Ⅵ-Ⅱ 宮守四季
*四月三〇日 火曜日 ホテル
目を開けば、学生寮とは違う天井が現れる。
昨日は目に入らなかったけれど、天井全体に華やかな花の模様が描かれていることに気が付いた。
朝の光が部屋全体を包み込んでいて、とても眩しい。
最期の日だというのに、まるで祝福の朝のような天気に、つい口元が笑ってしまった。
どうやら悪夢を見ることなく朝を迎えることができたようだ。
ゆっくりと身体を起こすと、僅かに気だるさが残っていたけれど、頭はスッキリとしている。
「おはようございます」
「ああ」
先輩は身支度を整え終わっていて、部屋の手前にある革製の大きなソファで携帯電話を見ていた。
ローテーブルの上には、空っぽのお皿が積み重ねられていて、すでに食事を終えた形跡が残っている。
「今、何時でしょうか……?」
「八時前だ。まだ時間はある」
「そうですか……」
僕はベッドから這い出て、ボタンの開いたガウンを羽織ったまま洗面台へ移動した。
軽くシャワーを浴び、ドライヤーで髪の毛を乾かす。
鏡に写った顔は、血色が良かった。
昨日の洋服をそのまま着込み、部屋に戻る。
お風呂場に干しておいたせいか、洗ってないにも関わらず、石鹸のいい匂いがした。
先輩はまださっきと同じ体勢で携帯電話を見ていた。
僕は先輩の隣に腰を下ろす。
柔らかなソファが思った以上に沈み込んだ。
「なんだか不思議な気持ちです」
「何が」
「えっと……色々と」
僕は誤魔化すように、先輩の肩に寄りかかった。
二人の間に流れる空気が、心地良かった。
「……先輩もご存じかと思いますが、僕とおじいちゃんは血が繋がっていないです」
「どうした、今更そんな話」
少し掠れた声で、先輩が答える。
「すみません……。でも、先輩に話しておきたいんです。僕の記憶は読まれてしまいますから……おじいちゃんとの思い出を、
アイさんに嘘を言ったわけではないけれど……それでも意図的に隠した部分はいくつかある。
それは……僕とおじいちゃんの大切な思い出だから。
でも、先輩には……全てを話しておきたいんだ。
……僕が、伝えることができなくなる前に。
「…………」
「全ては、あの大戦から始まりました。あの戦争では
「…………」
「おじいちゃんには幼馴染の女性がいました。その幼馴染とはとても仲が良かったのですが、その人は別の人と結婚したそうです。そして戦時中は戦争へ行った旦那さんの子供を身籠っていたそうです。しかし、その旦那さんは戦争初期に亡くなってしまったらしいです。家が隣同士という縁もあり、戦争中はお互い支えあって生活をしていたと言っていました」
幼馴染の話をするおじいちゃんの目が、とても優しかったことを覚えている。
おじいちゃんにとって、とても大切な思い出だったのだろう。
「数年が経ち、世界中を巻き込んだ戦争も終盤に近付きました。ある日、おじいちゃんの元へ一人の
「魔法を……? でも、じーさんの魔法は……」
「おじいちゃんの魔法は『自らにかけられた魔法の自動反射』です。どんな魔法であっても、おじいちゃんが意識しなくても勝手に反射してしまいます。でも反射した魔法は消えません」
「……それじゃあ」
「その魔法は、すぐ近くに立っていた幼馴染に当たってしまいました。その魔法使いの魔法は『即死魔法』です。詳しい発動条件は分かりませんが……髪の毛一本でもあれば、その相手を即時呪い殺すことができる強力なもののようです」
「…………」
「その魔法を受けた幼馴染は、彼の魔法通りに即死してしまった。しかし、お腹の子は生きていました。それが僕の祖母です。責任を感じたおじいちゃんは、身寄りのない祖母を育ててくれました。産まれてからほとんど病気をすることなく元気に生活していた祖母でしたが、僕の母を出産としたのと同時に祖母は命を落としました。おじいちゃんはとても落ち込んだそうですが、出産は命懸けですから、そういうこともあると割り切り、祖母の子供である僕の母を育てました。そして年月が経ち、今度は僕の母が僕を産みました。しかしその時も祖母の時と同じように、出産と同時に命を落とした。その時になってようやく気付いたんです。『即死魔法』が歪な形で受け継がれていることに」
「その魔法使いが死んでも、魔法が解けなかったってことか」
「そのようです。魔法を使用した本人が死んだ時、魔法がどうなってしまうのか……それは未だ分かっていないそうです。本人と同時に消えてしまう場合もあるし、延々と残ってその場に留まり続けることもある。今回は後者だったようです」
「…………」
「僕は祖母や母と違い、幼い頃から病気がちで、いつも病院のベッドにいました。どうして母達と違ってこんなにも弱いのか……それは僕の性別に関係あるのかもしれないと、おじいちゃんに言われました。一般的に女性の方が、魔法に対する抵対抗値が高いそうです」
「…………」
「祖母と母は、子供を産むことで力尽き、亡くなってしまいました。でも僕は、たぶん一六歳の誕生日まで生きられないだろうと言われていました」
「その予言をしたのは……」
「絵の作者である、レオンハルト・ミューラーです。彼は古今東西ありとあらゆる魔法研究の第一人者のようです。先輩が隣にいらっしゃった時に、昨日ジローさんも話していましたよね。彼は自身で描いた絵画によって、世界を壊す魔法を発動しようとしている、と。
「…………」
「話は以上です。昨日、アイさんに話したこととほとんど同じですが……補足情報も入っています。たぶん
僕は部屋の時計を見上げ、そして立ち上がった。
時刻は八時五五分。
そろそろここを出て、
「もしも、あの大戦の時……おじいちゃんだけでなく他の人達も生き残っていたら……先輩とは会えなかったんですね」
「痣ガチャの話か」
「それは……とても言い得て妙です」
思わずパチパチと拍手をする。
「
「…………」
「……先輩?」
突然黙り込んでしまった先輩を見上げる。
「どんなに凄いと呼ばれる魔法を持っていたとしても、オマエ一人守れないこんな力、持っていたって仕方ねえんだよ……」
「先輩の魔法の話ですか?」
「……ああ。オレの魔法は超能力みたいなもんだ。一種の
「それは、コントロールが難しそうです」
「だから爺さんに白羽の矢が立ったんだよ」
先輩はそう言ってぎこちなく笑った。
先輩の中でおじいちゃんとの思い出は、僕と同じでとても大切なものなんだ。
僕は先輩の髪についたヘアゴムにそっと触れた。
「嬉しかったです。大切にしてくれたこと」
身体中から溢れる喜びに、僕はそっと先輩に抱き着いた。
一瞬先輩の身体が強張ったのが分かったが、深く息を吸うと強い力で抱きしめ返してくれる。
それは、僕達があの時一緒にいた証。
たった一日だったけれど、その一日が確かに存在した証明なのだ。
この前感じた違和感の正体。
一つだけ変わらないもの……。
けれども、あの時の記憶は確かに僕の中にあって……。
大切な思い出として生き続けている。
*
ホテルの外へ出ると、道に一台の白い大型のセダンが停車していた。
