『女子バイトに叱られる、やる気無い喫茶店店主』をしたいのに、妙な実力者が集まってくる
乾茸なめこ
第1話 男の夢
男にとって理想の暮らしなんて、たったの二種類しかない。
焚き火でデッカい肉を焼いて食べる暮らし。
あるいは――喫茶店でやる気のない店主をしながら、可愛いバイトの子に叱られる暮らしだ。
客のいない暇な店でコーヒーの香りに包まれ、ときには新聞をめくってタバコを吹かしたりなんかして。食器から内装まで好きなもので固めた、好きなだけこだわった『俺の城』で、ぬくぬくとスローライフを送りたい。
でも、ひとりぼっちのスローライフなんて寂しいばかりだ。せっかくなら、可愛い女の子と時間を過ごしたい。可愛い女の子と過ごしたいが――悲しいかな、スケベなことを考えるほど元気は残っていない。
つまりだ。
叱ってくれたり、心配してくれるくらいの距離感が、一番幸せなのである。
『店長、しっかりしてください。潰れちゃいますよ』『なあに、常連の老夫婦がそのうち来るさ』
みたいなやり取りをしたいのだ。
異論はあると思うが、聞く気はない。
オッサンになると、他人の意見を聞き入れるのに疲れるんだ。
◇
真っ昼間なのに締め切った窓。天井からヤニ汚れ越しに黄色い光を落とす電球だけが、唯一の光源だ。重厚なテーブルにはうっすらと埃が積もり始め、粗い粒のザラメ糖が、白い陶器の中でくっつき塊になろうとしていた。だが、カウンターの内側にあるコーヒーミルだけは磨き上げられ、艶やかな光を放っている。
王都の片隅でひっそりとオープンして三週間。喫茶店に客の姿はない。
俺はカウンターの内側に置いた椅子に腰掛け、のんびりとラム酒を舐めていた。
「あーあ。暇なのは良いが、相方がお前じゃなぁ」
「あぐあぐ!」
この店唯一の従業員である幼女が、俺の左手を一心不乱に囓っている。クセのある水色のおかっぱ頭のてっぺんでは、細く結んだチョンマゲみたいな毛束がピコピコ揺れていた。前世基準で言うなら、小学一年生くらいの年頃である。
背中にカメの甲羅を背負い、目がまんまるで口がデカい。見るからに人間と少し違う外見をしている。カメの亜人なのだろう。この世界には、そういう奴らがいる。
名前はアグ子。俺がつけた。
オープン初日に店の前に落ちていたのだ。邪魔だからその辺に捨てようと手を出したら噛まれた。アゴが強すぎて剥がせず、そのまま成り行きで一緒に生活している。
「なぁ、アグ子。なんか食うか?」
「食べる! サラダ!」
「ダメだ。子どもは肉とチーズ食え。草なんて食ってちゃデカくなれねえぞ。あんなの、胃袋が暇になった馬鹿な大人が娯楽で食うもんだ」
「えー!!」
文句を言う口にハムの塊を突っ込むと、大人しくあぐあぐ囓り始めた。この子は口元にきたものは何でも噛む。楽なもんだ。俺ってば、子育ての天才かもしれない。
カラン、とドアベルが軽い音を鳴らした。
長い銀髪をポニーテールに束ねた、勲章を幾つもつけた軍服の女が警戒しながら入ってくる。気丈そうな目つきをした美人だ。
威圧的な黒基調で緑色のラインが入った制服は、王都憲兵隊の隊服だな。憲兵隊というのは、治安維持をしている暴力的なお巡りさん集団だ。階級章から見て、現場指揮官級。
女性憲兵は店内をぐるりと見回してから、俺の顔を真っ直ぐに見つめた。
「客か? コーヒーはドレア植民領産だけだ。苦みが強く、酸味は弱い。一杯八〇〇リグだ」
「もらおう」
「見ての通り暇なもんでな、ポットも冷めきっている。少し待ってくれ」
憲兵はカウンター席に座る。背筋が真っ直ぐ伸びていて、育ちの良さを感じる。憲兵ってのは基本的に姿勢が悪けりゃ表情もナメている。チンピラもどきのくそったれ集団だ。
若いのに階級が高いってことは、親の七光りコネ入隊お嬢様かもしれない。
俺は脳内で魔法書を開くと、初級の加熱魔法を使う。指先に灯った小さな炎をアルコールランプに移すと、湯を沸かし始めた。
麻袋に入った焙煎済みの豆をミルに移し、ゴリゴリ挽く。
憲兵は頬を緩めた。
「王都憲兵隊の副隊長、シルヴィアです。店に入ったときにはコーヒーの香りがしなかったもので、不安に感じましたが……挽けば良い香りがしますね」
「俺はラークだ。わかるか」
「ええ、よく選ばれた豆です」
俺は頷いた。
――こいつ、通だ。危ない。俺はなんも分かんねぇのに。
オープンの一週間前に、適当な喫茶店に入ってマスターのジジイに金を積んで教わっただけだ。
「コーヒーは良く飲むのか?」
粉を不織布の袋に入れてポットに詰める。ゆっくりと湯を注いだ。
「ええ、まあ。最近は亜人絡みの犯罪が多いのもあって、所在の確認で外回りが多いものですから。休憩がてら喫茶店に入っているうちに、ハマってしまって」
「おーん、亜人絡みね。うちにも一人いるぞ」
俺は足下でハムを食べ終わったアグ子の前に左手を伸ばした。即座にガブりと噛み付いてくる。そのままカウンターの上に引っ張り上げた。アグ子の一本釣りである。
「ほれ」
「この子は……ッ!? 何をしているんですか!? 手を失いますよ!?」
アグ子を見た途端、シルヴィアは血相を変えた。
「いや、全然平気だが?」
「えぇ……?」
ぷらぷら揺すると、アグ子は楽しそうに喉の奥で笑う。おっさんの手、美味いか?
「その子、この辺りに住んでいると情報のあった、カミツキガメの亜人のはずです。生まれながらに『水流操作』『鉄壁』そして……『咬合破壊』の上級魔法書を所有しているはず。鉄板すら容易く食い千切る、危険指定種の亜人ですよ……」
俺はアグ子の顔を覗き込んだ。何も考えていない、無邪気な顔してらぁ。
「ま、力加減が上手いんだろ」
「なんて適当な……」
シルヴィアは呆れた顔をした。
カップにコーヒーを注ぎ、ソーサーに載せて差し出す。シルヴィアはゆっくりと香りを楽しんでから、一口含んだ。
「うん、不味い」
「だろうな」
シルヴィアは首を傾げて訊ねる。
「失礼を承知で訊きますが、どうして喫茶店の開業を……?」
「あぁ、それは……」
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