弔問訪問中肝試し遂行中

美郷操

心霊スポット

「お前らは夏休み何をしたんだい?」

 担任の岩崎は、受け持った教え子に問う。夏休みが明け、誰もが太陽に長期休暇を要請したくなる暑気が我々人類宛てに、鬱屈とした空気の即日お届けされるのは皆気が滅入る。特に人生の経験が浅い学生にはたとえ天候1つが理由で学勉を怠ける言い訳へと繋げていく怠惰な子だっているもんだ。何より立っているだけでゲッソリしそうな空気の中にいるのは岩崎自身がしんどい。

 その光景に明は、机に腕を乗せ、いかにも「私はちゃらんぽらんな男です」と言わんばかりにいい加減な態度をとる。

 やれキャンプにいったとか、やれ盆に墓参りへいったとか、やれ友達と隣町へ遊びに行きました……なんて耳に流れてくる凡々とした中身は聞きたくなかった。そんな定型文をニコヤカに聞きたくはなかった。明はもっと、べらぼうで、でたらめで、鼓膜が体から離れて聞き入っちゃうほどの話を聞きたかった。それは彼自身が唯一無二の人生を歩みたいという漠然とした夢物語を抱いているからに他ならないし、そんな思いを抱きながら結局テンプレートでなぞったような人生を送っていることとの衝突でもある。

 自己の幻想からひっぺがされそうだから聞くのがヤなのだ。なんだか不明瞭な憂鬱に対してメスを入れられるような苦しさはこりごり。そうしてその事実に対し適当に切り上げてボケーっとしておくことにしたのだ。明が行っていることはただ目を逸らしているだけなのだが、どこか楽観的で頭の中で運動会を開いている仕草はいうほど悪い気分じゃない。今日もこんな空洞の1日を送るのだと思っていた。

「俺達からも1ついいか?」

 月並みの返答という名の海をモーゼが割った。教室での発言権は誰の有無を言わず発声をした彼に移る。それは、この安藤という生徒の人柄と人望を場の同胞全員が認めていることに他ならない。

 明は彼がわざわざ皆の言葉を割ってまで伝えようとしている事象に対し、ほんのりと期待をした。同時に、新聞の4コマ程度の話をしようものなら安藤の肛門を裂いてやるぐらいの行為は辞さないつもりでいる。

 安藤は咳払い1つして言葉を積み立て始めた。

「この天気に適切すぎる、肌が粟立つ話題だ。まず、俺と石川と宮原の三人でな、肝試しをしようという話になったんだよ。映画の帰り道かな。ホラーっていうか……」

「スプラッターで、スリラー映画でもあったな。その映画が心霊スポットを題材にしてたって訳だ」

 安藤があまりにも考えなしで語るものだから、つい言葉につまったところを石川がフォローする。実際そこまで気の利いたパスをできているのかは判断しがたいが、安藤はこれに感謝しているので良しというなんだろう。

「お、サンクスね。それで、俺達も怖いもの見たさでこの付近にあるか調べたわけ、心霊スポットを。そしたらあったんだよ廃家が1つさ」

 話の流れからして映画の帰路から直接廃家へ行ったのだろう。たかが一介の学生である3バカがすぐに家の管理者へ許可を取れる手腕があるとは思えないし、そもそも事前に許可を取りにいく肝試しなんて存在が信じがたい。法に詳しくはないが彼らが行った行為は間違いなく刑罰ものだろう。最も、先生が話に割り込まない限り誰も口にはしないし先生自体苦言を示す素振りは見せぬ。

「読者が体験した心霊系の類をまとめてるブログがあって、そこに1つさ。乗ってたわけね」

 安藤の言葉に続き宮原が補足、というより蛇足を被せてくる。聞き手の明にとってはそんな情報はどうでもいいのでさっさと本筋へ戻ってくれないのかとつい思考から嫌味が出てしまう。安藤は話題を切り替えるため「そう」とだけ返し話を続ける。