アルファベットの『B』に、翼が生えたようなエンブレムが付いている。
「あれか……」
レイ先輩は迷うことなくその車に近付いていく。
そのタイミングで、車の運転席から運転手らしき五〇代位の人が降りてきて、僕達に向かって軽く頭を下げた。
その人は真っ黒なスーツに身を包んでいて、サングラスを着用していた。
たぶん、初めて見る人だ。
その人は車の後部座席のドアを丁寧な所作で開けてくれた。
「行くぞ」
先輩は早速車に乗り込もうとして、動きを止める。
「Ciao! アンタ達、凄いところから出てきたわね」
「イリーナさん!」
「狭い……。これ、客運ぶ為の車じゃねえだろ……おい、四季。テメエが先に乗れ」
「え、はい……」
足を入れかけた先輩が、再び車から出てくる。
僕は先輩と交代する形で先に車の中へ入り、僕を挟んで右にイリーナさん、左に先輩が座る形になった。
後部座席の真ん中のシートは固かった。
それを知っていてか、先輩は自身の方へ僕の身体を寄せてくれた。
「あらあら」
それを見てイリーナさんが口元に手を当てたところで車がエンジン音を立てて発車する。
どうやら運転手さんは無口の方のようだ。
昨日の様子から、てっきりジローさんが迎えに来てくれると思っていたのだけれど……違ったみたいだ。
それが少し残念に思う。
「あの、どうしてイリーナさんが……」
僕は隣に座っているイリーナさんを見る。
僅かに胸の谷間が見えるティーシャツに、ショートパンツという彼女らしい、ラフな服装をしていた。
膝の上には旅行用の大きなショルダーバッグが置いてある。
「ふふ。アタシも本部に呼ばれてるの。ドッグタグのチェーン切れちゃったんでしょ? どうしてあんなものを作ったか訊きたいんだって。アレはアタシの特製だからね。つまり、これから怒られに行くの」
イリーナさんは何故か嬉しそうに笑う。
「アレはテメエが作ったのか……」
「半分正解。正しくは、オリバーから渡されたドッグタグに、魔法を付加させたのよ。オリバーから頼まれたの。孫を守るための『楯』を作って欲しいって」
「……こんな場所で話してていいのか? あの『千里眼』に盗聴されてるかもしれないぞ」
「別に、聞かれて困る話なんかしないし。そもそもそれがバレたから呼び出されてるんだし。それに……そんなこともあろうかと、色々持ってきたから平気。昨日、やっとシュースケから戻ってきたのよ。お気に入りの
そう言ってイリーナさんは、膝の上に乗せてある大きなバッグを叩いた。
どうやらこの大荷物の中には、
「あのドッグタグにはね、絵の魔法がかかっていることを千里眼から逃れられる不可視の効果と……他人から愛される効果が付随されているわ。愛されるって言っても、惚れ薬みたいなヤツじゃなくて、信頼されるって表現が正しいわね。まあ稀に勘違いするヤツがいるかもだけど、男の子だし平気だったでしょ。強力な力を持つ魔法使いになればなるほど効果は薄いけど、一般人ならすぐに仲良くなっちゃうわ。幸せな学校生活が送れるために、アタシからの餞別」
イリーナさんは両手でハートマークを作った。
「みんなとすぐに仲良くなることができたのは……このドッグタグのおかげだったんですね」
「もちろんそれもあるけど、一番は貴方の人柄よ。貴方、守ってあげたくなるような独特なオーラが出てるんだもの。ね、レイメイ?」
「オレに振んな」
レイ先輩はイリーナさんを不満げな目で見つめる。
「はいはい。あの『千里眼』が来日してるって言ってたから、いずれはバレるとは思っていたけれど……思っていたよりもちょっとだけ早かったわね」
「アイツ、殺しとくか……」
「人のプライベートも平気で覗いてくるヤツだから、賛成」
なんだか会話の方向が物騒になってきた気がする。
「でも、それはまた今度。今はオリバーのお孫さんを守るのが先よ。それで、レイメイ、一つ訊きたいことがあるんだけど」
「んだよ」
「私はもう
「めちゃくちゃ私情混ざってんな」
「あんたは、現役の
「罰って、魔法封印されるだけだろ? んなの大したことじゃ……」
「いいえ、魔法を封印されただけじゃないわ。シュースケは、日常を奪われてる」
「日常?」
「作り上げてきたもの全てが無かったことにされたのよ。周りの人間の記憶を消されたの。学校とか友達とか……全部アイツから切り離された。大切な友達も、今は記憶を消されて人質に取られてるしね。弱みがあると、利用されるわ」
「…………」
レイ先輩は何かを考えるように口を閉じる。
「……別に、どうでもいい」
「あら」
「コイツを守れるなら、他に何もいらない」
「……愚問だったみたいね」
イリーナさんは呆れたように笑うと、二つに結ったくるくるの髪を手で遊んだ。
「魔女、オマエだって
「できないこともないと思うけど……簡単に言うと、
「アレはテメエが造ったんじゃねーのか?」
「元はアタシ。でも、
「アイツか……」
「あら、面識はあるの?」
「ない。噂と報告書で知っている位だ。序列第四位なんだから、さぞかし立派な魔法使いなんだろうな」
「うーん……あの子は、普通の魔法使いとはちょっと勝手が違うんだけどね。ヨハン・ベザレルが造った、優秀なお人形さんよ」
「造った……?」
「そ。えっと、ゴーレムの……うん。まあ、今回の件に関係ないから、その話はまた今度にしましょうか」
イリーナさんは話を切り替えるように、両手をパンと叩いた。
造ったっていうのは、一体どういう意味なんだろう……。
「……詳しいんだな、人形のことも
先輩は疑惑の目をイリーナさんへ向ける。
「あら? アタシのこと何か疑ってる感じ?」
「オマエ、元
「まあ、それはそうね。というか、だからこそなんだけど」
「は?」
「レイメイさ、去年の一二月の事件、覚えてる?」
「クリスマスのループのヤツか?」
「そう。そのループって数百回起こったらしいの」
「らしいな。報告書に書いてあった」
「でね、そのループの中で
「実験?」
「一週間で世界がリセットされる。つまり何の対処もしていない者達の記憶は全てリセットされるのよ」
「ああ……。そんなことも書いてあったな」
「だからレイメイ、あんたもあのループの世界でされたことを覚えていないでしょ?」
「……されたこと?」
「極端な話、あの世界で殺されても、次の世界では生き返った。つまりあの世界では、それをどうやったら終わらせることができるのかを知っている
「……オレも、オレが覚えていないうちに殺された、もしくはそれに等しいエグい実験に付き合わされた可能性があるってことか」
「さすが察しがいいわね。そういうこと。でも実験ってことは、その結果を記した物が必ず存在する。存在するってことは、それを確認した人がいる。人が関わっているってことは、遅かれ早かれ情報は必ず漏れるわ」
「で、テメエはその情報をどうやって手に入れた?」
「そこは企業秘密、といきたいんだけど……」
イリーナさんはそこで一度言葉を止め、ショートパンツのポケットから携帯電話を取り出す。
そして画面に何かを打ち込むと、それを僕達に見せた。
