その手を、もう二度と離さない約束

わたふね

第1話【短編・1話完結】

「好きです。付き合ってください。」


ある日、親友だった彼女に、そう告白された。


真っ直ぐな目。震える声。

──あれは、恋の告白だった。


俺は、一瞬言葉に詰まったけど、うなずいた。


「……はい。」


恋愛感情があったかと聞かれたら、正直そのときは分からなかった。

でも、彼女のことが大切だという気持ちは、本物だった。

誰よりも信頼できて、自然体でいられて、なにより──ずっと一緒にいたいと思った。


だから俺たちは、恋人になった。

親友の延長線のような、優しい関係で。


一緒にいる日々は、楽しかった。

笑って、冗談を言い合って、ときどき喧嘩して、すぐに仲直りして。

自然と結婚し、共に暮らすのが当たり前になっていった。


幸せだった。

それはきっと、嘘じゃない。

だけど──それだけじゃ、足りなかったのかもしれない。


ある日、彼女が静かに言った。


「……離婚しよう」


「え……?」


心の奥で、何かが割れたような音がした。


「やっと気づいたの。あのとき君が言った“はい”って返事。

たぶん、あれは“恋人として”じゃなくて、“大事な友だちとして”の気持ちだったんだよね。」


「それでも私は、嬉しかった。君の隣にいられることが、ただそれだけで幸せだったから。」


「でも──もういいんだ。君には、もっとちゃんと“恋”ができる人と、未来を歩んでほしい。

私は……これ以上、君の大切な時間を、私のために使わせたくないの。」


「だから、終わりにしよう。」


「今まで本当にありがとう。私は……とても、幸せだったよ。」


彼女の声は穏やかで、どこまでも優しかった。


俺は気づけば、彼女を強く抱きしめていた。


「……いやだ。なんでだよ。

一緒にいるの、楽しくなかったのか?

もう……俺のこと、好きじゃないのか?」


自分でも驚くほど、取り乱していた。

それが、彼女を失いたくないという気持ちの証明だった。


「何を言っても、絶対に離さない。」


彼女は、少し目を伏せて、微笑んだ。


「……ねえ、君は、私のこと、本当に“好き”だったの?」


その問いは、やさしくて、だけど逃げ場がない。

ずっと心の奥に隠していた気持ちを、そっと引き出されるような感覚だった。


答えようとして、でも言葉が見つからなかった。

ただ、これまでの日々が一気に胸に溢れた。


──楽しかった。

──嬉しかった。

──彼女の笑顔が、俺の毎日を照らしていた。


そうか。

これは、ずっと昔から「好き」だったんだ。


「……好きだよ。」


震える声でようやく出た、そのひとこと。

遅すぎた答えかもしれない。

でも、それは紛れもない本心だった。


「あのときは分からなかった。

でも今は分かる。

君を手放すなんて、もう考えられない。

君の隣にいたい。

今度こそ、恋人として──ちゃんと、愛したい。」


彼女の目に、そっと涙が浮かんだ。


「……ずるいよ。

今さら、そんなこと言って……」


「ごめん。でも、本気だ。

今からでもいい。

君を、恋人として、もう一度好きでいさせてほしい。」


沈黙のあと。

彼女は小さく笑った。


「……じゃあ、今からちゃんと、恋人として付き合い直してみる?」


「……うん。最初から、ちゃんと。」


俺は、その手を取った。

今度こそ、絶対に──離さない。


俺たちは、手を繋いだまま歩き出す。

季節の風が、やさしく背中を押してくれるようだった。


過去のすれ違いも、迷いも、後悔も──

全部引き連れて、それでもこの先を一緒に歩いていく。


この手はもう、二度と離さない。

彼女が隣で笑っていてくれる限り、

何度でも、「好き」を伝え続けるつもりだ。


ようやく追いついた「好き」の気持ちを、今度は大事に、大事に育てながら。


──俺たちの、本当の恋が、いま始まる。

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その手を、もう二度と離さない約束 わたふね @watafune

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