「そこからがすっごいのよ。録画してるからそれ見て欲しいんだけど……センセ、今だけプロジェクタ私用させてくださいな」

 岩崎は教員として指導する立場より、自分が楽しければいい利己的な大人だ。社会のモラルから外れない限りはそのような行為に黙認をする。それを理解しているからこそ安藤等は録画画面を流したいとわざわざ口に出す。

「別に構わんよ。センセはね」

「どうも」

 案の定容認した岩崎の言葉に対し「でしょうね」といわんばかりに返す安藤を尻目に、石川は黒板の機械箱を起こしに身を運ぶ。

「先に警告はしておくがよ、この動画、並みじゃないから閲覧注意よ」

 不法侵入をする割に他社への配慮はあるようだ。

 ミカンの皮をむくようにプロジェクタの電源に手をかけ、続けて手元からスマートフォンを覗かせて学校の備品のUSBケーブルを差し込む。すると黒板に映る、スマホの再生画面。その工程を眺めてばかりだった安藤がひやりとした笑みを浮かべて今一度語りを入れる。

「怖くなったら伏せてもらって構わない。1つだけいうと、俺達の見たことは現実でこの映像は真実だ。ええ」

 それを横目にスマホの画面に指を浮かばせて今か今かと焦っている石川の姿は、蛇口を捻られたかの如く急に脂汗を滴らせている。やたら不安を煽られて明は急に不安になった。もしかしたら呪いのビデオをクラスメイト全員に見せるテロ行為を働くかもしれないと間抜けな想像をし、勘ぐってしまう。

 そうこうしているうちに3バカがより期待を煽るよう、カウントダウンをし始めた。あるものは期待を抱き、あるものはバカバカしく思い、あるものは怯え縮こまる。明はその全てをハンドミキサーでぐちゃぐちゃに混ぜてブチ撒いた、乱雑な心情が喉元から垂らさないように顔が強張る。

3

2

1

 再生ボタンが押された瞬間からこの学校において、この場、この時間だけは映画館であった。スクリーンに彼ら力作のドキュメント作品が露わになる。

 動画の初っ端から安藤と既視感アリアリの玄関がドンと映され、明は思案する。どこにでもありそうなドアに、何故心を持っていかれてるのか。彼がどう思おうが動画は流れていく。観客に作品のリモコン操作権はないし、周囲の邪魔にならないように機微を伏す。

「何?今録画したのか?」

「悪いな。俺は無駄なことがキライなんだ」

 画面の中で安藤の問いに石川が返事をしている。二人の音量を耳で比較し、撮影をしているのは石川のほうだなと一人分析。

「ところで開くのかよ」

「どうやらお化けのオジキはうっかりさんのようだぜ」

 宮原の当然の疑問に対し、これまた石川が返す。今まで安藤が出ずっぱりだったからわからなかったが、もしかしてズッコケ3人組の大将は石川の方なのかもしれない。

 ノーモーション、何を感じることもなくドアレバーに安藤が手をかけ力強く押す。正直、友達の家に上がるより遠慮がない様にドン引きする明。

「おじゃましまーす」

 軽快なステップで扉開き、土足で廊下へ歩きだす。その廊下は懐中電灯の光に照らされ、規則的に伸びる傷を露わにした。これが心霊スポットたるゆえんなのだろうか。

「それでどうする」

「手分けして回るか」

「カメラを持ってるのか?」

「やな時は合流しようか」

「うさんくさく見えるぞ」

 石川と安藤がそれぞれ一方的な会話をする。そのはずなのに完璧に会話が成立しているとみていいだろう。それぞれ運ぶ足の先が異なる。

「んじゃあ俺は2階ね」

 それまで傾聴していただけの宮原が会話に割り込む。

「宮原!2階は大取だぞ?」

「入れ替わり立ち代わりローテーションで皆グルっと回れば恨みっこなしだぜ」

「なるほどな……皆、一人何かあれば絶対全員でそこ集うぞ!」

 石川、宮原、安藤が会話しあい、方針が決まったようだ。決めるにしては流石に土壇場すぎることに突っ込みたくなるが、仲の良さが見えて結構。

 そうしてカメラマン兼任の石川が廊下から1つ左の部屋へ、安藤が廊下をまっすぐ突っ切り、宮原が階段から傍の2階へ上がっていった。

 明は、この間取りを見れば見るほど既視感に見舞われる。そういうオカルト系番組ばっかり視聴する時期があったので、もしかしたらこの家を取り上げたものがあってそれをたまたま見たのかもしれない。しかしたかがそれ如き、トイレットペーパー程度の薄さでは感じない家に対してのシンパシーがある。だがこの男にとってそこまでを思わせるものがわからない。だから気味が悪いのだ。