『エデンに内通者がいるって言ったら、信じてくれる?』
「…………」
先輩はそれを見て、自分でも携帯電話を取り出すと、イリーナさんと同じように画面を何度かタップする。
『その内通者が、オマエに協力する理由は?』
『利害が一致してるからかな。アタシの作った特別な魔法道具と、エデン内の情報の交換』
「……なるほどな」
レイ先輩はそう言って顔を上げた。
「納得してくれた?」
「納得はしたが、全面的に信用したわけじゃない」
「オーケー。敵対しているわけではないってことだけ分かってくれればそれでいいわ。いつかきっと……協力プレイする時が来ると思うから、その時はよろしくね。序列第五位とは、こちらとしても仲良くしておきたいのよ」
イリーナさんが両手を上げたところで、車は高速道路のゲートを通り過ぎた。
本部と呼ばれる場所に着くには、まだ時間がかかりそうだ。
僕は先輩の肩に寄りかかったまま、いつの間にか目を閉じていた。
*四月三〇日 火曜日
それは、どこかの森の奥にひっそりと佇んでいた。
本部と呼ばれた建物は、ルネサンス様式を基調とした大きな洋館で、まるで時の流れに取り残されたかのように、荘厳な沈黙を湛えていた。
二メートルは優に超えるであろう檻のような門が、錆びついた音を響かせながら両側にゆっくりと開いていく。
歓迎……というよりは罠に近い気がするのは勘違いではないだろう。
こんなにも目立つ建物であるのに、地図に載っていないのは、たぶんレオンハルトさんのログハウスと同様、不可視またはそれに近い状態にする魔法がかかっているからだろう。
重厚な扉が開くと、正面にギリシャ神話の神々をモチーフとした巨大な絵画が飾られているのが目に入った。
足を踏み入れれば、冷ややかな大理石の床が足音を鳴らす。
吹き抜けのホールがまるで天へと広がっているようだった。
天井にはルネサンス期の天使達が舞うフレスコ画が描かれ、金のリーフが縁を飾っていた。
光が高窓から斜めに差し込み、床のモザイク模様に柔らかな影を落とす。
この館の中は、時間が別の速度で流れているように感じられた。
壁にかけられた肖像画、年代物の書棚……そして空気までもが、静かに、だが確かに過去を刻んでいた。
「ようこそ、
ホール内に、二階に繋がる両階段の上から聞いたことのある声が響く。
「石河さん……どうしてここに……」
「ええ。ワタクシも驚いているのですよ。昨日の夜、出張先から急遽呼び戻されたんです。坊ちゃまへの言い訳を考えるの、大変でした」
困ったものです、と続ける。
「さて。早速ですが、舞台の準備はできております。イリーナ様に、ミヤモリシキ様、どうぞそちらへ」
石河さんはそう言って、手を差し出す。
その先……右側には扉があり、隣にはまるで軍人のように直立したジローさんが立っていた。
「ジローさん……!」
「よっ。少年! 悪いなあ、本当はオレが迎えに行く予定だったんだが……ちーっとばかし色々あったんだ」
僕に名前を呼ばれるとジローさんが真剣な表情を崩す。
気さくに片手を上げて、こちらへと歩いてきた。
いつものラフな格好とは違い、きっちりとスーツに身を固めていた。
「アンタ、スーツ似合わないわねえ」
イリーナさんがマジマジとジローさんを見上げる。
「え? マジ? 自分では割とイケてるって思ってんだけど」
ジローさんは不服そうに口を尖らせた。
そして右手を胸ポケットに突っ込んだところで動きが止まる。
「あ……この場所禁煙だったか。ま、いいや。イリーナと少年はこっちだぞ」
ジローさんは僕とイリーナさんに目配せする。
「ふふ。お手柔らかにね」
イリーナさんは嬉しそうにジローさんの腕に抱き付く。
その様子から、ジローさんに付いていくことにあまり危険は感じなかったけれど……。
「クソビッチ……」
「へ……?」
とんでもない言葉と共に、左側の通路から、見たことのあるメイドさんが出てきた。
黒色がベースのワンピースに白いフリルのついたメイド服。
この前見た時は気付かなかったけれど、スカートから覗いた白いタイツに包まれた脚は、意外と筋肉質のようだった。
いや、そんなことよりも……メイドさんからものすごい暴言が聞こえたような気が……。
「ごきげんよう。序列第五位であらせられますアヤオリレイメイ様は、こちらでございますわ」
しかしメイドさんは至って何事も無かったかのように、先輩に向かって声をかける。
「オレは四季についていく」
そう言って先輩は魔法で僕の身体を自分の手元に引き寄せた。
まるで浮かぶように、先輩の横に降り立つ。
こんな場所でも、第一に僕のことを考えてくれる先輩に、少しだけ不安が拭われた気がする。
「それは困りました。大切なゲスト様を危険な目に合わせることはしないので、こっちの扉に来てほしいんですけどぉ」
メイドさんは不快感をあらわにする。
「この状態で安心できると思うか?」
「いえ、思いません」
ニッコリと笑い、そう言い切った。
「イチカ様……ゲスト様が不安になられていますよ。言葉を謹んでください」
「はぁい。ごめんなさい。でもぉ、この状態じゃ第五位サマはミヤモリシキから離れないと思いますけど」
「……仕方ありませんね。では、アヤオリレイメイ様もミヤモリシキ様とご一緒に行動してください」
石河さんはわざとらしく頭を抱え、そして二階へと戻っていく。
「それじゃ、私はお役御免ですね」
メイドさんは嬉しそうにそう言うと、自分が出てきた扉の中へと入ってしまった。
「結局オレが貧乏くじかよ」
ジローさんは頭を掻きながらぼやくと、僕達を手招きする。
「早く行こうぜ。来れそうなヤツらはほぼ揃ってる」
すぐ目の前にある扉を開くと、玄関と同じ真っ白な大理石の長い廊下が現れた。
僕達は一歩先を歩くジローさんの後ろに横に並んで付いていく。
コツコツと、四人分の足音が響く。
小さな額に飾られた油絵が、壁に均等に飾られていた。
変化の少ない光景のせいで、まるで道が永遠に続いているような錯覚に陥る。
ところどころに左右に扉があるのだが、ジローさんはそれに見向きもせず、まっすぐ歩いていく。
「……これから何をするのですか?」
「えっと……公開質問コーナー? と、少年の処遇の話し合い。序列メンバーが半分位集まってたな。これって結構重要な話し合いだったりするん?」
「すると思うわよ。なんてったって、
イリーナさんは意気揚々と言葉を続ける。
「なんでそんなに楽しそうなんだよ」
レイ先輩は呆れたようにイリーナさんを横目で見る。
「だって久しぶりにみんなと会えるんだもの、ワクワクしちゃう」
イリーナさんは両頬に手を当てると、ぴょんぴょんとスキップを始める。
「……会いたいかぁ?」
「もちろんよ!」
イリーナさんは力強く返事をしたところで、ジローさんは足を止め、右側にあった重厚なオーク材の扉を押し開けた。
扉がゆっくりと開かれる。
その瞬間。
部屋にいた全員の視線が一斉にこちらへと注がれた。
開かれた扉の先は会議室と呼ぶにはあまりに格式ばった空間だった。
