美人局で生涯を塀の中

龍玄

1話完結 無知で人生、終わった!

 「夫と連絡が取れない」という黒田直道さんの勤務先への妻からの電話で事件は明るみに出始める。黒田さんは金曜日の夜、名古屋市中区栄で同僚数人と酒を飲んでいた。連絡を受けた際、一緒に飲んでいた同僚には心当たりがあった。同僚は一緒に飲んでいた者と二人でその場に向かった。そこは、「ハグハグ」と言うコンパクトホテルだった。元ラブホテルだったが、今は、気軽に休憩や宿泊が出来る簡易な施設になっていた。人件費やその他の経費を抑えるため、設備は最低限の物だけで、監視の目もなく、出入りは自由で、レンタルスペースのようなものだった。その場所が特定されたのは、金曜日に一緒に飲んでいた同僚からの気づきからだった。一緒に飲んでいる際の酒のつまみに黒田さんが出会い系サプリでゲットした女性の話で盛り上がっていた。待ち合わせの時間になって意気揚々と黒田さんは皆と別れた。

 飲んでいた場所から楽しいひと時を過ごせる場所は予想がついていた。余程の変更がなければそこだろうと同僚たちは向かった。

 同僚はそのホテルの従業員に事情を説明し、金曜日の晩に入室し、まだ会計を終えていない部屋を調べてもらい向かった。ホテルの特長から休憩が主で長居するケースは殆どなかった。入退室記録から当たりは直ぐについた。

 当たりを付けた部屋をノックしたが応答はなかった。従業員がノブを廻すと鍵は掛かっていなかった。「入りますよ、失礼します」と中に入った。従業員と同僚たちの目に入ったのは、ベットの上で上半身裸で俯せで横たわる黒田さんの変わり果てた姿だった。直ぐに警察に連絡した。

 検視により、被害者は首を絞められたことによる窒息死とされた。警察は、殺人事件と断定し、捜査本部を設置し、防犯ビデオを洗った。被害者は若い金髪の女性とホテルに入っている。暫くして、若い男が入った。それを見て「こいつ」と愛知県中警察署の刑事は口を揃えて言った。繁華街ではそこそこ有名な札付きだった。今回の事件が単独犯なのか組織的な物なのか、勃発的なのか計画的なのかを探った。予想通り計画的な美人局だった。指示役は誰なのか。良くつるんでいる仲間を探ればすぐに分かった。

 被害者は、会社員・黒田直道さん(32歳)、実行犯は河東礼音容疑者(20歳)、黒田直道さんと一緒に入室したのは牧田加奈子(19歳)、指示役として秦野裕也容疑者(23歳)がこの事件の関係者だ。

 河東と秦野との間には金銭トラブルがあった。河東と秦野は別々のホスト店の呼び込みをしていた。秦野が先輩格で、河東が秦野の縄張りで客引きをし、裏世界の掟なのか百万円とも言われる落とし前を支払う嵌めになった。しかし、河東には支払える目途がなかった。秦野は、河東に美人局を薦めた。二つ返事で河東は受け入れた。秦野は関りのある店のホストに貢ぎ始めた金お欲しがる牧田加奈子に連絡を取った。

 加奈子は出会い系サイトで客を募った。そこの餌に掛かったのが黒田直道さんだった。黒田さんと加奈子とのやり取りは「とんとん拍子に女性とホテルに行くことになった」と語る程、上手く行った。事件直前、黒田さんは、同僚に話していた。

 加奈子が客を取ったのを秦野は聞き、加奈子と河東を事件現場近くの公園で合わせた。全てメールで秦野は姿を現していなかった。

 加奈子は黒田さんと待ち合わせて、ホテルに入った。ホテルに入ると風呂に入ると上着を脱いだ。加奈子は、「やる前に10万円払ってよ」と告げ、話が違うと黒田さんと口論になった。加奈子は部屋を出るとロビーで待っていた河東を連れて戻ってきた。河東は黒田さんに「このエロじじぃ」と顔を殴った。黒田さんは鼻血を出した。「何するんだ」「うるせい」と河東は、黒田さんをベッドの上に押し倒し、柔道の絞め技を背後から掛けた。締め技は、相手の首の頸動脈を圧迫し脳への血流を阻害する技だ。絞め技を無抵抗の相手にかけると約10秒で落ちる。

 河東は中学の時、柔道の県大会で三位の実力者だった。金銭的に追い詰められていた河東は、金銭で女を買おうとした黒田さんに嫉妬と憎しみから、落ちた後も力を抜かず絞め続けた。「ねぇ、おやじの様子が可笑しいわよ」と加奈子に言われ、河東は黒田さんが完全に落ちているの知った。「大丈夫だ、落ちただけだ。逃げるぞ」と河東は言いながら、黒田さんの財布を探し出し、四万円と時計を奪い取り、その場を去った。

 警察は、ホテル、周辺の防犯ビデを捜査し、強盗殺害の疑いで実行犯・無職の河東礼音容疑者(20歳)を逮捕、恐喝の疑いで秦野裕也容疑者(23歳)逮捕、牧田加奈子は事件の翌日、池田公園の交番に出頭し、逮捕された。

 金髪・牧田加奈子は、個人版トクリュウのように指示役の秦野、実行犯の河東とはほとんど面識がなく、組織とはほぼ遠い関係だった。

 「金欲しさ」に「殺人」を犯してしまったこの事件は、犯人たちの人生に取り返しのつかない強い影を落とすことを彼らは、全く気付いていないことが重大だ。

 確定犯ではないが、確定すれば、実行犯・河東礼音容疑者(20歳)は強盗殺害で、無期か死刑が推察され、死刑を逃れても仮釈のない無期が確定だろう。現場にいた牧田加奈子(19歳)は現場での行為次第で微妙に変わるだろうが、強盗致死罪(刑法40条後段)で二十年から無期、恐喝の疑いで秦野裕也容疑者(23歳)は逮捕されたが指示役が立証されれば共謀共同正犯で強盗殺害で無期か死刑で、これも仮釈がない無期になる可能性はあるだう。

 二十歳前後の若者が無知識から犯した償いは、後悔も考えられない重さとして返ってくる。亡くなった黒田直道さんの無念、残された家族の事を思えば、刑が軽いと感じずにはいられない。昨今、詰まらないコンプライアンスを盾に重い真実が捻じ曲げられ、軽い物に報じられ、若者にその怖さとコスパの悪さを伝えないのが、似たような事件が後を絶たないのが悔やまれる。







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美人局で生涯を塀の中 龍玄 @amuro117ryugen

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