 そんな明の思考に画面の石川の声が混じりあい、阻害され、考えても仕方がないと割り切ることにした。引き続きスクリーンに注目する。

 カメラが見せた世界は、見た者をぎゃふんと言わせたいがためにコレクションしただけだろと物申したくなる壁一面どころか三面が埋め尽くされる圧倒的本棚。特に横山光輝の三国志が全巻そろっているのは所有者の気質を感じる。学校の図書館以外で見たことがない。

「遺品として処理されてないのか。引き取り手がいないのか、遺族に愛想でもつかされたのかい」

 カメラ越しからの震える声を聴き明はハッとした。たしかに、ここまで本が詰まっていたら引き取りにしろ、廃棄にしろ、相当の手間がかかるだろうとは遺品整理の経験がない鼻たれ小僧でも推測できる。だがそれでも放置はおかしい。

「こりゃ、訳ありだな」

 ここの家主は本だらけの人生を歩んだのだろう。本に魂を憑かれてしまい孤独という喪服に袖を通したのだろうか。はたまた活字大航海世界へ船を浮かべ、その道の黄金郷ジバンクへたどり着いたのだろうか。無論、明のような思春期ど真ん中、男坂をがむしゃらに駆け上がってるだけの男に真実はわかるまい。

 石川も同様の意思を持ったのか、懐中電灯で棚を照らす。小説は江戸川乱歩や芥川龍之介のような往年のレジェンドから、東野圭吾や村上春樹のような現役バリバリ作家、漫画家は手塚治虫や鳥山明といった誰もが一度は接点を持つスターから、丸尾末広のような局所的人気をもつ傑物、数は少ないが谷川流などのライトノベルもある。

「へッ……これじゃハイエナと同じだ。」

 そういいながらも声色にはコレクションへの関心が染み出ている。

 石川は本を適当に一冊抜き、パラ、パラと丁寧にめくり、やがてバラララッとページを走らせ最後のページまでたどり着いたとき、本を帰るべき場所へ戻した。

「蔵書印はつけてないのか。こんなにコレクションする人物ならあってもおかしくはないが」

 蔵書印。その本が誰の所有してるものか明記するためのハンコ。たしかにここまでの本狂いならそこまでしていても不思議ではない、というよりしていないともやもやしてしまう。無論その感想は明の勝手だ。偏見だ。

「うおおお」

 突如絶叫が聞こえてきた。石川のものではない、もっと空間の奥から流れてくるものだ。

「どうした、安藤!」

 声に呼応してドタドタと奥へ向かう一同。部屋を抜けて通路を突っ切り、半端な開き方をしている引き戸を勢い任せに全開させる。そこにはお手本のようなしりもちをつく安藤がいる。

「あの隅っこ。隅を見ぃ」

 安藤が震えた声で恐怖を共有させようと2人に伝える。宮原は懐中電灯であの隅とやらを照らす。しかしそこには確かに他よりも極端に黒ずんでいたが、特別恐ろしいものがいたわけではなかった。

「どうした。驚いてみせるだけならお使い小僧でもできるぜ」

 石川が半笑いで告げる。それはスクリーン越しの明も同じ思いだ。自分にだけ変なものが見えた聞こえたで騒いでいてもそれで怪異があったか証明はできない。そりゃあそうだ。遭遇したというのはそいつだけだもの。いってしまえば証拠がいらないので演技でビビッて叫べばそれで済んでしまう。だから嘘くさく、人から注目を簡単に浴びることができる楽な手段としてテレビや動画サイトでよく使われる。特撮ヒーローが毎度変身するように、あるいはオリンピックの開会で聖火リレーをするようにもはや心霊探訪における常套句。さすがにそこまでいくと誇張だが、明はそのように捉えている。

