第26話 $林リラからの依頼

 メールを返信して、東動は会社を後にした。

 駅までの帰り道を歩きながら、昼食はコンビニのパンだったので、今日の夕食は何にしようかと考えていた。疲れた体に染み渡るような温かいものが食べたい気分だ。


 その時、前方から声をかけられた。「あれ、裕方ひろたか、今、会社の帰り?」


 顔を上げると、派手なスーツに身を包んだ$林リラが、にこやかにこちらへ歩いてくるのが見えた。

「本当に久しぶり!こんなところで会うなんて、奇遇やね!」と、$林はいつもの調子で明るく言った。


「ああ、お疲れ様」と、東動は少し疲れた顔で応えた。

「なんや 、まだ水曜日なのにえらい疲れた顔して」と言う$林に

「まあ、色々とね…」と、東動は苦笑いを浮かべた。

「実は最近、神戸の放送局でラジオの新番組の構成作家の仕事を始めて、昨日が初収録日だったんだ」

 と説明すると

「ああ、もち姉が言うとったやつか」


「えっ!、もち姉から何か聞いてたの?」と驚いて問い掛けると


「(漆原)ユミちゃん1人で、ラジオの新番組のパーソナリティを担当するなんて心配だし、ユミちゃんは緊張しいだから、誰か緊張しなくても良いような人が一緒にいればいいのにって言うとったから」


「なるほど… 漆原さんは緊張しやすいタイプなんだね。俺もどちらかというと緊張する方なんだけど、そう見えないのかもしれない」と、東動は少し考えてから言った。


「あんたの事なんか誰も聞いてへんわ」とツッコまれ、

「だから、裕方、ウチがあんたを推薦してあげたんやで」

「えっ、もち姉じゃなくて、$林が推薦してくれたの?」と、東動は目を丸くして尋ねた。

 それは全く予想していなかった展開だった。


 人通りの多い道で、$林がやけに通る声で話してかけてくるから、通りすぎる人達がクスクス笑っている。恥ずかしくなってきた東動は、一刻も早くこの場から立ち去りたくて、$林に「じゃ、また」と言うと


「寂しい事言わんといて!。 まだ、時間も早いし、裕方の部屋で、お姉さんがハンバーグを手作りしてあげるから、一緒に食べようと寝ぼけた事を言うので

「ハンバーグなら昨日、世界一美味しい店のを食べたから当分いいや。そもそも、アパートに調理道具が無いから」とつい、自炊など全然していない事を告白してしまった。

「自分だけ食べるなんてズルい。今度、そのお店に連れてってよ」と$林は子供みたいなことを言う。

「今度、連れて行くから。今日は、味噌ラーメン食べに行かない?」と誘うと

「餃子セットにしていい?」と$林が聞いてきた。

「もちろん!」と返事かえして、味噌ラーメンを食べに行く事になった。


 馴染みのチェーン店に行き、2人用のテーブルに案内され、味噌ラーメンの餃子セットを注文する。生ビール中の100円割引クーポンが合ったので、追加で生ビール中2つとおつまみのザーサイを注文した。

 先に生ビールとつまみが来て、改めて「乾杯!」して、さっきの話の続きを話す。

「何か俺の知らない所で世話になってたね。ありがとう」と言うと、

「そんな事、気にせんでいいから。ウチも裕方にお願いしたい真面目な話があるんよ。酔う前に言うから、ちゃんと聞いとって」


「実はな…」と、$林は少し改まった口調で言った。「若手のお笑いコンビがおるんやけど… 全然売れへんくて困っとるんよ。でな、裕方に、そのコンビのネタを見て、アドバイスしてやってほしいんや」


「えっ、それを売れてない芸人の俺に頼むのか?」と、東動は思わず聞き返した。自分の実力に自信がないわけではないが、長年鳴かず飛ばずの自分が、人にアドバイスできる立場なのか、疑問に感じた。


「裕方は、何事にもいつも、全力で取り組んでいるやろ?。それで結果が出ないのはしょうがないわ。映画だってエンディングだけ見ても、面白いかどうかなんてわからんやろ、ハッピーエンドばっかりじゃなくてバッドエンドでも面白い映画はいっぱいあるやん。売れてないから面白くないとウチは思うし、頑張っている裕方が好きなんや」と嬉しいような悲しいような喩えを$林が言うと

「まあ、そうかもしれないけど…って、$林は俺の事好きなの?」と、東動は少しボケてみた。

「ちょっと、悪意あるYouTubeのショート動画みたいに、そこだけ切り抜きせんといて!」と$林が東道にツッコミをする。

「ウチがあんたの事嫌いな訳ないやろ」と、その後に小さい声で$林がブツブツ独り言を言ったが、考え込んでいる東動には聞こえなかった。

確かに、面白いのに売れない芸人はたくさんいる。自分自身だって、細々とでも活動を続けているのは、まだ諦めきれない面白さがあると信じているからだ。


「一体、どんなコンビ?」と東道が問い掛けると

「それがな、ウチが面倒みとる『ツインクル』っていう女の子のコンビで、結成してもうすぐ3年目の若い子らで、漫才をやってるんや。ネタはそこそこ面白いんだけど、それが、どうもお客に伝わりきらんみたいでな。劇場とかでも、あんまりウケへんのよ」と、$林は少し困った顔で説明した。

「へえ、女性のコンビなんだ」東動は少し興味を持った。

「ネタは漫才ということだけど、どんなタイプの漫才?」さらに尋ねる。

「ビューティ ビースト(BB)みたいな感じやね、本人達も目標にしとるって言うてたし」と$林。

「俺なんかのアドバイスが参考になるか分からないけど、機会があればアドバイスするよ」と応えた。

「それはもちろん構わんよ。今度、劇場に出演する時にでも連絡するわ」と、$林は笑顔で答えた。

話が一段落したら、注文した味噌ラーメンの餃子セットがテーブルに来たので各々食べ始めた。


 食事後、会計を済ませ、店を出ると$林が「そういえば、今週の土曜の只見さんから引越しの手伝いの連絡、裕方にもきた?」と聞かれ

「きたよ。たまたま、只見さんに連絡したらお願いされた」と応えると

「只見さんが、今の部屋だと狭くてYouTubeの動画の撮影がたいへんだから、スタッフも増えて来たし、広い物件に引越したいって頼まれたから仲介してあげたんよ。ウチは宅建士の資格も持ってるから」と唐突に$林がしゃべりだす。

 東動が呆れた顔で「FP《ファイナンシャルプランナー》と宅建士の資格持ってて、何でお笑い芸人やってるの? この人は(笑)」と言うと

「ウチのポリシーは『人生楽しく、お金も大事に』だからそれが最優先事項(笑)。ラーメンご馳走様、引越しにはウチも行くから。それじゃ またね💕‪」

「ああ、おやすみ」

 話しておきたい事を話したら$林は帰って行った。



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