第三章 第三節  わたしのせいで

挿絵 3-3

https://kakuyomu.jp/users/unskillful/news/16818622177259572537


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“隔離された未成年の従軍映像が拡散 ネット上で波紋広がる”


“空間崩壊を引き起こすとされる謎の現象「かぐや姫」への対応に、

Λ粒子汚染の治療を目的として隔離された未成年者が投入されているのではないか。

そんな疑念が、ネット上を中心に広がっている。

発端は、先日投稿された短い映像だ。

防衛施設内とみられる場所で、未成年と見られる少女の姿が記録されており、

ソーシャルメディアや掲示板では「少年兵ではないか」といった声が相次いだ。

政府は現時点で、空間崩壊への対応に隔離された未成年が関与している事実は、認められておらず、映像の内容が事実であれば、防衛の名の下で人権が軽視されている可能性があるとの指摘も出ている。

防衛省は、当該映像の真偽を含めた調査を進めているとしており、

「現時点でのコメントは差し控える」としている。

今後の説明が待たれる。”



橘先輩の机に置かれた新聞。

活字の見出しが、目に飛び込んでくる。

“隔離された未成年の従軍映像が拡散―”

カサっと小さな音を立て、新聞が折りたたまれる。


「あ…」

「ん…。どうした?」

「…なんでもありません」


私は視線を外し、そそくさと椅子に座る。


「あの…、今回の件で、柳原さんや、彼女の家族が処罰されたりはしませんか?」


加藤君のチョーカーが首を絞める光景が思い出され、

ごくっと唾をのみ込みながら、橘先輩を見る。


「…気にするだけ無駄だと言ったはずだ」

「そうですね…」

「…。おそらく上層部も、直接的な処罰は避けたいはずだ。適合者は貴重だからな」

「…はい」


カチャっと扉を開け、柳原さんが入ってくる。

私はピクっと肩を震わせて、慌てて脇にあった本を開く。


「あの…、有瀬さん?」

「なに? どうかした?」

「いえ、なんでも…」


柳原さんが端の席に座る。

静まり返る警戒室。

沈黙が気まずい。



ウウウウウウウウウウウ!!!

突然の大きなサイレンに、心臓がはち切れそうになる。


橘先輩が柳原さんをジッとみる。

首輪の小さな電球が赤く光っている。

「行け」というサインだ。


「柳原さん。今回で二度目だよね? 大丈夫?」

「……。大丈夫です。行けます」


柳原さんは私が九州に行っている間に、一度、戦闘を経験している。

出撃の流れは大丈夫だろう。

心の心配を除いて。


「あーもう! 今度はどこだよ!?」

「遅くなりました!」


葉山先輩とミナモが入ってくる。

モニターに映し出されるZ.A.Λ観測情報。

滋賀県草津だ。


「まぁ滋賀か、近いほうだな。6人出れるならまだ、楽なんじゃね」


周りを見渡す葉山先輩。

水野先輩が駆けこんでくる。


「待たせた。状況把握はアヴァロンでやろう」

「はい」


誘導員の方に呼ばれ、アヴァロンに駆け込み、

銃器のセットアップ。

ミナモと柳原さんに目をやる。

カチャカチャと慣れた手つきで準備をしている。

私も準備を進める。

そろそろ飛び立ってもおかしくはないが、

なかなか発進の合図がかからない。

橘先輩が乗り込んでいないのだ。


「橘先輩は?」


搭乗口から顔を出し、警戒室の方を覗く。

向こうのほうで橘先輩と二藤陸佐が話している。


「おっさんどうした?」

「陸佐と話しているようです」

「はあ? 時間ねえってのに…」


葉山先輩がぶつくさと言う。


「あ? なんだ?」

「何でもねーよ!」


ほどなくして乗り込んできた橘が、葉山先輩を睨む。


「行くぞ!」


機長の合図と共に、アヴァロンが飛び立つ。



「琵琶湖の沿岸が出現予想ポイントだ。周りを囲いながらは難しい。数人が前に出る形で行く」


床へプロジェクターの光を写しながら、水野先輩が説明する。

琵琶湖のほとり。水の上に出現する予定だ。最接近は難しい。


「今回は葉山も、有瀬もいる。前後に隊形が分かれる。フォワードを俺と葉山。

橘さんはその後ろから。有瀬、河嶋、柳原は距離を維持して支援射撃だ。無理なく行こう」

「水野。柳原は、今回戦闘には参加させない」


水野先輩が静かに橘先輩を見る。

柳原さんも不安そうにしている。


「どういうことです?」

「上からの指示だ。現場到着後、現地軍に合流して、最後尾に配置する」

「わかりました。では、残りのメンバーはさっきの通りに。柳原は着地後、向こうの指示に従え」

「はい」

「おっけー」


不安そうな柳原さんが橘先輩を見る。

橘先輩は窓の外を見たまま、何も言わなかった。


現地上空から見える広い湖。

知っていなければ、海と間違えてもおかしくない。

キラキラとした青い湖面と、緑色に揺れる田畑が広がる。


”Thirty minutes”