 しかし、ヘタレきった安藤をカメラが画角めいいっぱいに写されるのを見てしまうと、どうも嘘とは捉えられない。普段の大きく開いた目とは異なるその細まった瞼を見ると海の底より深い恐怖を味わっているように明の脳髄は捉えた。むしろ教室の観客達は事故現場をすぐそばで見てしまったような緊迫感さえ感じてしまう。クラスメイト達は3馬鹿に少なからず「なんてものを共有させやがったんだ」と気が立ってくる。

「そんなに床が愛しいか。どれ、肩いるかい?」

 石川が茶化しながらも肩を押し貸しし、宮原は力失せた安藤を言葉なく持ち上げる。

 安藤の開口一言目は、隅にある恐怖の説明ではなく感謝を伝えることだった。

「こりゃ、申しわけが立たないぜ。ありがとよ」

「申しわけの前に足を立たせないと、様にならないんだな」

 宮原が即座に言葉を返し、空気は重苦しさを削いでいく。

 カメラマンは冷静にこの部屋周囲を懐中電灯で見渡す。扉から右手には仕切りなく直接行き来できる台所があり、部屋の中央にテーブル、詳しくは映らなかったが左端にはテレビらしき形がある。明は恐怖した。心霊スポットのくせに何かと不思議な親近感を覚えてならないことにだ。この部屋の生活感が褪せていないことからだろうか、わからなかった。

「おまえさん、何を覗いちまったんだ?あのばっちい部屋の隅に何がいたと?」

 石川はそのまま流されていきそうだった疑問を安藤めがけて投げつける。安藤は避けることなくキャッチする。その声色は下がっている。

「まず俺はこの部屋に入って、真っ先に瞳へ入ったテーブルを見たの。何っの変哲のないただのテーブルよ。でもこのスケスケのテーブルマットの下、一文入ってる」

 その言葉に合わせてカメラはテーブルに向かう。安藤の言う通り、確かにテーブルマットの下に文字が入った用紙がある。それにしても、心霊現象にあっておきながら流暢に喋る彼の鋼の心には感心する。はたまたヤラセか。

「シルバー川柳のネタとかじゃないのか」

「宮原、お前の目はこれが五七五に見えるのか?ええ」

「自由律かもしれないだろ?」

 宮原と安藤の至極無駄なやりとりをよそにカメラは用紙へとピントを合わせる。

「その文を読んで体を動かしたときに、俺は見た。黒くモジャモジャとした塊が隅にひっついているのを。そして、それは自転をし始めて徐々に青白い部分が見えたんだ。顔だ。のっぺりとした顔が俺の方へ向いて、干し柿のようにクシャリとなったんだ!」

 先の光景を思い出したか、その声が震えあがってきて彼の余裕はなくなってくる。

「それは、その紙っ切れを読んでから現れたのか?」

「おそらくはそうだ。こいつは、ヤバい」

 この言葉から、だんだんと石川にも焦りが生じる。

「……それで、どうする」

「読まないのか。コレ」

 石川の逃避を貰おうとする言葉に宮原が返す。欲しかった返答を得られずに石川はあからさまに落胆してみせる。

「ま、皆で読んだ方が怖くはねぇな?」

 割と呑気している宮原に二人は恐怖を通り越して呆れた表情を見せる。が、その言葉を期にどこか勇気づけられているのも見て取れた。傍から見ている明は正直アホくさいと思ったものの、全ては既に終わったものなので一方的に見届ける他ない。

「よし!心を合わせて読むぞ」

「信じるぜ」

「いわれるまでもねぇ」

 3人は意気揚々となり、円陣を組みだした。

――こいつらは肝試しに行ってるんだよな……?