一九世紀末の英国からそのまま運んできたかのような、重厚な長机が中央に鎮座している。
ほの暗い空気の中に静謐な緊張が漂っていた。
深紅のビロードが張られた椅子がその机の左右に分かれて一二脚。
座っている人物達と数から、序列メンバーの席だということが想像ができた。
しかし半分ほどが空席で、その中のほとんどが見知った顔だった。
高い天井から吊るされたシャンデリアが鈍く光を反射して、床に影を落としている。
ジローさんにそっと背中を押され、僕達はその部屋へと一歩踏み入れる。
しかしジローさんは廊下側からそっとドアを閉めると、それから部屋に入ってくることは無かった。
「宮守くん……」
呼ばれた名前に顔を向ければ、大きな椅子にちょこんと座った浅倉くんと目が合った。
浅倉くんは制服姿だった。
そういえば、今日は平日だったことを思い出す。
もしかしたら、学校に行く直前でこちらに呼ばれたのかもしれない。
だとしたら……悪いことをしてしまった。
浅倉くんは静かに立ち上がると、僕の方まで駆け寄り、そして今にも泣き出しそうな顔で僕を見る。
「ごめん……俺、何も知らなくて……だって、死んじゃうとか……そんなことになってるなんて……」
「そんな……浅倉くんのせいでは……」
僕は首を左右に降り、浅倉くんの謝罪を否定する。
しかし言葉を遮るように、セシルさんが立ち上がった。
「ホント何やってんのってカンジ。第七位が先に記憶を読んでいれば、今回の事件、解決するのにこんなに時間がかからなかったんじゃナイ?」
「は!? そんなの……っ!」
浅倉くんがセシルさんに抗議の声を上げる前に、横から助け舟が出される。
「それは無理な話だな。まさか同じ学校に絵の魔法を使っているヤツがいるなんて思わないだろ。まさか七位が関わる人間……全ての記憶を読めって言うのか?」
腕組みをしながら、セシルさんと対峙したのは神田さんだった。
「確かにそうだねえ。ユーだって、同じ学校に絵の魔法を使った人間がいても、全然気が付かなかったみたいだし」
「あー……また痛いとこを」
押し負けた神田さんは僕と目が合うなり、困ったように笑った。
「それはテメエの仕事だろ、千里眼。テメエだって、見つけたのはつい一昨日だったじゃねえか」
レイ先輩がセシルさんを見て、小バカにするように鼻で笑う。
「裏切り者の魔女が、ソイツに肩入れしてなければ、絵の魔法が発動した瞬間に視ることができたんだ。ワタシの魔法では、絵の魔法が発動しないと探すことができない。魔法が発動しなければそれはただの絵なんだカラ」
「言い訳だけは立派だな。『千里眼』って二つ名、返上した方がいいんじゃねえのか」
「裏切り者のくせに、偉そうに……っ」
先輩の言葉に、セシルさんは唇を噛みしめる。
その時、僕達が入ってきたドアが再び開き、石河さんが現れた。
「おやおや。皆様、久しぶりの顔合わせで嬉しいのは分かりますが、そろそろ席に座ってください」
「これが和気藹々としているように見えんのか?」
レイ先輩は小バカにしたように笑うが、石河さんは先輩の返事など耳に入っていないようだった。
「序列第五位であるアヤオリレイメイ様はそちらの席でございます。ミヤモリシキ様と離れがたいのは重々承知しておりますが、最初だけでも自席に座っていただけませんか? そろそろ中継が始まりますので、ビシッとさせておきたいのですが」
「ハッ。ビシッとも何も、序列メンバー半分しか集まってねえじゃねえか。そもそもテメエらが四季に手を出さない保証がどこにある」
「集まりが悪いのはいつものことです。特に序列第三位以上につきましては、いつもいらっしゃらないでしょう。第三位からは、先程日本の空港に到着したと連絡がありましたが……」
石河さんは苦笑いを浮かべる。
「ミヤモリシキ様に関してですが、ここでミヤモリシキ様に攻撃を加えるメリットがないことは貴方も承知でしょう? カレの頭の中には、絵に関する記憶があるのですよ。ここで殺してしまったらそれを読み取れなくなってしまう。つまり、こちら側がカレから記憶を手に入れるまでは、カレは大切に扱われる存在であるということです。記憶を手に入れるまでは、ね」
「…………」
「大丈夫よ、レイメイ。ここには直接攻撃系の魔法使いはアンタ位しかいないわ。生半可な魔法だったら、アタシの
イリーナさんの言葉に、レイ先輩は渋々頷く。
僕を安心させるように頭をそっと撫でると、言われた通り自分の席へ腰を下ろした。
これでここにいる序列メンバーの席は全員分が埋まった状態になった。
僕はその席を改めて確認する。
序列第四位であるアイさんが座っている位置から見るに、やはり上座から序列順に並んでいるのだろう。
一、二、三位の席は続けて空席だった。
後は、五位であるレイ先輩。
六位の席にも誰も座っていない。
七位は浅倉くんだ。
八位の席では、透明感のある金色の髪をした男性が、僕達のやり取りを微笑ましく見守っている。
九位が神田さんで、一〇位は空席。
一一位の席には、可愛らしい、まるでフランス人形のようなドレスを着用した小さな女の子がちょこんと座っていた。
そして最後は一二位のセシルさんだ。
「ミヤモリシキ様とイリーナ・マグナス様はこちらへ」
僕達とイリーナさんは。長机の一番後ろに置かれた椅子に二人隣同士で座る。
分かりやすく言えばお誕生日席だ。
僕の頭の中に、中世の魔女裁判の光景が思い浮かんだ。
「これでひとまず全員が揃いましたね」
石河さんはパンと両手を叩くと、僕達の顔を見回した。
「今回は重要なことを決定する会議のため、序列メンバーには直接集まっていただきました。まあ、ほぼ半数いませんけどね。そこは目を瞑りましょう。他には、
石河さんは赤い絨毯の上を歩きながら、部屋の隅に移動しそして壁に付けられたカバーを開き何かのボタンを押す。
すると一番奥の窓の前に、巨大なスクリーンが下がってきた。
昔の洋館であるのに、近代の技術が使われているのが何だかチグハグに思えた。
「それでは、今回の概要を説明いたします。……今回の事件、全てはこの病院から始まりました」
その言葉と共に、スクリーンに映像が映し出される。
「!」
その瞬間、僕は自分の心臓が大きく音を立てたのを感じた。
スクリーンに映し出された場所は、病院の一室。
ここは、僕が入院していた……『東郷総合病院』だ。
いつか恭次先輩に連れられて入った夜の病院……。
ガランと空いてきた個室は、僕が入院していた部屋だったのだ。
カメラは、天井から部屋全体が映るような位置に設置されていたようだ。
映像の中には、死んだように眠っている僕と、ベッドの横でそれを見つめるおじいちゃんの姿があった。
いつからこんな、カメラなんて……。
混乱する僕を置いたまま、映像は進んでいく。
『失礼します』
病室に響き渡るノックの音と共に現れたのは、病院の経営者である東郷
今なら分かる。
この人は恭次先輩のお父さんで、学校、ホテル、病院……と、様々なビジネスを成功させている敏腕経営者だ。
