揺れ動く心

戦いが始まるや否や、剣士が飛び出した。片手に剣を構え、感情を感じさせない正確な動きで突き進んでくる。鋭い斬撃を紅蓮は軽やかにかわし、手のひらに冷気を集めて反撃の態勢に入る。


その瞬間、スマホの画面に警告が走った。


―――――――

【スキル使用不可】

焔氷牢

必要レベル: Lv.3

現在レベル: Lv.1

―――――――


「そんな……! スキルってレベルがないと使えないの……?」


紅蓮は代わりに氷の鎖を生み出し、それを剣士の足に巻き付けた。剣士は一時的に動きを封じられたが、すぐに剣で氷を砕いて復活する。同時に魔法少女が腰に着けていたステッキを紅蓮の方に向け、抑揚のない声で呪文を唱える。


「ラブリーストライク」


それは、この魔法少女の得意技だった。

ステッキの先端に小さなハートが集まり、それが大きなハートを作り出す。よく妹と一緒に見てた技そのものだったけど、その時のハートは可愛らしいピンク色だった記憶がある。

でも今放たれたハートにはその面影がなく、まるで心が枯れ果てたかのように色がくすんでいた。


紅蓮がそれに対抗しようとするが、またスマホ画面に"スキル使用不可"という文字が表示された。


―――――――

【スキル使用不可】

氷焔蓮鎖

必要レベル: Lv.4

現在レベル: Lv.1

―――――――


「クソっ。この技も使えぬのか……!」


復活した剣士が再び襲いかかり、その背後から魔法少女が援護する。息の合った、ほころび一つない連携だ。


紅蓮は荒く息を吐き、二人の猛攻を紙一重でかわしていく。斬撃が頬をかすめ、熱い血が一筋伝った。二対一――しかも使えるのは基本技だけ。


「これでは決め手がない……!」


それでも、相手を傷つけるわけにはいかない。刃を逸らし、攻撃を受け流し、わずかな無効化の隙を探る。だが、ためらうたびに押し込まれていく。

想像以上に苛烈で、形勢は刻一刻と崩れていった。


そんなとき――待ち焦がれた情報がついにスマホの画面に表示される。


―――――――

○洗脳解除チャンス発見!

対象: 敵性契約者(女性)

条件: 強い感情ショックを与える

成功率: 65%

―――――――


「きた……!」


「紅蓮! あの子に強い感情ショックを与えることが洗脳解除の条件みたい!」

「感情的、ショック……」


「その者にとって大切なものを思い出させるしかないな……何か手がかりはないか?」


私は必死に彼女の様子を観察しながら、頭の中で考えを巡らせる。


その時、紅蓮の放った氷の矢を剣士が大きく避けた拍子に、女の子の方へ飛んでいく。彼女は慌てて身を引いたが、バランスを崩してよろめいた瞬間、首元からキラッと光るものが見えた。


「あれ、もしかして……ペンダント?」


―――――――

○感情的記憶の手がかり検出

対象: ロケットペンダント

推定内容: 家族写真の可能性 87%

―――――――


「あのペンダントを狙って!」


紅蓮が素早く氷の矢を放った。狙いは正確で、ペンダントのチェーンだけを断ち切る。ペンダントが地面に落ち、その拍子にパカッと開いた。


中から小さな写真が滑り出る。


「あ、あれ……?」


女の子が突然動きを止めた。機械的だった表情に少しだけ人間らしさが戻り、困惑した表情へと変わる。


「これ……私の、妹の……写真?」


彼女の瞳に少しずつ光が戻り始めた。

スマホの画面が更新される。


―――――――

○洗脳解除 進行中: 35%

対象の記憶が部分的に回復

継続して感情へ刺激を与えて下さい

―――――――


写真を見つめる彼女の手が、わずかに震えている。その震えは、何より迷いの証に見えた。

――今なら届く。そう直感した。


「……貴女は、なんでこんなことしてるの!」

「それ、は……この退屈な世界を……変える、ためで」


「ほんとに!? そんな理由で、大切な人を傷つけることになってもいいの!?」


「だって、管理者、様……は、きっと、正しいことを、してて……」


言葉とは裏腹に、彼女の瞳からぽろぽろと涙が溢れ落ちた。両手で頭を押さえ、今にも崩れ落ちそうな表情を浮かべている。

その涙に呼応するように、魔法少女の瞳にも微かな光が宿りはじめた。


「なら、何で泣いてるの……!」

「わ、私は……」


「惑わされないで下さい。私たちの目的は、管理者様によるこの世界の救済ですよ」


「この世界の、救済……」


確かに宿りかけていた光が、再び闇に呑み込まれていく。直後、スマホ画面に赤い警告が走った。


―――――――

○洗脳解除 進行中:25%


【警告】

洗脳解除の進行に遅延が発生。

対象の感情反応が不十分です。安定化を図って下さい。

―――――――


どうすれば……!

焦りに駆られながら周囲を見渡すと、彼女のパートナー――魔法少女と目が合った。その瞳には、確かな光が宿っている。彼女はそっと唇に指を当て、「しーっ」と静かに合図した。


「違うよ……あいなちゃんは、妹を、助けたかったんだよね……」

「え……?」


女の子が小さく呟いた。


―――――――

洗脳解除 進行中: 30%


【状態良好】

洗脳解除進行が上昇中。対象の感情反応が安定してきています。

このまま継続して感情刺激を与えて下さい。

―――――――


魔法少女が怪我をしている部分を手で押さえながら、彼女にそっと寄り添い、慈しむような眼差しを向けた。


「ピュア、ハート……?」


まるで信じられないものを見たかのように、彼女は目を見開き、言葉を失った。


「今まで……助けられなくて、ごめんね」

「……な、なんで」


―――――――

洗脳解除 進行中: 56%

対象の記憶が部分的に回復

継続して感情刺激を与えて下さい

―――――――


「ずっとひとりで、頑張ってたんだよね……」


ピュアハートは痛みを押し隠しながら微笑み、彼女の手を優しく握る。その温もりを伝えるように、そっと彼女を抱き寄せた。


しかし――触れた途端、彼女の体が一瞬凍りついた。心の奥底で、何かがまだ抵抗を続けているようだった。


「あいなちゃん……思い出して」


ピュアハートの笑顔に切なさが滲み、ほんの少し眉をひそめる。まだ戻りきらない心を案じるその瞳には深い悲しみと共に、諦めきれない希望が揺れているようだった。


「何をやってるのですか? 貴女の目的は、この世界の救済のはずです」


少し離れた位置でその様子を見ていた男性は、虚ろな瞳を細めるようにわずかに細めた。感情の欠片も感じられず、ただ無機質に冷徹さ威圧だけが辺りを支配する。


「……只でさえ時間が押しているというのに。足手まといになるくらいでしたら、貴女にも今ここで消えてもらいます」


彼の声は感情のない機械のように淡々としていた。

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オラクル・コントラクター ~推しと一緒に世界を護ります~ 松川 瑠音 @matukawaruto

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