第4話 「勇者、初めて剣を握る(撮影用)」
魔王城でのピザパーティーから二週間が経った頃、王都に激震が走った。
「陛下! 大変です!」
大臣が血相を変えて王の前に現れた。
「何事だ?」
「グランディア王国議会から、緊急通達が!」
大臣が震える手で羊皮紙を広げた。
『勇者パーティー活動状況について最終通告
召喚から一ヶ月が経過したが、魔王討伐の実績が皆無である。
このまま成果が上がらない場合、以下の措置を講じる。
勇者パーティーへの生活補償費(通称:ニート補助金)の全面カット
王都での居住権剥奪
強制的に元の世界への送還
期限:本通達から48時間以内』
王の顔が青ざめた。
「ニート補助金カット……」
実は、勇者パーティーには召喚者として生活保障が支給されていた。彼らが何不自由なく引きこもり生活を送れているのは、この補助金のおかげだった。
「すぐに彼らを呼べ!」
一時間後、王の前に集まった勇者パーティー。しかし、全員の顔色が悪い。
「聞きましたよ、補助金カットって」ライガが珍しく深刻な顔をしていた。「マジですか?」
「補助金なくなったら、課金できなくなります」
「課金……」王が呟いた。
「あー、これヤバくない?」リリも焦っていた。「撮影機材のローンもあるし」
「プロテイン代も馬鹿にならないんですよね」ゴンが困った顔をする。「筋肉に投資できなくなる」
「フォロワーさんとのオフ会費用も……」ミリアが青ざめている。
王は彼らの反応を見て、少し希望を感じた。
「つまり、皆さんも困るということですね?」
「そりゃ困りますよ」ライガが即答した。「金なかったら生きていけないじゃないですか」
「だったら――」
「でも戦闘はムリです」
王の希望は即座に打ち砕かれた。
「ムリって……でも補助金が……」
「うーん」ライガが考え込んだ。「じゃあ、戦ってるフリはできますよ」
「戦ってるフリ?」
「そうです。撮影用に戦闘シーンを演出するんです」リリが提案する。「SNS映えする戦闘動画作って、それを実績として提出すれば」
王は困惑した。
「でも、それは偽装では……」
「偽装じゃないですよ」ミリアが優しく微笑む。「演出です。現代では、見せ方も大切なんです」
「見せ方……」
ゴンが筋肉を flexing した。
「筋肉だって、見せ方次第で実力以上に強そうに見えるんです。それと同じです」
王は頭を抱えた。しかし、他に選択肢はない。
「分かりました……では、演出でもいいので、戦闘の様子を……」
「よし、じゃあ明日やりますか」ライガが立ち上がった。「しゃーねえ、ちょっとログアウトしてくるわ」
「ログアウト?」
「ゲームから離れるってことです。現実で活動します」
王は驚いた。ライガが自分からゲームを止めると言ったのは、召喚されて初めてだった。
翌日、勇者パーティーは久々に「冒険者らしい」格好で現れた。
ライガは初めて勇者の剣を手に取っていた。ただし、まだ鞘から抜いてはいない。
「重いっスね、これ」
「それが勇者の剣です」王が感慨深そうに言った。
リリも魔法使いのローブを着ていたが、中にはいつものワンピースを着込んでいる。杖も持ってはいるが、明らかに撮影用のポーズ。
「この杖、どうやって使うんですか?」
「え……魔法使いなのに知らないのですか?」
「SNS用の光る魔法しか使ったことないんで」
ゴンは相変わらずタンクトップだが、一応武器らしきものを持っていた。ダンベルを改造したハンマーのような何か。
「筋肉があれば、武器は何でもいいんです」
ミリアだけは聖女らしい装いだったが、手にはスマートフォンを握りしめている。
「皆さん、配信の準備はOKですか?」
「配信……」王が呟いた。
「はい。戦闘の様子を生配信します。そうすれば、リアルタイムで実績を証明できますから」
王は諦めた。
「では、魔王城に向かいましょう」