湖から3Kmほど手前。

沿岸からいくつかの田畑を挟んだところに、展開する軍の車両。

立ち入り禁止区域を、ぐいぐいと広げているのが上空から見える。

避難民を乗せた大きなバスが出発し、走って乗り込もうとする人が静止されている。

軍の巡回のヘリが、アヴァロンと同じ高さを飛ぶ。


”On your mark”



「行くぞ!」


慣れた足取りで、田畑に近い道路へ飛び下りていく。

今回は低高度からなので、不安も大きくない。


「こっちだ!」


畑の真ん中に停まるトラックへ、先輩達が次々と乗り込む。

ミナモ、私、柳原さんと続いていく。


「お前は向こうに乗れ!」


柳原さんが軍人に制止され、立ち止まる。

少し後方に別のトラックが待機されている。


「あ…」

「柳原さん! また後でね!」

「カナタちゃん! 無事でいてね!」


立ち止まる柳原さんを置いて、私たちは琵琶湖へ向かった。


一面田んぼ道。見通しの開けた立地だ。

正面に並木道が見える。あの向こうが湖だろう。


「カナタちゃん。大丈夫かな?」

「…。うん。多分ね」

「柳原は大丈夫だ。やばいのはこっちの方だ」

「はい。そうですね」


ミナモと私に橘先輩が釘を刺す。


「カナタちゃん、なんで後方部隊なんですか?」


ミナモがすっとんきょうに橘先輩へ聞く。


「…柳原は目立ちすぎた。戦闘経験も浅い。ここで死なれちゃ上も困るのさ。だが、現場には出す。役人ども扱いに迷っているんだろう」

「うーん…そっか。収容所に戻されたり…とかします?」

「それが出来たら苦労はしない。適合者がかぐや姫と戦うことは、義務とされている」

「そうかぁ…」

「間抜けなことを言っている暇はない。持ち場だ」


”Forty minutes”


湖まで1キロメートルは離れていそうな場所へ降ろされる。


「こっちだ! 嬢ちゃん達!」


田んぼのあぜ道の中で手を振る軍人の姿、

あぜ道に沿って、大きな重火器がいくつか並んでいる。

嬢ちゃんという聞きなれない言葉に、首をかしげながらも、

手を振る方へと走っていく。

私たちを降ろしたトラックは、先輩達を乗せて進んでいった。


「よろしくお願いします。特別対応隊、有瀬です」

「特別対応隊、河嶋です!」

「ああ、私は松山だ。よろしく。河嶋さんは向こうの重機関銃へ行ってくれ」

「はい!」


ミナモは元気よく返事をして、200mほど向こうの重火器の方へ走っていく。

私の目の前の太い三脚に乗った重機関銃。長くて、巨大で、黒光りしている。

見るからに一人では運搬できなそうだ。


「松山さん、私はこれを?」

「ああ、有瀬さんが射手を、私がスポッターになる。使ったことはあるかな?」

「訓練で一度触ったきりです」

「それなら大丈夫だ。装填などはすべて私が行う。有瀬さんは撃ってくれるだけでいい」

「わかりました」

「射撃手順の復習をしよう。まずは―」


両手で二つのグリップを握る。

ズシリとした重さが手首に伝わる。

ミナモの方に目をやる。

向こうで同じように指導をもらっているらしい。

松山さんは、見るからに優しそうなおじさんだ。

あまり知らなかった援護射撃の人達。

こんな人達だったんだな。



“Fifty minutes”


「はあ、これじゃ、隠れることも出来ねーな―」


葉山先輩が湖面を見ながらぼやく。

湖沿いは幾つかの木が並ぶ芝生の公園だ。

後ろには並木通りを挟んで、広い田園地帯。

湖を挟んだ向こうには沢山のビルが見える。

空間崩壊が起きれば、あのビル群も消えてしまうだろう。


「まあ、柳原みたいな、血気盛んなお子様には困っちゃうよな。な、おっさん」

「…お前も子供みたいなもんだろう」

「俺は成人してっからさ」

「ほー」

「そろそろだ、橘さんは通りの向こうへ」

「ああ」


水野先輩の声に手を上げて、橘先輩はのそのそと後方へ下がっていく。


「いつまでたっても子供みたいなもんさ。男なんざ」


ぽつりと橘先輩がつぶやく。



“Fifty-five minutes”