僕が入院するにあたって、おじいちゃんはこの人の力も借りていたのか……。
原因不明の病気を受け入れてくれる病院などなかなか難しいだろうとは思っていたけれど……。
経営者のトップが協力してくれていたと考えれば、話は簡単だ。
『はじめまして。挨拶が遅くなりました。東郷篤と申します』
東郷先輩のお父さん……理事長は、すぐ入口でおじいちゃんに向かって頭を下げる。
その姿は、ただの知人というよりもおじいちゃんに敬意を払っているように見えた。
『オリバー・シュルツさん。大戦時、父が大変お世話になったと聞きました。今の東郷があるのも、オリバーさん、貴方のおかげだと』
確かに当時の二人は、知人というには歳が離れすぎている。
理事長ではなく、恭次先輩のおじいちゃんとの知り合いのようだ。
おじいちゃんは杖を付きながら立ち上がり、理事長の近くへと歩み寄る。
『買い被りすぎだ。あの時はたまたま同盟国だっただけのこと。私は少しだけ背中を押したに過ぎんよ』
おじいちゃんはそう言うと、入口の近くにある革製のソファに座るよう促す。
理事長は、言われるままにそこに腰を下ろした。
『君には感謝しているんだ。病名もつかない孫を、ここで入院させてくれていることを』
『いえ……大したことはしておりません。お孫さんに対して何もできないこと……悔しく思っております』
そう言って再び俯く。
『頭を上げてくれないか。頭を下げるのは私の方だ。今日は、キミにまたお願いがあって呼んだのだから』
『なんでしょうか? 私にできることなら何でもご協力しますが』
『重ね重ね申し訳ないが……君は、学校も経営していると聞いた。今年の春から、この孫を通わせてくれないだろうか』
『それは一体どういう……』
理事長はチラリと眠っている僕の方を見る。
この状態でどうやって学校へ通えるまで回復するのか、頭の中で考えを巡らせているのだろう。
『……なるほど』
思ったよりも早く、理事長は口を開いた。
『承知しました。そんなことでしたら、いくらでも』
理事長はニコリと笑うと、大きく頷く。
その笑顔が、恭次先輩に似ていると感じた。
理由を言わずともおじいちゃんの言うことを受け入れた決断力の速さに、経営者としての素質を感じる。
詳細を聞かないあたり、自分にもメリットがあることを瞬時に感じ取ったのだろう。
『ちょうど私も貴方がたの力に興味を持っていたんです。なかなか素晴らしい力をお持ちのようだ』
笑顔を向けたまま、理事長は言葉を続ける。
おじいちゃんに対して交換条件を持ちかけているようだった。
『……私にできることは、多少の情報開示位だ。魔法を使う体力も、もうあまり残っていない』
『それで十分ですよ。東郷の未来には貴方がたの力が必ず必要になる。情報はいくら知っていても無駄にはならないですから』
理事長はソファから立ち上がると、おじいちゃんに向かって再び深く頭を下げる。
『この件に関しては、別の時間にお話しましょう。また連絡いたします』
理事長は、すぐに色々な手配をかけるつもりだろう。
おじいちゃんに向かってもう一度頭を下げると、足早に病室を出て行った。
『…………』
おじいちゃんは少し疲れた様子で、再び僕のベッドの隣の椅子に腰を下ろす。
すると今度は突然、部屋のカーテンが揺れた。
その影に隠れるように、一人分の小さな人影が現れる。
『こんばんは、オリバー・シュルツ。客人は帰ったのかい?』
どこから入り込んだのか、別の人間が現れる。
そこにいたのは、プラチナブロンドの髪を靡かせた、一二歳前後の少年だった。
透明感のある綺麗なボーイソプラノに、五感全てを奪われてしまいそうだった。
しかも僕は、その少年に見覚えがあった。
桃矢先輩と一緒に行った、教会で……確かにその姿を見たのだ。
『レオンハルトか……』
彼が登場した瞬間、会議室内の空気が揺れたのが分かった。
全員が、息を飲むように彼の動向を目で追っている。
『……手筈は整った。後は絵に願いをかけるだけだ』
『さすが、仕事が早いね。こちらの準備はいつでもオーケーだよ。キミに渡したい絵は、すでに僕の別荘に隠してある』
少年はパチパチと小さな手を鳴らす。
しかし嬉しそうに微笑む少年とは対照的に、おじいちゃんは浮かない表情をしていた。
『今更、何を後悔することがあるんだい? キミの命より大事な孫の願いがようやく叶うんだ。キミはすでに、
『…………』
おじいちゃんは俯いたまま、何も答えなかった。
『この前も説明したけれど、僕の魔法は、〇と一の間にXである仮の世界を入れるもの。僕の絵は契約者の魂を力の根源としているものだ。キミが絵に願いをかけてもいいけれど、キミが死ねば絵の魔法は解け、仮の世界は消えてしまう。だったら、四季本人が願いをかけた方が魔法は長持ちするはずだ。だってキミ、もう虫の息だろ? それに比べて、四季は寿命が確定しているんだ。その日までは確実に生きられる。その点は呪いに助けられているね』
『…………』
『しかし不確定要素はその後だ。僕の魔法が解ける時、その呪いがどう作用するか、僕には分からない。今だって、ニコロ・フロレンツィの魔法は歪んだ形で四季の身体を蝕んでいる。けれど絵の魔法によって、幸せな時間を過ごせることは約束しよう。少なくとも、今の寝たきりの状態よりは、ね』
そう言ってレオンハルトさんは、眠り続ける僕の前髪にそっと触れた。
『このまま弱って死んでいくだけなら、少し位優しい夢を見せてあげてもいいんじゃないかな』
それはきっと、おじいちゃんにとって残酷な契約だろう。
僕のために、悪魔に魂を売ってしまったのだ。
『
レオンハルトさんはまるで歌うように呟き、そして窓から夕暮れの空を見上げ、そして……。
『死んだ魂は……一体どこに逝くんだろうね』
今にも消えそうな声でそう呟く。
『……ああ、本当に……どこにいるのだろう……』
この魔法使いにも、長い人生がある。
その中で、様々なことがあったのだろう。
自分ではどうしようもないことが、たくさん……。
呟いたそのセリフは、悲しみが溢れていた。
……次の瞬間。
『…………』
彼は天井を見上げると――――まっすぐにカメラを見る。
そして……嗤った。
映像にノイズが走る。
途切れた映像から、カメラに異常が起きたことを感じた。
スクリーンに映し出された映像は消え、そして部屋の照明が戻り、僅かに明るさを取り戻す。
「ミヤモリシキ様がこの病院に入院した時から全ての期間、録画をしていたはずですが……残っていたのは今の映像のみでした。しかし、たった一〇分程度の映像からでも、オリバー・シュルツが我々を裏切っていたことに間違いないようです。とても残念なことですが」
静まり返る室内に、石河さんのオーバーなセリフが響く。
どうやらここにいる序列メンバーへ……というよりは、この会合を静かに見守っている権力者達に聞かせているようだ。
あの映像は……石河さんが『東郷総合病院』に関わる権力者……の、誰かから提供されたもので間違いないだろう。
つまり石河さんは、この映像を入手するために……恭次先輩のそばに……?