「歩いて5分ですからね」ライガが軽く言った。「散歩がてら」
魔王城に向かう途中、リリが撮影の指示を出していた。
「ライガ、もうちょっと勇者っぽく歩いて」
「勇者っぽく?」
「背筋伸ばして、キリッとした表情で」
「こう?」
ライガが不慣れな様子で勇者らしいポーズを取る。
「ゴンさんは筋肉アピールしながら」
「これはいつものことです」
ゴンが歩きながら筋肉ポーズを決める。
「ミリア、もうちょっと神々しく」
「神々しく……こんな感じですか?」
ミリアが清楚な微笑みを浮かべる。ただし、スマートフォンは手放さない。
魔王城に到着すると、魔王ゼファルが出迎えた。今日はなぜかエプロンを着けている。
「おお、勇者パーティー。今日は討伐に来たのか?」
「あー、まあそんなところです」ライガが曖昧に答える。
「実は撮影なんです」リリが正直に説明する。「戦闘シーンを演出したいので、協力してもらえますか?」
ゼファルは困惑した。
「演出?」
「はい。お互いに手を抜きつつ、それっぽく戦う感じで」
「手を抜きつつ……」
ゼファルは苦笑いした。
「まあ、近所付き合いも大切だからな。協力しよう」
「ありがとうございます!」
こうして、史上最も茶番な魔王討伐戦が始まった。
「では、始めましょうか」リリが撮影を開始する。「アクション!」
ライガがようやく剣を抜いた。人生初の抜刀である。
「えーっと……魔王ゼファル! 今日こそ倒す!」
「うむ、来い勇者よ!」ゼファルも演技に付き合う。
しかし、ライガの剣捌きは完全に素人だった。
「あれ、どうやって振るんだっけ」
「こう、縦に振り下ろすんですよ」ゼファルがアドバイスする。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
なんと魔王が勇者に剣の使い方を教えている。
リリは魔法を使おうとしたが、SNS用の光る魔法しか知らない。
「えーっと、ファイアボール!」
杖から出たのは、インスタ映えする虹色の光だった。
「それ、ファイアボールじゃなくて電飾ですね」ゼファルが指摘する。
「あー、バレました?」
「完全にバレてます」
ゴンは筋肉を見せつけながら、ダンベルハンマーを振り回していた。
「筋肉パワー!」
「おお、なかなかいい筋肉だ」ゼファルが感心する。「ジムはどこに通ってるんだ?」
「王都のフィットネスクラブです。魔王様もどうですか?」
「検討してみよう」
戦闘中に筋トレ談義が始まった。
ミリアは一人で配信を続けていた。
「皆さん、見てください! これが勇者パーティーの実力です!」
コメントが流れる。
『これ、本当に戦ってるの?』
『なんか和やかじゃない?』
『魔王優しそう』
『筋肉の話してる場合じゃないでしょ』
「あー、バレてますね」ミリアが苦笑いする。
「どうします?」リリが撮影を中断する。
「もうちょっと本格的にやった方がいいかも」ライガが提案する。
「本格的って言っても……」
その時、ゼファルが良いアイデアを思いついた。
「そうだ、魔法で演出を加えてみよう」
ゼファルが杖を振ると、辺りに煙が立ち込めた。
「おお、それっぽくなりました」
「音響効果も付けよう」
雷鳴のような音が響く。
「すごい! 本格的な戦闘に見えます」リリが興奮する。
「では、再開しましょう」
煙の中で、四人は適当に武器を振り回した。実際には誰も傷ついていないが、演出効果で本格的な戦闘に見える。
「うおおお!」ライガが叫ぶ。
「魔法攻撃!」リリが電飾を放つ。
「筋肉パワー全開!」ゴンがポーズを決める。
「聖なる光よ!」ミリアがスマートフォンのライトを点ける。
ゼファルも演技に熱が入ってきた。
「ぐぬぬ……勇者パーティーめ、なかなかやるな!」
煙が晴れると、全員が適度に疲れた演技をしていた。
「はあはあ……やったぞ、魔王を追い詰めた!」ライガが演技する。
