幻獣使いは恋をする

神伊 咲児@『異世界最強の中ボス』書籍化

第1話 いきなりの婚約

「えええええ!? 私が婚約ぅううううう!?」


 驚愕する私の質問に、パパは笑顔で答えた。


「なにも驚くことはない。マルはもう14歳だ」


 ち、違うのよ……。問題はそこじゃなくて……。

 ママはパパに寄り添った。


「そうよ。ママなんか12歳の時にパパと婚約したんだから」

「ふふふ。思い出すなぁ。あの時のリネラは可愛かった。まるで薔薇の蕾のように初々しかったのだ」

「あなたは、今も変わらず凛々しかったわ」

「リネラだって、あの時の可憐なままさ。そればかりか、より一層、魅力が増しているよ」

「まぁ……。あなたったら……」

「リネラ……今日も美しい」

「好き……」


 んもう!


「イチャイチャしないで!」

「なにをそんなに怒っておるのだ? おまえの婚約者はあのゼート君なのだぞ?」


 ゼート・ウォーター・スライネルザ。

 隣国の第三王子。

 彼は私の幼馴染。

 八年間も仲良くしてきた。

 運動神経は抜群で、性格は底なしに優しくて、純粋で……すごくいいやつ。

 見た目だって……。最近、ますます背が伸びてきたし……。

 美しい青髪で、瞳なんかブルーサファイヤみたいに綺麗だし……。

 ハッキリ言ってかっこいいんだけど……。

 それは……。そうなんだけど……。


「パパがマルの嫌がることをすると思うか?」

「う……」

「ゼート君とは昔から仲がいいんだ。なにも問題はないだろう?」

「うう…………………」

「隣国のスライネルザは古来からの友好国だ。おまえとゼート君が結婚をすれば、我が王国の基盤は、より一層強固になるであろう」

「ううう………………」

「ゼート君のこと。好きだろ?」

「えっと……」

「彼だって、おまえのことが大好きなんだ。小さい時からそうだった」


 あうううう……。

 それには事情がありましてぇ……。


「あなた。あまり急ぐこともありませんよ。マルは年頃なのですから、照れているのです」

「おおお! これはデリカシーに欠けたか! すまんマル! パパ、そういうところあるな。反省するよ。もうおまえは立派なレディだからな。わははは!」

「ゼート君はいい子ですからね。彼とマルが結婚すれば、必ず素敵な家族になれますよ。ああ……。想像するだけで幸せになれます」

「ふふふ。ゼート君は思慮深い男だからな。周囲からの人気は抜群。部下からも慕われている。なにより、まだ十四歳だというのに戦闘技術が卓越しておるのだ。彼の使う幻獣の力は我が王国にないものだよ」

「そんな彼が、我が王国に来てくれるのですから、こんないい話はありません。彼ならば立派な後継者になってくれるでしょうね」

「うむ。なにごとも順風満帆だ」

「ええ。とどこおりなく」

「「ふふふ」」

「リネラ……」

「あなた……」


 と、パパとママは再びイチャイチャし始めた。

 二人は仲がいいので油断をするとイチャイチャするんだ。

 ああ、でも、もう怒る気力もない。


「リネラ……今日も美しい」

「あ、あなたそろそろ時間です」

「おっと、もうこんな時間か」


 ママは恭しくも深々と頭を下げた。


「国王陛下。いってらっしゃいませ」


 パパもこれに応えるようにキリリと眉を釣り上げた。


「うむ」


 これは毎日のこと。

 いわゆるオンとオフってやつ?

 この時ばかりは、ママが凛々しい王妃の顔になる。

 私だって、一国の姫君。パパが仕事の時はパパと呼ぶのを禁止されている。

 馴れ馴れしくすると威厳がなくなるんだって。

 だから、私もパパが仕事の時だけは国王陛下と呼ぶことにしているの。

 私生活を知っていると、ちょっと笑っちゃいそうになるんだけどね。


 パパは城のバルコニーに出た。


「深淵よりいでよ。絆の獣」


 これは幻獣を召喚する言葉。

 パパの詠唱で、巨大な炎が出現した。

 それは、城の高さをも超える巨大な翼竜の姿になった。

 パパはその頭に飛び乗る。


「リネラ。マルフィナ。行ってくる」


 ママも私も深々と頭を下げる。

 パパが乗せた翼竜は大きな翼を広げて大空を飛んだ。

 向かう先は民衆が集まる広場。

 パパは国民を扇動して政治を行う。

 これが我が国、ドラゴノール王国の日常だ。

 パパを見送ると、ママはいつものおだやかな顔に戻る。


「マル。午後からはゼート君が挨拶に来ますからね。おもてなし用のドレスを着なさい」

「ええ!? そんな仰々しい」

「当然です。もう、友達付き合いではないのですからね。動きやすいワンピースで迎えるなんて恥をかきますよ」


 ああ……すごい話になってるよ。


  *  *  *

 

