き終えてあった。


 操作ミスでどこかの段落が消えたのかと思い、最初から呼び飛ばしていると、いくつかのシーンで、


 ――あ?ここ前後の関係がおかしいな。あ、こっちは脱字。ここ、語尾がかぶって読みづらい。


 と感じた。


 スマホを見ていた視線を画面から上げると、ぐるりと部屋を見まわす。


 ……はいはい。わかりましたよ、わかりました。

 ちゃんと校正かけますよ。きちんと仕上げろっていうんでしょ。

 ……たく、どこの編集担当だよ……。


 俺は、謎の存在への愚痴を並べたてながら、作業を開始した。

 一回ちゃんと寝られたおかげですっきりしたせいか、作業自体はスムーズに進んだ。

 

 ただ、見落としがないか読み込んでいるうちに、

「……だめだな、ここ直したい……。」

 というシーンができてしまった。

 

 どうせ、何時間かけても時間が巻き戻るんだ。

 そう思うと、俺は段々手が止まらくなってきた。

 前後の整合性をとるためにシーンを追加して、それに合わせた台詞回しを所々に加えた。


 それをやっていると、やっぱり誤字脱字、表現の違和感などが目立ってきて、結局、再度頭から校正をかけた。


 どのくらいの時間、創作に費やしたのだろうか。

 腹の中はコーヒーとビスケットでタプタプだったし、途中で食ったカップ麺の容器が、台所に転がっていた。


 ――うん……うん……いける。これなら読みやすいし、心に響く。良い……今までで最高傑作かもしれない。

 

 俺はもう当初の目的を忘れて、創作を楽しんでいた。

 

 そりゃそうだ。今まで、創作って言ったって、暇つぶしの数分でスマホに書く程度だったんだ。

 こんなに、自分の作品に向き合ったのは、初めてかもしれない。


 これ以上、直しようがない。今の俺にはこれが最大だ。

 そう言い切れるほどに納得して、保存すると、俺は大きく背伸びをした。

 

 疲れた……でも、今までで最高の作品ができた……。


 素直にそう思って、何となく今回の怪異に感謝した。

 ありがとうございます。おかげで、何か俺、一皮むけた気がします。


 どことは無しに手を合わせると、俺は一つあくびをしてベッドにもぐりこんだ。

 もぐりこんでからも、自分の作品の全体像を反芻する。


 ……うん、大丈夫……悪くない……心情が伝わる……オリジナリティ……いい出来………………


 * * * *

 

 深夜2時。


「だから、なんでだよ!」

 俺は思わず、ベッドサイドの目覚まし時計をぶん投げた。

 ムカムカしながら、スマホを見る。

 

 クッソが!俺の作品の何がいけないっていうだ!俺の最高傑作だぞ!ふざけんな!

 あれだろ!一文字だけ誤字があるとか、「役不足」みたいな用語の使い方の間違いだろ!

 いいじゃねえか!素人の作品なんだから!商業誌だってたまにあるわ!インド人を右に、とか!


 さっきまでの感謝をすべて忘れて、俺はもう一度作品を見直す。

 少なくとも、3回読み返して、誤字脱字などの問題はなかった。


 急に不安になる。

 

 あれ?……まさか……最初から……俺の小説、関係なかったとか……

 

 サーっと頭が冷えていく。


 じゃあ俺は……結局、この深夜2時の世界から出られないのか……?

 俺は、ラヴクラフト並みの怪異につかまって、永遠にこの時間を繰り返すの……?


 絶望に打ちひしがれ、俺はよろよろと後ずさって壁に寄り掛かった。

 

 そして……あっ、といきなり思い当たって、スマホを見た。

 

 作品の投稿を忘れていた。


 そうじゃん。作って満足しちゃあかん。

 ちゃんと投稿せねば。


 ポチポチと見出しとあらすじを入力する。いつもより心なしか作品アピールが誇大広告な気がするが、自信があるんだからいいじゃないか。


 よし!…………投稿完了!

 ついでだから近況報告にもコメント書いとくか。


 あ~~っ!終わった~!すっきり~!


 怪異、ありがとね。

 なんかすっきりしたわ。

 

 そう思って顔を上げた俺の肩を、誰かが叩いた。

「お客さん、駅つきましたよ。入れ替えですから降りてください。」


 * * * *


「……は?」


 俺は電車の中で目を覚ました。

 スーツ姿でカバンを膝の上に抱いている。

 ぼんやりと視線をめぐらすと、開け放たれた電車のドアの向こうに見慣れたいつもの駅があった。

 

 駅員さんが俺の顔を覗き込みながら、

「この列車はここで折り返しです。降りますか?それともこのまま、折り返しますか?」

 とたずねてきた。

 

 やっと俺は意識がはっきりすると、「あ、おります!」と言ってホームに降りた。

 ホームから見る外の景色は夕焼けに染まっていた。


 ぼうっとした頭で、腕時計を見る。少し早いが、どうやら俺は帰宅中に電車で寝ていたようだった。


 いや、そんなわけないだろう、と自分に突っ込む。

 だって俺は、ついさっきまで家で…………と考え始めて、

「あっ…………助かった……のか?」

 と、やっと自分がループから逃げられたことに気が付いた。


 そして……ハッとする。

 急いでスーツの胸ポケットからスマホを取り出す。

 

 まさか……そんなはずなよな?

 

 と焦りながら確認する。

 ちゃんと俺の最高傑作は、投稿されたままになっていて、俺はへなへなと崩れ落ちた。

 

 よかった……。こいつまで夢落ちでしたじゃ、俺、悲しすぎる。

 

 しばらくホームのベンチで気持ちを落ち着けた俺は、缶コーヒーを飲み終えると、読者の反応がどうなるかを楽しみにしながら帰路についた。


 * * * *

 

 結局、俺の身に何が起きたのかはよくわからなかった。

 あれ以降、俺の体調に変化はないし、部屋の様子もおかしいところはなかった。

 例の小説の投稿時間を確認したら深夜2時になっていたが、どうしてそうなったのか、いまだに俺にはわからない。


 あのままだったら、ループにとらわれて永遠にさまよう羽目になったかも、と恐ろしくなった俺は、小説を書くのを辞めてしま……たりせず、普通に投稿を続けている。

 別段、嫌な思いとかしなかったし。


 あえて残念なことをあげるなら、俺の最高傑作がバズらなかったことぐらいだ。

 それでも、俺の作品の中で最高閲覧数を出してくれたし、星の数も多かった。

 フォロワーさんから「今回の作品、すごくよかったよ!」とコメントをもらって、俺はしばらくニヤニヤが止まらなかった。


 読者の反響がよいからと言って、今後、小説で飯を食っていけるわけじゃない。

 仕事やプライベートもあるから、投稿ばかりに時間を割くわけにはいかないのは今まで通りだ。

  

 でも俺は、少しだけ作品への取り組み方を変えた。

 

 だって、あんな不思議な体験をしたんだぜ。そりゃ人生観かわるよ。

 それに、あの怪異は、ある日突然俺の前に現れて、原因もわからないまま、強烈なインパクトだけ残して消えていったんだ。

 

「事実は小説よりも奇なり。」

 とはいうけどさ、現実世界で起きたことに、インパクトで負けっぱなしなんて、小説家として悔しいじゃん?


 だから、ちょっとだけ、俺は本気で小説を書き始めた。

 いつかきっと、あの時の強烈なインパクトを超える傑作を作れるように、俺は今日も筆を走らせている。

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