日常が非日常に侵食される

がさごそと、何かを探すような音が聞こえた。


「……うるさいなぁ。静かにしてよ。こっちはまだ寝てるんだから……」


私は肩までかかっていた毛布を頭まで引き上げ、手で耳を塞いだ。こうすれば少しは雑音が遮られて、眠りに戻れる――はずだった。


ようやく静寂が戻り、再び眠気に身を委ねようとした、そのとき。


ピタリ、と音が止まった。


「……?」


不思議に思った次の瞬間。

今度は、テレビの音が爆音で部屋中に響き渡っま。


「うるさいってば!!」


あまりの音量に眠気は一気に吹き飛んだ。

思わず跳ね起きて、誰が眠りを妨げるのかと苛立ち混じりに辺りを見回した。


「起きたか」


静かに、けれどどこか偉そうな声が響く。


その声の主。

テレビの前に座っていたのは、昨日スマホから現れた――紅蓮だった。


「……ゆ、夢じゃ、ない……!?」


昨日はあまりの衝撃で頭が真っ白になっていたけれど、こうして朝を迎えても彼はそこにいて――ようやくこれが現実だと理解しはじめた。


「貴様が我を喚んだのだろう」

「いやだから! 私はガチャを回しただけって言ってんじゃん!!」


紅蓮はまるで当然かのように座布団の上に座り、片手にはテレビのリモコンを持っていた。

しかも、この短時間で操作方法を覚えたのかコロコロとチャンネルを変え、音量の調節までしている。


「なるほど。これが罪人が口にしていた"てれび"……なる物か。まるで動く紙芝居のようだな。実に興味深い」


リモコンを弄りながら、顎に手を添えて感想を漏らす。


「しかし、どれもこれも似たような内容ばかりなのだな。このてれびというものは」

「え?そんなはずは……」


驚きながらもテレビに目を向けると、そこには世界各地で突如現れた謎の巨大建造物の映像が写し出されていた。


『本日未明、東京湾沖に正体不明の巨大な構造物が出現しました。現在、専門家たちが調査を進めていますが、詳細は不明です』


『同様の建造物がアメリカやフランスなど複数の国で確認されており、各国政府は警戒を強めています』


どのチャンネルも、専門用語や難しい解説が続くだけで、いったい何が起きているのかさっぱり理解できなかった。


「な、何これ!? 本当に謎だらけ……」


紅蓮からリモコンを受け取り、私は次々とチャンネルを切り替えたが、どの局も同じような映像と不安げな声ばかりだった。


「う、うそでしょ……!? 昨日までは普通だったのに……!」


あまりの事態に私は唖然としてしまった。ほんの数時間寝ただけで、世界がまるで別の場所のように変わってしまっている。


「しっかりしろ。こんなことで動揺するとは、地獄でやっていけんぞ」

「いや、地獄に行く予定ないから!!」


「……ちょっと待って。本当に理解出来ないんだけど……。これ、本当に夢じゃ、ないんだよね?」

「現実だ」


紅蓮は、当然のようにそう言い切った。

私は思わず頭を抱え、ぐらりと身体を揺らす。


「……わかった。一旦これまでの事を整理しよう」


昨日、私は長年待ち望んでた推しを引くため、仕事から帰ってすぐに【Abyssalia《アビサリア》】を開いた。

ここまでは、特に変わったことなんてなかった、はず。

でも、その後のガチャで紅蓮が現れて――


「……あれ? そういえば、"契約完了"って表示されてたような……?」


【Abys《アビス》】を開き直してみる。

一度アプリを閉じたせいで表示が消えているかもとは思いつつ、ガチャ画面まで戻ってみた。


しかし予想通り、"契約完了"の文字は見当たらなかった。引いた時の画面にも戻れず、履歴にも記録は残っていない。

その事実に胸がざわついた。


「もしかしたら、見間違いだったのかもしれない――」


そのとき、画面右上に見慣れない新しいアイコンが表示されていることに気づいた。

目のようなマーク。その下には、点滅する【ORACLE LINK】という文字。


恐る恐るそのアイコンをタップすると、画面が一瞬暗転し、次に現れたのは見慣れないマップ画面だった。


それはまるでダンジョンの見取り図のような、複雑な構造で――

画面上部にはこう表示されていた。


【東京沖湾オラクル 第1層】


「う、うそ……!?」


さらに画面下部には、別の文字列が現れる。


【契約者として、オラクル探索の権限が付与されました】

【パートナーと共に、真実を解き明かして下さい】


「パートナーって……まさか」


私はゆっくり振り返る。

そこには確信に満ちた眼差しでこちらを見詰める紅蓮の姿があった。


「どうやら、運命が動き出したようだな」


その言葉と同時に玄関チャイムが、けたたましく鳴り響く。

まるで、この新しい現実が私を待つつもりはない――とでも告げているように。

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