「まだだ! 魔王の本気はこれからだ!」ゼファルも負けじと演技する。
「皆さん、見てください! 白熱した戦いです!」ミリアが実況する。
配信のコメントも盛り上がっていた。
『すごい戦闘だ!』
『勇者パーティー強い!』
『魔王も強そう』
『ハリウッド映画みたい』
「おお、コメントの反応がいいですね」ミリアが嬉しそうに報告する。
「じゃあ、そろそろクライマックスにしましょうか」リリが提案する。
「どうやって終わらせます?」ライガが聞く。
「とりあえず、魔王に撤退してもらいましょう」
「分かった」ゼファルが頷く。「では、今日のところは退散してやる! だが次は覚悟しろ!」
「待て、魔王!」ライガが追いかけるフリをする。
ゼファルは魔王城の中に逃げ込んだ。
「やったー! 魔王を撤退させました!」ミリアが勝利宣言する。
配信のコメントが祝福ムードになった。
『勝利おめでとう!』
『さすが勇者パーティー!』
『次回も楽しみ!』
『続きはいつですか?』
撮影が終わると、ゼファルが戻ってきた。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」勇者パーティーも答える。
「演技、どうでした?」リリが確認する。
「なかなか良かったと思います。特に煙の演出が効果的でした」
「ありがとうございます」
ライガが剣を鞘に収めた。
「意外と疲れるもんですね、演技って」
「筋肉痛になりそうです」ゴンがストレッチを始める。
「でも、いい素材が撮れました」リリが満足そうに言う。
「フォロワーさんたちも大喜びでした」ミリアも嬉しそうだ。
王都に戻ると、王が心配そうに待っていた。
「皆さん! 無事でしたか? 戦闘の結果は?」
「魔王を撤退させました」ライガが報告する。
「本当ですか!」王が歓喜する。
「はい。動画も撮影したので、証拠もあります」リリがスマートフォンを見せる。
動画には、確かに勇者パーティーが魔王と戦い、撤退させる様子が映っていた。煙の演出効果もあって、かなり本格的に見える。
「素晴らしい! これなら議会も納得するでしょう」
王は安堵した。
「配信も大成功でした」ミリアが報告する。「視聴者数、過去最高を記録しました」
「それは良かった」
「SNSでも話題になってます」リリが付け加える。「#勇者パーティー本気 がトレンド入りしました」
王は満足そうに頷いた。
「では、補助金の件も解決ですね」
「はい、これで安心して引きこもれます」ライガが安堵する。
「引きこもれます……」王が呟いた。
その夜、議会に戦闘動画が提出された。議員たちは動画を見て感心した。
「なかなか迫力のある戦闘ですね」
「勇者パーティー、本気を出せばやるじゃないですか」
「魔王も手強そうです」
「継続して支援する価値がありそうです」
こうして、勇者パーティーの補助金は継続決定となった。
翌日、ゼファルから手紙が届いた。
『昨日は撮影協力ありがとうございました。また何かあれば、いつでも協力します。今度はもっと凝った演出を考えてみましょう。魔王ゼファル』
「魔王様、いい人ですね」ミリアが微笑む。
「また撮影企画やりたいですね」リリが提案する。
「次は筋トレ対決企画はどうですか?」ゴンがアイデアを出す。
「面白そう」ライガも興味を示した。
王は複雑な気持ちだった。確かに平和は保たれているし、国民も満足している。しかし、これが本当の勇者活動と言えるのだろうか。
しかし、結果が全てだ。平和で、皆が幸せなら、それでいいのかもしれない。
こうして、演出による魔王討伐は大成功に終わった。
勇者は戦わず、魔王は協力的で、国民は娯楽を得た。
これが現代の平和維持活動なのかもしれない。
真実か演出かは、もはや重要ではなかった。
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