第16章『嘘つきの神』



 僕は今日も、何度も犯される。何度も貫かれ、何度も叫ばされ、泣かされる。


 けれどそれは、もう“強制”ではなかった。


 僕は従っていた——いや、“従っているふり”をしていた。


 「気持ちいいかい、リク……? ほら、もっと、僕だけのものになって」


 暁人の声が耳元に流れ込んでくる。彼の舌が首筋を舐め、胸元を噛む。僕はそれに快楽の喘ぎを重ねながら、心の奥で別の感情を育てていた。


 (どうして……この人は、こんなに必死なんだろう)


 僕はもはや、彼を“神”だとは思っていなかった。


 むしろ、誰よりも哀れな人間——いや、“狂った神のふりをした子供”にしか見えなかった。


 「暁人……もっとして……君がいないと、僕、生きていけない……」


 甘える声に、暁人は微笑む。けれど、その目の奥には確かな焦りがあった。


 (僕が演技していること、もしかして薄々気づいてる?)


 もし気づいているなら、僕を試してくるだろう。もっと強く、もっと過激に。もっと壊してくる。


 だから、僕は今——先に仕掛けることを選んだ。


 「ねえ、暁人。……ノアのときも、こうやって犯したの?」


 その言葉に、彼の動きが止まった。


 ゆっくりと、視線だけが僕を見下ろす。その目は、怒りと混乱と、そして——ほんのわずかな“怯え”を含んでいた。


 


 「……ノアの話は、するな」


 暁人の声が低く落ちる。そのまま、僕の顎を掴んで強引に顔を上げさせた。瞳が、獣のように細められている。


 「……君は、僕のものだ。ノアとは違う。……君は、僕を裏切らない。そうだよね、リク?」


 彼は問いかけるのではなく、念じるように言った。


 僕は答えず、ただ——微笑んだ。


 その瞬間、暁人の指が震えた。


 「リク……?」


 「ねえ、暁人。僕ね、嬉しいんだ。こんなに壊されても、君がちゃんと“僕だけ”を見てるって思えるから」


 「……本気で言ってる?」


 「うん。君がくれる痛みも、快楽も、全部、僕のためなんだって思うと……ふふ、ねえ、ほら……」


 僕は自分の太腿を開き、指で傷跡のひとつをなぞって見せた。


 「ここ、君が初めて爪を立てたところだよ。覚えてる?」


 「……ああ……覚えてるとも」


 暁人がしゃくりあげるように呟く。動揺が混じったその声に、僕の心は静かに高鳴った。


 (崩れてきてる……もっとだ)


 彼の両手が僕の肩を掴み、次の瞬間、再び僕の中へと乱暴に突き刺さる。


 「リク……君は僕のものだ……君は、僕を離さない……絶対に、絶対に……!」


 腰の打ちつけが激しさを増し、ベッドが軋み、僕の喉から熱っぽい声が漏れる。


 けれど——僕はその最中で、笑っていた。


 「……ねえ、暁人。そんなに必死に、僕を抱え込んで……君の方こそ、壊れそうだね?」


 彼の動きが、一瞬止まった。


 その刹那、僕は確信した。


 支配者が、ついに“揺らぎ”始めた。

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