 明は困惑してしまう。肝試しの動画を見ているはずなのに、なんでスポ根みたいなノリになっているのだろうと。ただ、このテンション自体はキライではない。それに、この流れは張り詰めた教室の空気をも緩和させている。これがなんやかんや彼らに人望が募る理由なのだろうと明は一人納得した。

 画面の彼らは合図といわんばかり同時に息を吸う。1㏄の狂いもなく均等なのではないかと思わせる三位一体を見せられ明はまずそこに驚愕してしまう。そこから彼ら独自に共有してるワンテンポを取り、文章を発する。

 

 関心は引き寄ってくるもの。

 熱さえ帯びれば降ってくる。

 

 恩恵は繋がってくるもの。

 手を重ね合わせば回ってくる。

 

 なら井戸の中の蛙は、幸福です。

 何も知らずにいられるのだから。

 何も妥協する必要さえないのだから。


 特段、大した意義もなさそうな詩だ。明には何か深い意味がありそうな言葉を継ぎ接ぎしただけのひどいメドレーのように思えた。

 どちらかというとこの吟遊詩人を気取った思春期が書いたような訳の分からない文より、何故この詩を書いた用紙がこの家の、机にあるのか。焦点はそこだろう。あれだけの本を置いている家主が書くような文なのだろうか?どちらかといえば、心霊スポットとして紹介されてたらしいので侵入してきた誰かが面白がっておいたとされる方が、らしさはある。

「やっぱりシルバー川柳じゃないのか?」

「バッカでお前……川柳と詩の区別もつかないのか」

 宮原とすっかり余裕を取り戻した安藤が掛け合う。心霊物件探訪というスリルに、普段の日常を貼り付けたような光景はなんだか明にとって憧れのように見えた。

 その光景に教室でも、気を緩ませていく同志がチラホラと姿を現す。しかしその雰囲気が長続きすることは許されなかった。

ジャキ……

 家の中からラップ音が聞こえ、途端に動揺を見せる三バカ。せっかくほぐれた態度を崩して一気に身を寄せて警戒に入る。今位置する部屋と、そこから仕切りが設けられず隣接した部屋とを、一人一人が死角を絶やさぬように向かい合わせに背を合わせる。

ジャキ……ジャキ……

 ラップ音が増していき、それに従うように3人の息が荒くなっていく。少しでも恐怖を軽減しようと隊形を崩さぬよう回転し始めるが、だからといって廊下には何か曰くのヤツがいるのかもしれず、画面いっぱいに年相応の男性達がその場をただ回る滑稽音頭が繰り広げられた。

ジャキ……ジャキ……ジャキ……

 ラップ音は明らかにこちらを目指している。ふと誰かの脂汗がレンズにかかったようだが、皆それどころではなかった。大粒の雫が垂れるのを覗く身としては、他人事ながらカメラから極間近の距離に何かがいることを、恐れる反面歓迎する気持ちも備えていた。どうも人間にはスリルを好む癖があることを改めて理解できた。

 この教室の誰もがその部屋の扉に注意を払っていた。それはカメラマン石川も同じこと。ここまできて役割を投げ出さず全うしているのにはどうも感服してしまう。しかし、身構えているときには思考していた展開はこないものだ。映画は観客の期待を裏切ってくれるものだ。

「……!?」

 いち早くラップ音の主を瞳に写したのは宮原であった。彼は己の気づきに声を少し漏らして、二人はそれにつられて宮原の視線と標的を重ねる。

 宮原は隣の部屋を見ていた。キッチンの壁から、人型の姿が流れゆく。その横姿は美しくもどこか憎たらしい、小娘に見える。人形しか着ないだろう黒に深い青のゴシックドレスはこの家の雰囲気を考えたことあるのかと突っ込みたくなる。まったくコイツは何を思って幽霊やってんだと心の冷えた部分が感じる。そもそも幽霊かどうかはまだ確定していないのに、だ。

 予想だにしなかったお出迎えに対し、その場の三人はもちろん、明、ましてや教室全体が素っ頓狂な間抜けズラをご披露。全く、拍子抜けな迎えに三人衆があんぐりと口を開けている様子がクラスメイトに堂々披露されてさぞかし恥ずかしいと後悔しただろうなどと明は一周回って冷静に分析をする。だが映像の中はそこで終わるわけではなかった。

