ちいさいきょうりゅうのおはなし

いぬさぶろー

第1話 おチビ


我が家のおチビ。


茶色い二ホンカナヘビ。


カナヘビと言えば、きっとかつて誰もが公園や原っぱなどで捕まえたり、いっしょに遊んだりした記憶があるのではないだろうか。

恐竜の様な凛々しい横顔。

カナ「ヘビ」といっても、トカゲのようにちゃんと生えている小さな手足。

茶色の地に、脇腹に黒と白の縞もようの入ったしゅっとした体、白いおなか。

体の半分以上の長さがある立派な尾。


ちいさくて、かっこいい、子供たちのアイドル。


手の上に乗せてそっと触ると、少しひんやりして、もっちり柔らかい。

なにより、

「きゅるるん」と音がしそうな、つぶらな瞳が最高だ。


我が家のおチビときたら、さながらディ〇ニーキャラクターのように、いつもきらきらしている(ように、私には見える。)




おチビは、うちに来て今年で四年経つ。来たばかりの時はまだミニカナヘビサイズだったので、たぶん今年で五歳になる。人間なら七五三の歳だ。


言い忘れていたけれど、おチビは雄である。

しかし子供たちが庭から捕まえてきた当初は、体が小さすぎて性別が分からず、「メスじゃない?」「ぜったいメスだよ」とのことで長いこと雌だと思われていた。

そのため最初のころは「カナミちゃん」と名付けられていたのである。



それがどうしていつから「おチビ」になったのか。



カナミちゃんこと「おチビ」には、同じケージに暮らす「カナエさん」という姉貴分がいた。

カナミちゃんとカナエさん。

一緒にしておくには、なんとも間違えやすい紛らわしい名前である。

カナエさんは、カナミちゃん…おチビよりも倍近く体が大きく、すでに立派な大人であった。目つきも凛々しく、『私はカナヘビである』という誇りと威厳に満ちた、実に貫禄のあるカナヘビだった。


「えーと、どっちがカナミで、どっちがカナエだっけ」


「カナエはでっかい方のカナヘビ」


「でっかいのさん」


そうして気付いたときには、カナエさんの方は皆に「でっかさん」と呼ばれていた。

見た目だけでなく名前にまでなんだか貫禄がついてしまった。

そして大きい方が「でっかさん」になったので、小さい方は自動的に「おチビ」になってしまったと。こういう訳である。


カナヘビにとっては名前なんてどうでも良いものらしく、カナミと呼ばれようがおチビと呼ばれようがいっこうにお構いなしで変わらず毎日きゅるるんとしていた。


それでも、娘はしばらくの間「本当はカナミとカナエなんだよ」といっしょうけんめい?正そうと頑張っていた。名付け親としてのプライドがあるのだろう。



しかしある日、どうあってもおチビが「カナミちゃん」には戻れないことが判明してしまうのである。



二匹のカナヘビたちはもりもりごはんを食べ、日々ずんずん育っていった。


おチビはでっかさんにたいそう懐いていた。

カナヘビはひなたぼっこが大好きなので、昼間はケージを半分日に当てておく。

そんなとき、おチビはいつももっちりとでっかさんの背中に乗っては、一緒に仲良く日向ぼっこしていた。そんな二匹の様子を見ていると、見守るこちらはどうにもえびす顔になってしまうのだった。


「仲良い姉妹みたいだねえ」

けんかも無いし、雌同士で良かったな、などと思っていたその矢先。


――事件は起きた。



おチビは半年余りででっかさんと同じくらいの大きさに育っていた。

そのおチビがある日、ケージの中で暴れ出したかと思うと、でっかさんに絡みつき横っ腹にがっぷり嚙みついたのである。


瞬間、私は察した。


(おチビは…雄だ)


カナヘビは小さいうちは雄も雌も大して体型に違いが出ない、ということを私は知らなかった。

大人の雌はしっぽがすらりと細く、雄は根本だけやや太い。

ある程度まで育てば明らかに「違う」と分かるのだが、おチビが雌だとかってに確信しきっていた私は改めて確認することもなかったのだ。


「おチビは……雄だったよ」

おそるおそる娘に告げると、

「だいじょうぶ、雄でもカナミでいける」

とあくまでも譲らなかった。まあ、いっか。



――かくて、約一週間後。

真っ白つやつやなきれいなたまごが四つ。でっかさんによって産み落とされた。

初めての産卵を成し遂げたでっかさんは「実にいい仕事をした」と言う顔で、たまごを置いてレンガの下でグッスリと眠ってしまった。


鶏のたまごをそのままミニチュアにしたような形。

「生きている」。不思議とそうはっきりとわかった。

「おででちゃん、がんばったねえ、すごいねえ」

(この頃にはでっかさんはおででちゃんと呼ばれていた)

カナヘビのたまごを初めて見た我々は、あまりの小ささとかわいさに大歓喜した。


慌ててインターネットであれこれお世話の仕方を調べた。

やれ上下を逆さにしたら死んでしまうだの、乾いたら死んでしまうだの、濡らしすぎたらカビが生えて死んでしまうだのと、大騒ぎしながらどうにか孵卵室のようなものをこしらえた。


「これでほんとに大丈夫?」

「だいじょぶ(だと思う)よ」


どうもいまいち心許ないが。

寿司屋のスチロールの醤油皿に、しっとりと湿らせたミズゴケを敷き、そしてそっとたまごを載せた。その上にふんわりとラップをかけいくつか穴をあけておく。

ミズゴケの上で静かに誕生のときを待つ、四つのきょうりゅうのたまごたち。

裏側からライトで照らすと、たまごの中は、ぼんやり赤く透けて見えた。


すごい、すごい。

生きている。

生きているよ。


私の頭の中はすでに「カナベビーお誕生」の文字でいっぱいだった。



――そしてここから。〝我が家の大カナヘビ時代〟が幕を開けるのである。



――

つづく?






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