「
オーバーに両手を振りながら、悦に浸るように演説を続ける。
「相変わらず気持ちの悪い喋り方ね……」
イリーナさんから文句が漏れる。
「あの絵……一体何が危険なんですか?」
僕はジローさんの言っていた、世界を壊すという言葉が引っかかっていた。
僕の質問に、石河さんの動きがピタリと止まる。
片眼鏡の奥……深緑の瞳が、まるで獰猛な肉食動物のように僕を捉えた。
「ミヤモリシキ様……貴方からの質問は受け付けていないのですが……。まあいいでしょう。今回だけは特別に教えて差し上げます」
石河さんは口角を釣り上げながら、遠くから僕を見つめる。
「レオンハルト・ミューラーが描き上げた、『天使の絵』シリーズは、全部で七種類あります。その絵に血を飲み込ませ、願いをかけることで、絵の魔法が発動する。それは願いをかけた者の魂と引き換えにその願いが叶うというものです。ただし……魔法はそこで終わらない」
石河さんは一歩ずつ僕に向かって歩き出す。
「七つの絵全てに魂が取り込まれた時、巨大な魔法……世界のルールが壊れる魔法が発動するのです」
「世界のルール……?」
あまりにも漠然としたその内容に、理解が追いつかない。
「貴方は今、そこで生きておりますが……さて、生きているというのはどう言うコトでしょうか」
「え……」
「人は産まれ、そして死んでいく……それはこの世界に課せられた絶対のルールの一つです。もちろん、それだけではありません。この世界にはありとあらゆる秩序があります。あの悪魔は……この世界全ての秩序を壊そうとしているのですよ」
「そんなこと、できるわけが……」
「ええ。そんなバカげた話。できるわけがない。我々も、そんなこと……信じたくないのですから」
信じたくない……ということは、実際に起こる可能性があるということだ。
どうして
「……つまり僕は、世界を壊す魔法に協力してしまっていた……ということでしょうか」
「そうなりますね。我々が絵を血眼になって探している理由がお分かりになられたでしょうか。主の創造されてた世界を壊すなんて……そんなこと、決してさせてはならないのですよ」
石河さんの言葉が遠くに聞こえる。
自分の願いを叶えるために僕は……。
そんな危険な魔法を発動させる一端を担ってしまったのか……。
「四季は知らなかったんだ……今更そんなこと言ったって仕方ねえだろうが!」
レイ先輩が立ち上がり、僕へと向かって歩いていた石河さんの目の前に立ちはだかる。
「第五位の言う通りだ。さっきの映像から、オリバーだってそのことを知っていたのか不明瞭だ。レオンハルトは、願いが叶ったその先のことを伝えているように見えなかった」
先輩に続いて立ち上がったのは、神田さんだった。
「おやおや。もしも今回の絵が、最後の絵だった場合……滅びた世界に向かってそれを言うのですか? 無知は大罪ですよ」
「そんなもしもの話……時間の無駄……っ! まだ宮守くんはここにいるんだ……! レオンハルトの魔法を解除する可能性が見つかるかもしれない……!」
浅倉くんは眉間に皺を寄せながら、石河さんを睨み付ける。
その姿は学校にいる時よりもずっと感情的で……でも、僕を庇ってくれることが何よりも嬉しかった。
「日本人同士で庇い合って……見苦しいったらないネ!」
ドンという音がした。
セシルさんが机の上に足を乗せたのだ。
「あら、そうかしら。私もその日本人達と同意見だわ。過ぎ去ったことをネチネチ言ってないで、これからのことを考える方が建設的じゃないかしら」
イリーナさんはそう言って腕を組み、長い脚を組み直す。
「ユーは関係ないでしょ。ちょっと黙ってて」
「えー!? 関係あるから今日呼んだんでしょう? ヒドーイ! ほんっと、アタシ嫌われてるみたいねえ」
イリーナさんは不敵に口角を釣り上げる。
「当然だろ。ユーは
「序列メンバーだった時は散々協力してあげたでしょう? 何よ、ちょっと処女捨てた位で。御生憎様……一二位のアンタ位なら、頭吹っ飛ばせるほどの
「減らず口を……」
「皆様、ご静粛にお願いします。先程も申し上げましたが、この場は『主』もご覧になられているのですよ」
ようやく自分の立場を思い出したのか、石河さんが全員の行動を静止する。
「残念ながら……今回の件、『主』は口を挟むつもりはないそうです。もう絵の魔法は発動してしまった。これ以上どうすることもできない。よって、今後につきましては皆さんの決断に委ねると仰ってました」
「だったら、好きにさせてもらう」
待ってましたと言わんばかりに、レイ先輩はアイさんを見た。
「オマエの魔法の力を借りたい」
「私かい?」
今まで口を開かなかったアイさんだったが、先輩に指名されたことで、驚いた表情をして先輩と向かい合う。
「このまま時間が経てばコイツは死ぬ。それは決定事項だ。オマエの魔法は、魔法の無効化……その手で四季に触れればどうなるのか、興味ないか? 呪いと絵の魔法が二重でかかってる被検体なんて中々いないだろ」
「それは……そうだね」
「だったら頼む。少しでも可能性がある方向に、賭けてみたいんだ」
そう言って先輩は小さく頭を下げた。
先輩の言葉を噛みしめるように、アイさんは深く考えを巡らせているようだ。
「コイツが人のために頭下げてるの、初めて見たな……」
神田さんは感心したように言葉を漏らす。
しかし、二人のやり取りを石河さんが拍手によって遮る。
「なるほどなるほど。貴方の望みと、我々の好奇心が見事に合致した答えですね。実に上手くできたシナリオだ。それ故に、ワタクシは気に入りませんが」
「ワタシも反対だネ。そいつを助けてやる義理はない」
それに便乗したセシルさんも声を上げた。
どうやら二人は結託して動こうとする先輩達の行動、全てが気に入らないようだった。
「まだ助かるかどうか分かんねえだろ。何もしなくちゃ結果が変わらないんだ。四位の魔法で、レオンハルトに対抗する術が見つかるかもしれないじゃねえか」
再び神田さんが、先輩側に着く。
「そうだね……私は構わないよ」
「人形の意見なんか聞いてない」
アイさんに向かって、セシルさんが強く言い放つ。
「でも……っ! このメンバーの中では、アイギスさんの序列が一番上だよ。次点の綾織先輩だって同じ意見だし……っ!」
続いて浅倉くんも席を立ち上がる。
必死に想いを言葉にしてくれる姿に、僕は目頭が熱くなるのを感じた。
「アイギス! 日本人が日本人を庇うのは当然だろう!?」
「拘るわねえ。国籍なんてどうでもいいじゃない」
イリーナさんは手で髪の毛を弄りながら、子供を見るような目でセシルさんを見る。
「オマエ、なんでそんなにオレらと敵対してくんだよ」
神田さんの問いに、セシルさんは顔を背ける。
「別に同じ痣付きだからって、仲良くしないとイケナイってわけじゃないでショ? 『主』が創造した世界を壊すための絵を使った人間を庇ってることに、納得できないだけダヨ」
「オマエら大好きな『主』が付けた序列の順位だ。その命令に背くことは、『主』に対する反抗じゃないのか?」
「減らず口を……」
「困ったものですね。序列の上位様達は、『主』のことが怖くないのでしょうか」
