第25話 悪夢
4人は昼食を食べ終わると、ストンリッツへ向けて馬車で出発した。
「おじさん、改めてお礼を言わせてね。馬車に乗せてくれてありがとう。ファディック村からストンリッツへの乗り合い馬車が運行されていなくって歩きっぱなしだったから本当に嬉しいわ」
ノルが感謝を述べるとおじさんはキョロキョロと辺りを見渡し、声をひそめて言った。
「乗り合い馬車が運行停止の理由って、採算の取れない路線を廃止にしているからだって言われてるだろ? だけどそれは建前で本当は領主同士の仲が悪くて嫌がらせ合戦になっているってもっぱらの噂だよ」
「えーっ! そんなくだらないいざこざのせいで私たちは歩いていたの?」
ぷりぷりするノルの横でおじさんは人差し指を口に当てて「シーッ、誰に聞かれているかわからないからね」と言う。
「真っ当な貴族には申し訳ないが、本当ここら辺の貴族は馬鹿ばっかりだな」
そう苦虫を噛み潰したように独り言を呟いたサミューへ、おじさんは再び「シーッ」と言う。チラはそれが面白かったのか、しばらく「シーッ」と真似して遊んでいた。
♢♦︎♢
暗くなってきたためノルのランタンに蝋燭の火を入れ、馬車の金具に掛けた。そのランタンの効果を知るとおじさんは感激した。
「こんな道具があるとは知らなかったよ。ありがたい道具だね、魔物に襲われると積荷がダメになる可能性が高いから」
おじさんの話にノルは深く頷く。
「ええ、スカベル村からファディック村まで近所のおじちゃんの馬車で連れて行ってもらう途中で私たちも襲われたわ。結果その人の馬車と積荷はダメになってしまったの……。まあ、誰も怪我しなかったから良かったけどね」
ノルはちらりとサミューを見た。バツが悪そうな顔でサミューが話を続ける。
「あのときは日中に襲撃を受けたからとても驚いたな。あのランタンは夜にしか効果を発揮できないから大変だった」
サミューの言葉におじさんは仰天した。
「ええ?! 日中に出たのかい? 僕はてっきり魔物は夜にしか出ないと思っていたよ」
「ええ、俺も何度か魔物に遭遇した事はありましたが、日中は初めてだったもので……」
おじさんは少し青ざめた顔をしているようだった。それから馬車でしばらく走ると、小さな湖のある場所を見つけたので、ここで夕食休憩をとる事にした。
「君たちの持っているランタンのおかげで、ネロリもきっと安心して走れるよ」
そう言うおじさんにサミューは申し出る。
「以前馬車を操った経験があります。馬──ネロリの休憩毎に御者を交代するのはどうでしょう?」
「おっ、いいのかい? その方がストンリッツへ早く着けるしありがたいよ」
夕食を食べ終わると、サミューとおじさんは馬車の前で相談を始めた。
「サミューさんって何でもできるし、何でも知っていてすごいよね」
ノルが言うとチラは頷く。
「ねー、ボクの理想のお兄ちゃん像なんだ」
チラの言葉を聞いてノルはもしも、サミューがお兄ちゃんだったらと考えた。いつもぶっきらぼうだけど言葉の端々に優しさを感じる。面倒見が良く自分たちをよく気遣ってくれていることも感じた。何でもそつなくこなし、できない事は無いのかもしれない。
「本当だわ、サミューさんって理想のお兄ちゃんね」
2人でそんな事を話していると、おじさんが来て声を掛けた。
「おーい、そろそろ出発するよ」
2人は「はーい」と返事をし、荷物を持つと馬車へ乗り込んだ。その横で準備をするサミューの顔が心なしか赤くなっている。サミューが御者席に乗り込むと馬車は再びストンリッツへ向けて走り始めた。雪道をランタンが照らしているため道中は意外に明るい。ノルの隣でおじさんが説明した。
「まずはサミューさんが御者をしてその後で僕に交代する予定だから、ノルちゃんとチラくんは寝ていていいからね。サミューさん、よろしくお願いします」
「ええ、ゆっくり休んでください」
ガタガタと馬車に揺られているうちに、ノルはウトウトし始めた。
馬車は静かな夜道を走り続ける。馬車の出す音が雪に吸収されたように静かだった。途中何回か道の窪みに車輪が取られ、馬車が大きく揺れノルは目を覚ましたが、すぐにまた眠りに落ちていった。そしてネロリが2回休憩を取った後に、御者をおじさんに交代した。
♢♦︎♢
この頃サミューは悪夢を見る事が多い。しかも毎回同じ夢を見るのだ。いや、昨晩はその夢を見なくて済んだ。だが昨晩は見ずに済んだとはいえ、サミューの脳裏にはすでに夢の中の光景が焼き付いて、忘れられないものになっていた。
そして馬車の御者を交代して眠りについたサミューは、今日もまた同じ夢を見た。冷え冷えとしたカゴの中に囚われた姉が泣いてる夢だ。
サミューは物心ついたときから姉と2人暮らしだった。生まれつき体の弱い姉だが、その代わりに性格は打たれ強く、陽気で負けん気が強い。サミューは幼い自分を病弱な体で一生懸命に育ててくれた優しい姉を尊敬しているし、とても大切に思っている。
どんなときにも涙を見せることの無い姉が夢の中で泣いてるのだ。静かに涙を流す姉を慰める言葉を掛けたくても、声が出ない。震える姉を抱きしめ温めたくても、自分がその場から動くことができない。大切な姉が苦しむ姿を見ても、身体の自由が効かないサミューは何もすることができなかった。
無力なサミューを嘲笑うかのように姉を捕えるカゴは、冷たく堅牢に姉と自身の間に立ち塞がっている。そんな自分を姉はガタガタと震えながら軽蔑するように、涙で濡れた目でただ見つめていた。
姉がそんなふうに自分を見る人では無いと頭では分かっている。だが心の中では、姉に自分は何もできないお荷物だと嫌われているかもしれないと考える事が怖かった。
不安、恐怖、無力感、焦燥感、罪悪感──。
そんな感情が一体となってチクチクとサミューの心を刺し続ける。そして姉が向ける軽蔑の視線を脳裏にジリジリと少しづつ、少しづつ、だが確実に焼き付けていった。
最近ではサミューが感じていた焦燥感は、うっすらと絶望感に変わりつつあった。今も姉に軽蔑の視線を向けられ、ヒリヒリと絶望混じりの焦燥感を感じている。
そのとき突然サミューは激しく揺すられ目を覚ました。ハッと目を開けると、とても心配そうに覗き込むノルとチラが見えた。おじさんも御者席から心配気にこちらを見ている。
「サミューさん、一昨日もうなされていたけど大丈夫?」
「サミュー、おでこに汗かいてるよ」
ノルがハンカチでサミューの汗を拭おうとする。
「気にしないでくれ、大丈夫だ」
サミューは額に浮いた汗をパッと自分で拭った。汗で前髪が額にペッタリとくっ付いている。それからサミューは眠る事なく朝を迎えた。
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