ジャキ……ジャキ……ジャキ……ジャキ……

 音は鳴り終えず、一定のテンポを刻み続ける。画面の中で幽霊らしき影が動きはしない。だが、絶対音は鳴っているのだ。この異音に気づいた三人組は、顔を険しくする。

 そいつは動いた。といってもややこちらに体の向きを変えた程度だが、それが威嚇なのだとしたら十分すぎる効果持ちだ。画面内外問わず悲鳴が上がる。

ジャキ……ジャキ……ジャキ……ジャキ……ジャキ……

「アッ!?」

 その異音が響く中、その原因を石川は理解してしまった。他の二人は一瞬石川へ顔を向けて、その視線の先を見つめる。

 やつは鉈を持っている。刃渡り60センチほどある鉈をフローリングに突きつけては、抜いて、また突きつけて……

 その刃は気づけば3人へ向けられていた。

「ウワアアアアアアアアッ」

 3人は絶叫し廊下へ出た。気づけば教室内でも悲鳴があちらこちらで飛んでいき、いつの間にか声は混じりあってぶちまけられていた。

 中には、案外何事も障害もなく玄関から飛び出し家から脱出する安藤等に安堵の息を上げるものもいた。いつの間にか、自分を置き換えて考えてしまったのだろう。それほどの迫力は確かにあった。

 あの女の足音は聞こえない。追ってくる気もないのだろうか。そもそも、本当に幽霊か?そんな疑問を明は抱かずにはいられなかった。でも、次の瞬間にはそんな事、どうでもよくなった。

 

 ここ……おばあちゃん家か……?

 最後にカメラが映した家の全体を見て明は絶句した。

 今まで胸でつっかかっていた既視感は、この家を実際に知っていたからだ。思えば、石川が面倒くさがっていきなり玄関前から撮影をしたのではっきりと全体像はわからなかったのだが、まさか身内の家が心霊スポットになっていたこと、その家に未知の何かがいるということ、そしてその心霊スポットという印象1つで何も気づけなかったことは明の心理を大きく揺さぶった。

「こんなもの見せてしまって、悪かったな。すまん」

「俺達は一応お払いしてもらったぜ。ビデオも、危険はないんだとよ」

「いや……それにしても結局アレなんだったんだ……?」

 過ぎ去ったことに対して繰り返すアフタートークには到底耳が届かなかった。明にとっておばあちゃん家が心霊スポットなのは現在進行形なのだ。彼の心は、どくどくと流れた手汗の触感や激しく脈打つ鼓動さえも切り離されたものであった。

 結局、この授業には最後まで口をだせなかった。

 

 明は自室から愛用しているバックを持ち出し、適当に菓子と水筒、それと食卓から塩を少々拝借して、最後に学校からの帰路で購入した金属バットを開封し手に取る。

「別に野球もしないのになけなしの小遣いで買ったんだ。これさえありゃあ、毛玉干し柿もゴス女も叩き潰せるさ」

 彼はたしかに、あの家に恐怖した。だが、普遍的でひねくれた人生ともオサラバできると思うと、どうしても行きたくなった。心霊スポットにだ。

 支度をしている最中、母は彼の野蛮な行為をしようと画策していることに気づかず、普段動揺、世間話を振る。

「シローちゃん最近ここらに引っ越してきたんだって。アンタ出かけるなら挨拶しに寄りな」

 シロー……一瞬訳が分からずにポカンとしたがすぐ思い出す。

「ああ……いたね。従兄弟の」

「なんでも小説家志望でがんばってるんだって。アンタとは大違いね」

「なにをー!俺だって頑張ってるんだぜ、そりゃないよ」

 シローなんて苗字由来のあだ名であって実際性別すらパッとしなかった記憶がある。便宜上とりあえず従兄弟の方として脳内保管してたからそう扱うだけだ。シローのことを思い出そうとして色々記憶を巡り合わせると、彼とあった記憶があるのもことごとくおばあちゃん家だった。

 ――顔も本名も忘れたような人だが、寄ってみるのも悪くないか。

 ここで思い出したが運の縁だか、運の尽きだか。荷物の準備を終えて、今、明の退屈しのぎが動き出そうとしていた。

「いってきます」

 明は、玄関から出ると鼻歌交じりで一本道を練り歩いていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

弔問訪問中肝試し遂行中 美郷操 @misatomisao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