石河さんはそう言ってセシルさんを煽る。
「異端者共め……」
セシルさんは忌々しそうに先輩達を睨みながら、自分の首元にあるタトゥーにそっと触れる。
「つーか、そもそもアイツが神とは思ってねーよ」
追い討ちをかけるように、レイ先輩は口に出す。
「神をアイツ呼ばわりとは……ユー達とはつくづく分かり合える気がしない……!」
セシルさんは僕達を睨みながら胸元にかかった十字架のペンダントにそっと触れる。
「で、どうすんだ四位。宮守にかかった呪い……解けそうなのか?」
「アイギス! コイツらの味方をする気!?」
「……困ったね」
アイさんは優しく微笑みながら両手を上げた。
「私は
「どうして……っ」
「もう嫌なんだ――――目の前で人が死ぬのは……」
セシルさんの叫びに、アイさんは悲しそうに笑った。
それは精一杯の笑顔のように見えた。
「……ならなんで、この前の子は助けなかったの?」
イリーナさんからアイさんに向かって、冷ややかな声がかかる。
神田さんの手が、震えたのが見えた。
「あの子はもう、助からなかったんだ。絵に願いをかけられたのだって奇跡だった……」
アイさんから発せられたのは静かな声だったけれど……。
その声の中には、言葉にできない激しい想いが込められているようだった。
「イリーナさんは意地悪ですね。だからこそアイギス様はクリスマスに何回も世界をループさせて、願いを叶えて差し上げたんでしょう?」
クスクスと、石河さんが小さく笑う。
「私は……まだ未熟過ぎて、人の気持ちが……心が良く分からないけれど……でも。色々と考えたんだ。オリバーは、大切な四季が、楽しい思い出がないまま死んでしまうのは嫌だと思ったんだね。全ては……ボタンのかけ違いだったんだ。もしもオリバーが最後の砦である絵に縋る前に、私が止めることができていたら……四季だけなら助けることができたかもしれなかったのに……」
アイさんはそう言うと自分の右手を見つめる。
真っ白な手袋をしたその手を、強く握りしめた。
この人は、きっと優しい人なんだろう。
僕なんかのためにこんなにも色々なことを調べてくれて、そして最適解を見つけようとしてくれているんだ。
「この世界が終わる時、四季にかかる呪いがどう作用するかは分からない。もしかしたら、この世界が終わった瞬間に、今までの呪いが襲ってくるかもしれない。それを全身に受けたとき、四季が耐えられるのか……不確定要素しかないんだ」
アイさんの言葉を、僕達は黙ったまま聞いている。
「それでも、一縷の望みがあるのならば。私は……キミを助けたい、シキ」
「アイさん……」
「あーあ。簡単に絆されちゃうなんて、やっぱり不良品だったナ」
先程とは違い、セシルさんの言葉回しが軽くなったと感じたと思った刹那……。
セシルさんはロングコートの胸ポケットから、黒光りする小さな鉄の塊を取り出す。
「!」
それが拳銃だと気付くまでに、数秒の時間を有してしまった。
だってそれは……日本では全く身近にないものだったから。
セシルさんはそれをアイさんの頭に向ける。
「おいおい、日本では銃刀法違反だぜ。知ってんだろ」
レイ先輩は至って冷静にセシルさんに声をかける。
「もちろん。これは護衛の為だったんだけど……反逆を企てている者達を処刑するのなら、『主』もお許しくださるハズ」
「……へえ、いいのか? テメエの勝手な判断でオレ達を殺したりして。オレと無能の魔法、貴重なんだろ? だから生きることを許されてる。ここで誰かが死んだら、またガチャ回して、一から駒を育てないといけなくなるぜ? ま、そもそも、オレに銃が効くかよって話だが」
レイ先輩は不敵に笑って、セシルさんと向かい合う。
「だからコイツを狙ってイル。最初から納得していなかったんだ。人形が
「コラコラ、やめなさいよ。アンタ達がそこで殺し合いしたところで何も変わんないでしょ」
イリーナさんからも、のんびりとした声を上がる。
拳銃に対する恐怖心を、誰も持っていないように思えた。
「セシル・クロウリー様」
次に声を上げたのは石河さんだった。
「どうか銃をお下げください。ワタクシも貴方と同意見ではありますが……残念なことにアヤオリレイメイ様の言う通り、貴重な魔法を持つ序列メンバーを減らすことを見逃すことはできません」
押し黙るセシルさんから目を背け、レイ先輩はアイさんと向かい合う。
「で? オマエの答えは?」
「……うん、協力する。あの方は好きにしていいと言っている。それは本部の意思通りなんだ。それで納得してくれるかい?」
「…………」
セシルさんはその問いに答えなかった。
「それじゃあ、始めようか。時間が惜しい」
アイさんはホッと一息ついて、そして浅倉くんを見る。
「まずは、ヒビキ。キミにシキの記憶を読んでもらおう。シキからの情報提供が、私の魔法を使用することへの交換条件だよ」
浅倉くんは僕に向かって目配せをする。
僕は強く頷いた。
「…………」
浅倉くんは、僕に向かってそっと手を伸ばす。
そして僕の頭に優しく触れた。
「ごめんね……宮守くん」
「いいんです。それは僕も承知していますから。何かお役に立てる記憶があれば、有用にお使いください」
「うん。ありがとう」
「今回は変な小細工はしないでくださいね」
石河さんの言葉に、浅倉くんの手がピクリと動く。
「クリスマスの時……大崎五樹の記憶を消さなかったみたいですから」
浅倉くんは慌てたように首を左右に振る。
「け、消さなかったんじゃなくて消せなかったんだよ……! 魔法使おうとしたら違和感? みたいなの感じて……っ! 反魔法の力だってすぐに分かったけど……でも第四位も、アンタだっていたし……っ。余計なこと言ったら、なんか面倒なことになりそうだったから……だから一応、魔法かけたふりをしたっていうか……あ、実際に魔法は使ったよ? もちろん無効化されたけど……」
浅倉くんは大きく首を振って、石河さんを見上げる。
「し、詳細は知らないけどさぁ……なんか可哀想だったっていうか……一方的にそういうことするの、あんま気分良くないっていうのもあったし……」
その様子を黙って見ていたアイさんが、閉じていた口をゆっくりと開いた。
「……イツキの記憶を消さなかったのは私の独断。報告書にも書いたでしょ。その件に関しては上から特にお咎めなしだって話だけど……ヒビキは何も悪くないよ。罰を受けるとしたら私が受ける」
「…………」
石河さんは目を細め、アイさんを見る。
しかしそれ以上口を開くことはなかった。
「そ、それじゃあ始めるよ」
浅倉くんは気を取り直し、僕の頭に再び触れる。
そのすぐ隣で、アイさんが神田さんに話しかけていた。
「ねえ、シュースケは……記憶の件を知った後、イツキと接触したのかい?」
「……いや、まだしていない。正直、何話せばいいか分からないしな。アイツのこと、巻き込むだけ巻き込んで……合わせる顔がないっていうのもある」
「そう、だね……私も……あの決断が正しいものだったのか……たまに分からなくなるよ……」
アイさんの顔はとても辛そうなものだった。