「2度右に。そうだ。いいぞ」


松山さんの指示で、出現予想ポイントに銃口を合わせる。


「有瀬さんは幾つだね?」

「18です」

「そうか。私の娘も、もうすぐなんだよ。ずっと反抗期のままでね。あんまり話をしてくれないが」

「私は反抗期とか、よくわからなくて」

「…そうか。まあ知らなくても問題ない。父親からすると憎たらしいもんだからね」

「…そうなんですか」

「さあ、時間だ。構えて」

「はい」


“Fifty-seven minutes”


グリップが汗でベトつき、ぬるりとした感触。

なんだか握りにくい。

ちらっと松山さんをみる。

望遠鏡のようなスコープから目を外し、真っ直ぐに湖をみている。


“Fifty-eight minutes”


私は母の手で育てられた。父親を知らない。

父親というのは、こんな感じなのかもしれない。


“Fifty-nine minutes”


グリップに力が入る。

僅かに震える手。

銃口がぶれないように、必死に握ってみる。

強く握るほどに、震えも大きくなるように思える。


”One hour”


ばぁああああああぁぁん!!

眩しい光に一瞬、目がかすむ。


アアァーー


“Seven minutes left”


胡坐をかいた女性のような形。

腕が何本もあるような不思議な姿をした、虹色の化物。

私の体、そして私の握る大きな機関銃も、青白い光に包まれる。


「撃てー!!」


ズドドドドドドドド!!!!

松山さんの叫びに合わせて、機関銃のトリガーを引く。

すさまじい振動が両手に伝わる。

銃口からは、わずかに弧を描く、青い曲線。

発射音からわずかに遅れて、化物の胸のあたりから粒子が舞い上がる。

隣からはミナモの放った青い曲線が、腹部に当たる。


「止めー!!」


ドドド…。

言われるままにトリガーから指を離す。


「3度下げ」


言われるまま銃口を下げる。

化物の足元から、青い光が二つ飛び上がる。

二つの光に沿うように、盛大に粒子が飛び散る。

私たちは二つの光が地上へ降りるのを見守る。


「撃てー!!」


ズドドドドドドドドド!!!

機関銃から放たれる曲線は、私から離れるほどに光を失っていく。

みぞおち辺りから粒子が舞い上がる。


「止めー!!」


銃口から煙が上がる。


「ここからじゃ遠いです! 共鳴が届かない!」

「いや、大丈夫だ! 効いている! 2度右に!」

「はい!」



…ズドドド

遠くから聞こえる銃声。


…。始まった。

「出たな。君は此処から動かないように」

「はい…。」


柳原さんはトラックの荷台の上で体操座り。

体は青く光らない。

化物とはかなりの距離があるのだろう。

住宅の隙間から、小さく虹色の光体が見える。


―やめろー

―家族を戦わせるなー


遠くのほうで、ヤジのようなものが聞こえる。


「…なんだろう」


荷台から前方を覗く。

軍用車の列の向こうに、沢山の人だかりができている。


「下がってください! ここは危険区域です! 避難してください!」

「人がたくさん…、どうして…」

「住民のデモだ…。まだ空間崩壊のエリア内だぞ…。」

「そんな、こんなところで…」


前を走っていた装甲車の列が速度を落とす。


「下がってください! 避難してください! 皆さん、ここは危険です!」

「うちの家族が戦ってるかもしれないんだよ!!」

「軍は説明責任があるんじゃないのか!」

「強制徴用をやめろ!」


柳原さんを乗せたトラックも、ゆっくりと停止する。


「こ、これって」

「まずいな。君は顔を出さないで!」


怒鳴り声に、さっと頭を引っ込める。


“隔離された子供使ってるってホントなん?”

“デモする暴徒共の前で名前出すとか頭おかしいんか”

“隔離された未成年の従軍映像が拡散”


鼓動が速くなる。

はあ、はあ、と何度も息を吸う。

胸が痛い。


「そんな…。これって…。これって、私のせい?」

「ここから動かないで!」


そういって荷台から軍人達が飛び出していく。


“ここで何をしてるの? 汚染の治療? そうよね?”

“そうよね!? どうなの!?”

“家族を返せ!!!!!!!”


胸の中で責めるような声が響く。


「嘘だ…。私…。みんなに迷惑をかけて…。危険にさらして…。」


頭を抱えてうずくまる。

幾つもの銃声が遠くに聞こえる。




※ 次回 2025年7月20日 日曜日 21:00 更新予定

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