第3話 東動裕方の一日
朝6時半、東動裕方は目覚ましのアラームに促され、ゆっくりと布団から出た。一人暮らしのアパートは、窓から差し込む朝の光で穏やかに照らされている。彼はまず台所へ向かい、前夜にコンビニエンスストアで購入したパンを少しずつ食べながら、インスタントのコーヒーを静かに味わう。これは彼にとって、毎朝繰り返される習慣だ。
身支度を済ませた東動は、午前8時になる前に家を出る。大阪市内にある映像制作会社へ向かう電車に乗り、およそ30分間の通勤時間を過ごす。彼の仕事は、広告や企業のプロモーションビデオなど多岐にわたる映像制作だが、その多くはデスクワークだ。企画書の作成、撮影の準備、そして編集作業。忙しい日々だが、映像に関わる仕事に彼はやりがいを感じている。
昼食も、たいてい仕事の区切りが悪く、つい面倒に感じてコンビニエンスストアで済ませることが多い。午後の業務も滞りなく終え、納期前の繁忙期を除けば、定時になるとすぐに会社を後にする。
東動には、会社員としての顔のほかに、もう一つの顔がある。それは「映画好きのお笑い芸人」としての顔だ。彼はまだ芸能事務所に所属しており、時折、映画に関するテレビ番組やお笑いライブへの出演依頼がある。今日は、週末に開催される「今夜も笑わせナイト vol.10」に向けて、同期の$林リラとネタ合わせをする約束をしていた。
待ち合わせ場所は、難波の駅前にあるカフェ。会社帰りの人々や買い物客で賑わう喧騒の中、ひときわ目を引く鮮やかなジャケットを身につけた$林が、すでに席についてスマートフォンを操作していた。
「おー、
「すまんすまん。ちょっとした手違いがあってな」
二人はすぐに、週末のライブで披露する予定の漫才の台本を取り出した。政治的な風刺と、YouTubeで得た実用的な情報を巧みに織り交ぜた、$林らしい現代的なテーマの台本だ。東動は主にツッコミの役割を担う。
「ここの言い回し、もう少し工夫したらもっと面白くなるんじゃないか?」
「うーん、それだと少し表現が穏やかになりすぎる気がするなあ。もっとこう…」
二人はそれぞれの意見を交換しながら、約2時間、熱心にネタの完成度を高めていった。
ネタ合わせが終わると、すでに夜8時を過ぎていた。東動は夕食を取るため、普段からよく行くチェーンのラーメン店へ向かう。カウンター席に座り、大盛りを頼んだの失敗だったかなと思いつつ熱いラーメンと餃子を食べながら、今日一日の出来事を静かに振り返る。会社の業務の進捗、ネタ合わせでの良い感触、そして週末のライブへの期待感。
アパートに戻った東動は、まずパソコンを開いた。映画専門誌から依頼されているコラムの執筆に取り掛かるためだ。最近鑑賞した映画の批評や、映画業界の知られざるエピソードなど、映画への愛情が溢れる文章を丁寧に綴っていく。締め切りが迫っていたため、彼は集中してキーボードを叩いた。
コラムを書き終え、時計を見ると午前0時を回っていた。明日の仕事に備えてシャワーを浴び、ベッドにもぐり込む。眠る直前、東動は今日$林が何気なく言った言葉を思い出した。「あんたは本当に映画が好きやなあ。それだけで生活できたらええのにな」。
東動にとって、お笑いも映画も、どちらも諦めたくない大切なものだ。会社員として安定した生活を送りながら、それでも舞台に立ち、スクリーンに向き合う。決して容易な道のりではないが、それは東動裕方にとってかけがえのない日常であり、生きがいなのだ。
明日もまた、慌ただしい一日が始まるだろう。それでも、東動はささやかな希望を胸に抱きながら、静かに眠りについた。
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