冷静な判断ができるアイさんでも、迷うことがあるんだと……少し驚いてしまった。
「……っ!」
その時、くらりと目眩がした。
自身の力で立っていられなくなった僕は、何か支えを求めて手を伸ばす。
「四季!」
その手をとってくれたのは、やっぱりレイ先輩だった。
「ご、ごめん……っ! 俺……っ!」
浅倉くんが今にも泣きそうな顔で僕を覗き込む。
「いえ、浅倉くんのせいでは……」
今までの記憶を全部抽出するとなれば、当然脳に負担がかかるだろう。
「ゲストルームへ連れて行こう」
アイさんの言葉に、レイ先輩は頷く。
身体がふわりと浮いた感覚。
レイ先輩が抱き上げてくれたのだとすぐに分かった。
「よく頑張ったな……」
先輩は僕だけに見せるように、そっと悲しそうに笑う。
先輩に……そんな顔して欲しくないのに……。
でもきっと……これから、先輩にはもっと辛い思いをさせてしまうのだろう……。
守られてばかりいる自分の無力さが、悔しかった。
*
長い廊下を通り、階段を上がった先にある……休憩室と呼ばれる場所にやって来た。
扉を開けた瞬間に感じたのは、乾いたリネンと古い木の香りだ。
宿泊が目的であるその部屋は、必要最低限の家具しか置いていなかった。
部屋の最奥にはセミダブルサイズの真鍮製のベッドが一台あり、白いカバーの上に折り目正しく畳まれた薄手の毛布が置かれている。
ベッド脇には小ぶりな木製のナイトテーブル。
その上に、大切なキーホルダー達が付けられた僕のカバンが置いてあった。
唯一の装飾といえるのは、小さな額に収められた草花の素描画のみだった。
足元には厚手のラグが敷かれており、裸足でも冷たさを感じないよう配慮されている。
窓には生成り色のカーテンがかかり、誰かが窓を開けたのか、優しい風がそれを揺らしていた。
僕は奥の窓の前にあるベッドの上に降ろされ、上半身を起こした状態にして座る。
配置がまるで病院みたいだと……頭の片隅でそんなことを思った。
先輩を中心に、神田さん、浅倉くん、アイさん……そしてイリーナさんが、ベッドを囲みながら、僕を心配そうに見守ってくれている。
最初に口を開いたのはアイさんだった。
「……私の魔法は、かかっている魔法を選択しての無効化はできないことを念頭に置いておいてほしい。その前提で話そう」
「つまり……かかっている魔法、全てを無効化できるってことか?」
一つ一つの確認をとるように、先輩がアイさんを見る。
「ニコロ、レオンハルトの魔法が、私の力以下だった場合であるのなら、そうなる。彼らの魔法の力は未知数なんだ。無効化に関しては、実験数が少なすぎて……それについても結果がどうなるのか分からない」
アイさんは俯き加減に、現状の説明を始める。
「今……シキには二つの魔法がかかっている。一つは、ニコロ・フロレンツィによる即死魔法、そして、レオンハルト・ミューラーによる絵の魔法だ。これらの共通点は、最終的にシキの命を奪うものであること。二人の魔法は奇跡的に……あるいはレオンハルトの高度な魔法によって上書きされたことにより力の均衡を保っている」
アイさんの言葉に、僕は頷く。
「これはあくまで私の予想だけど、私がシキに触れることで、まずは絵の魔法が解ける。それは今のシキが、絵の魔法によってニコロの魔法の進行を食い止められているからだ。しかしそれがなくなれば、呪いがカレの元へ再び戻って来るだろう。呪いが解けるか……あるいは、更に悪化するかは分からない」
「着地点が分からないってワケね」
「うん。ただでさえ、ニコロの魔法は変化しているんだ。それがどう言う結果に繋がるのか……」
「えっと……更に悪化するって……それって死ぬってことですよね?」
「そうなるね」
僕の言葉に、アイさんは優しく頷く。
「だったら結果は変わりません。何もしなくても、もう亡くなる命ですから。でしたら、アイさんの思う最善の方法で……もしくは、アイさんのお役に立てる方向で使っていただいて構いませんよ」
「苦しむことになるかもしれない……もしかしたら、死体も残らないかも」
「し、死体も!? どういうことっ!?」
浅倉くんがバッと顔を上げる。
「そのままの意味。私が前に助けようとした人は……人体発火現象に近いことが起きて全てが燃えてしまった」
「もしも魔法が解除されたら……っていうプログラムが仕掛けられてたってコトね」
イリーナさんが補足する。
その情報に、部屋にいた全員が息を飲む。
「
「構いません。もう……何があっても怖くないですから」
僕はまっすぐにアイさんを見た。
そして深く頭を下げる。
「お願いします。まだ、命があるうちに……」
「分かった」
アイさんは真っ白な手袋を外し、それをベッド脇にあるテーブルの上に、丁寧に重ねて置いた。
「宮守」
最初に名前を呼んでくれたのは、神田さんだった。
「別れの挨拶にはしたくねーけど……でも、一言言わせてくれ。オマエと出会ってすごく楽しかった。また……一緒に遊びに行こうな」
「はい……! 僕もです。こんな僕に優しくしてくれて……すごく嬉しかったです。あの……プリン、絶対買いに行きましょうね!」
プリンという単語に、神田さんの瞳が揺らぐ。
神田さんは何も言わず、微笑みながら僕の頭を優しく撫でた。
「宮守くん……俺も……っ! 俺、こんなんだから……友達とか全然いなくて……でも。こんな俺と、友達になってくれて嬉しかった……っ!」
「僕もです……! 浅倉くんと友達になれて、すごく嬉しかったです。『マジ☆ルナ』の続編、浅倉くんと観に行くの、楽しみにしています」
浅倉くんは何度も頷くと、片方だけ出たその瞳から……大粒の涙を流していた。
「アタシからもお礼を言わせて。オリバーや、レイメイ……他にも、貴方が繋いでくれた縁……大切にするわ」
「イリーナさん……ありがとうございます。イリーナさんがドッグタグで
イリーナさんの真剣な瞳が僕を見る。
その目の奥には、薄っすらと涙の膜が張っていた。
「四季、オレは……」
最後に先輩が僕のすぐ近くに来てくれる。
「先輩は約束を守ってくれました。絵の魔法でも、呪いでもない……第三の道。その可能性を信じて、僕自身がそれを選択したんです」
「…………」
「いつか終わるから、『意味がない』と言って嫌っていたこと……僕にしてくれて嬉しかったです」
僕は手招きをして、そして自分でも先輩に向かって両手を伸ばす。
そして浮かない顔をしている先輩の両頬を包み、触れるだけの口付けを交わした。
「おやすみなさい、先輩。いつか……会いに来てくださいね」
「……っ」
真っ赤になる先輩を目に焼き付けて、そして僕はベッドへと横になった。
人生の最期がすぐ目の前に迫ってきているというのにも関わらず……不思議な高揚感に包まれていた。
死に直面した時の、脳内麻薬だろうか。
アイさんが僕に向かって真っ白い手を伸ばす。
「どうか……幸せな結末になりますように……」
アイさんが僕の手にそっと触れる。
絡められた指は、まるで祈りを捧げているようだった。
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