 自室。

 私は三人の侍女にドレスを着付けしてもらうことになった。


 ママ譲りの赤茶の髪に似合うシルクの赤いドレスを着る。

 新調したばかりの服なので、本来ならばテンションが爆上がりのはず。いつもなら魔法鏡まほうきょうで何枚も鏡像を撮るんだけどなぁ……。


 侍女たちはそれはもう嬉しそうに瞳をキラキラと輝かせた。

 魔法鏡を構えて、


「マルフィナ様! はいポーズ」


 鏡面を指でタッチするとピロリンと軽快な音が鳴る。


 うーーむ。いつもなら、私も喜んでいるんだがなぁ。

 侍女たちは、私の気持ちがわからないので普段通りにはしゃいでいる。

 いつものように魔法鏡まほうきょうで私のドレス姿を何枚も撮影した。

 鏡の中に映る私の姿を見せて大喜び。


「マルリィナ様。見てくださいよ。ほら! とっても素敵ですよ」

「あ、うん……」


 侍女が、鏡像を指で横にスライドすると、鏡面には次々と私のドレス姿が映し出される。

 魔法鏡は、魔力を加えれば簡単に鏡像が保存できる便利な魔法アイテムだ。

 それは片手で持てるくらいの四角い鏡で、保存した鏡像はいつもで見ることが可能。侍女たちは幻獣を出せるほどの魔力は持っていないけれど、魔法鏡を使えるくらいの極わずかな魔力は所持しているのだ。


「マルフィナ様。どのティアラにいたしましょうか?」

「マルフィナ様。そのドレスには、このネックレスが似合うと思うのですが、どうでしょうか?」

「マルフィナ様。香水なのですが、今日の雰囲気ならば、こちらがいいと思うのですが……ミュゲとピオニーの香水。どちらにいたしましょうか?」


 三人の侍女たちは、ワイワイキャアキャアいいながら私の世話をしてくれる。

 私が「はぁ〜〜」と重いため息をついたところでようやく事態に気がついてくれたようだ。


「あれ? 元気ないですねぇ? オシャレはマルフィナ様が大好きな時間なのに」


 そうなのよ……。

 ドレスを着たり、宝石を選んだりするのはとても大好きな時間なんだ……。

 いつもなら、侍女たちとキャッキャッウフフと楽しんでいる時間。

 この抱えている悩みを打ち明けることができたなら、どれだけ楽になることだろうか。

 まるで、大きな鉛でも背負っているかのごとく、ずっしりと心が沈む……。

 とはいえ、大好きなパパとママにさえしている秘密を、たとえ仲がいい侍女とはいえ打ち明けることはできないわけで……。

 私はただ力なく「ちょっとね……」というのが精一杯だった。


  *  *  *


 午後。

 空は驚くほどの快晴で、それはもう清々しい。

 本来ならば、この空模様に感謝して、私は生きている喜びを実感する。

 暖かい日差しと、爽やかな風。草木の青さに目を奪われて……ああ、生きてるって素晴らしい。そんなことを思いながらスキップする。私はそんな女の子。

 木登りかけっ子が大好き。好奇心が旺盛で、詩集を読むのだって好き。

 こんな日は、侍女たちに内緒で木の上に登って読書に耽るなんてのも最高よね。

 なのに……ああ。

 私の気持ちを推しはかるならば、土砂降りであって欲しいと心から願うよ。

 すべてをぶち壊すような、大雨であって欲しい。悲劇を一層引き立てるような。

 なんなら曇り空で、雷がピカピカ鳴っていたっていいだろう。


 だって、私は、この婚約が破談すればいい、と心から願っているのだから。


 今はそんな気持ちなのだ。

 だから、この快晴は、私にとっては忌まわしい。

 ああ、神様、恨むよ。どうしてこんなに素敵な天気なのよぉ。


 彼は従者を引き連れて、白馬に乗って来場した。

 式典用の軍服は初めて見る。なんとも凛々しい姿だ。いつもながら、青い髪と碧い瞳が美しい。それに少し見ないうちにまた背が伸びているかもしれない。ピンと立った背筋で、テキパキと従者に指示を出す。馬車の荷台には魔法石などのレアアイテムが積まれていた。きっと、挨拶用の品なのだろう。今まで、うちに遊びに来た時は、あんなことしなかったのに。

 彼は十四歳になっている。もう大人なんだなぁ……。

 ゼートはママに恭しく頭を下げた。


「リネラ王妃、お久しぶりでございます。この度の婚約に際しまして、心より感謝申し上げます」

「まあ、ゼート王子! お変わりなくお元気そうで安心しました。嬉しいお言葉をありがとうございます。私こそ、あなたが娘の伴侶となることを心から喜んでおります。これからもどうぞ、娘をよろしくお願いいたします」

 

 ママもよそ行きの言葉で返す。

 すると二人はその仰々しい態度にプフッ! と吹き出して笑った。


「リネラおばさん、本当に久しぶりです」

「ええ。本当にね。ちょっと見ない内に大きくなったわね。ゼート君」


 これが普段の会話なのだ。

 従者の前ではちょっとだけ建前を通す。

 ゼートは以前と変わらない無邪気な笑顔を見せていた。

 ママはそんなゼートに大喜び。

 私は一言も喋らずに、ただそばにいるだけ。

 彼は、そんな私にいつものように声をかけてくれた。


「よっ!」


 ああ、なにも変わってないな。

 以前と変わらない、気のいい挨拶。

 凛々しくて素敵で……自慢の幼馴染。


 私が男の子……。


 

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