ふくしょう

星埜銀杏

*****

 …――俺の人生は復讐に賭けたものだった。


 憎んでも憎みきれない男を殺す為に生きた。


 殺せるならば地獄にでも行ってやる。そんな固い決意を持ち復讐に生き続けた。


 当然、復讐を決行した後々を考えて結婚などはしなかった。友も作らなかった。


 家族には申し訳ないが、それでも自分に生命保険をかけておいた。無論、法律的には自殺では生命保険は払われない。が、特約というものがあって免責期間を過ぎれば自殺でも生命保険が下りるものもある。それに入って家族への保証は……。


 いや、そんなものは言い訳。素直に済まないとしか言えない。両親と兄弟には。


 兎に角。


 俺は憎き男を殺して己も死ぬつもりだった。


 そして。


 25年という月日を準備に注ぎ込んで、周到な復讐の、その日を静かに待った。


 決行日。


 俺は、固い意思と共、憎き男を呼び出した。


 その結果だろうか、いや、結果だとは思いたくないが、ここという場所にいる。


「で、その大事な復讐は、どうなったのだ。いや、我は結末をしっておるからこそ聞くまでもないのだが、それでも仕事なのでな。お前の口から結果を申してみよ」


 目の前には赤ら顔の厳ついおっさんがいる。


 厳ついおっさんからは閻魔大王。少し前、閻魔のおっさんが自分で自分を閻魔大王だと言った。ここは天国と地獄への分かれ道。目の前の閻魔のおっさんが俺の生き様を裁き、そののち、俺は、天国か、地獄か、そのどちらかに送られるのだ。


 ゆっくりと口を開く俺。


「失敗してしまいました」


「うむっ」


 閻魔のおっさんは敢えて俺に語らせる事で何かしらを思い起こさせたいようだ。


 それが何かは知らんが。


 その後。


 閻魔のおっさんは、そうか、とだけ言って静かに目を閉じる。


 俺は俺の最後の瞬間を思い出す。思い出したくもない事をだ。


「チッ!」


 そう。失敗した事を思い出して舌打ち。失敗。しかもだ。それにも飽き足らず、復讐劇での最中、復讐の対象〔男〕に反抗されて俺は逆に殺されてしまった。入念に準備を整えたにも関わらず肝心なところで感情的になってしまったがゆえ。


「うむっ」


 閻魔のおっさんの紅い瞳が開く。静かにも。


「……お前は自分の復讐が失敗したと思っておるのか? それは、ある意味で間違ってはいない。いないが、こうは考えられんか。復讐が失敗して良かったと」


「意味が分からない。復讐に失敗して良い事などは何もないのではないですか?」


 憎んでも憎みきれない男に殺されたのだから。復讐が為らなかった、のだから。


「ふむむ」


 そうだ。


 復讐をしようと決め、長い年月を注ぎ込めたのは、どうしようもないほどの憎しみが在ったから。俺の恋人をハメて膨大な借金を背負わせた挙げ句、俺の夢を奪った張本人を消す。借金のカタに恋人を外国の風俗に沈めた、いや、止めておこう。


 その、どちらにしろ俺は復讐に失敗して反撃を受けて死んでしまったのだから。


 クソが。


「うむ。教えてやろうか。……これを知り、どう思うかは、お前次第なのだがな」


 閻魔のおっさんは、また静かに瞳を閉じる。


 そして、一旦、間をとって、二の句を繋ぐ。


「お前の復讐の対象が、その後、どうなったのかを聞きたいか」


「どうなったのか。いや、どうもならない。……いや、でも、ちょっと待てよ。復讐が失敗して俺は死んだ。という事は殺人の罪で捕まったとかなんですか?」


「どうだ。知りたいか?」


 俺は眉尻を下げて黙る。


 ある程度の思索。沈黙。


 その間を嫌ったのか閻魔のおっさんが言う。


「無理にとは言わんが、もしも、知りたいならば頷いて見せよ」


 知りたい。知りたいが、もし、俺の復讐の対象が、その後も、のうのうと生きていたらと考えてしまい、なかなか頷くことが出来ない。生きていると知って死んでもなお死にたいと思いたくはない為。閻魔大王の顔色をうかがってみるが……。


 まったくの無表情で、その思考の中を読み取る事は出来ない。


 恐い。ヤツが、のうのうと生きていると知ってしまったら、と思うと動けない。


 頷くだけでいいはずなのに頭が動かない。上下にも左右にも。


「ふむっ」


 閻魔のおっさんの紅い瞳が開く。ゆっくり。


「ならば今回の裁きは、これで終いにしよう。お主の行き先は」


 ほりゅ。


 と閻魔大王からの沙汰を受けようとした時。


「待って下さい。待ってくれ。知りたい。知りたいです。ヤツが、俺が殺したいと憎んだアイツが、その後、どうなったのかを。俺を殺し、どうなったのかを」


 ほりゅ、という言葉に、いささかの違和感を感じたが、裁きが、これで終わりだと聞いてしまった途端、結末を知りたい欲が溢れた。知れない事が惜しくなった。湧き上がる知りたい欲が堰を切って一気に流れ出す。まるで噴水が噴き出すよう。


「むむむ」


 閻魔のおっさんは、また瞳を閉じて大きなため息を吐き出す。


「そうか。知りたいのだな。まあ、知ったところで、どうなるというものではないのだが、少なくともお前の気持ちは落ち着くのであろう。よかろう。教えよう」


 閻魔のおっさんが座る椅子と一対の机上に大きなモニターが、せり出してくる。


「今から、このモニターに動画を映す。その動画の中身こそが、お前が復讐した後の出来事である。これを知って、お前が、どう思うのかが我は知りたいのだ」


 また閻魔のおっさんの言動に幾らかの違和感を感じたが、とにかく動画を観る。


 目を疑う。目前で起きた事、その真実が信じられない。眼〔まなこ〕を見開く。


 あの男。憎き詐欺師。復讐の対象に正当防衛が認められていた。無罪放免。今も、いや、この世界に刻々と時が未来へと進むという概念は無いから復讐の対象の寿命が尽きるまで人生を生き延びたのだと思い知る。目の前が真っ暗になる。


 やはり。


 死んでいるにも関わらず、死にたくなった。


「どうであった。どう思った? お前は……」


「俺は。俺は。地獄に堕ちてもいい。堕ちてもいいから、あの男を殺させてくれ」


 頭を抱えて悶える。殺したい。あの男がのうのうと生きているなんて許せない。


 許したくないッ。殺させてくれ。殺させろ。


 俺にだ。


 その結果が、地獄行きならば喜んで受ける。


 いや、地獄に堕としてやる。この俺がだッ!


「うむむ」


 閻魔大王が、また目を閉じる。ゆっくりと。


「そうだな。お前に、これも教えておこう。動画は無罪放免の場面で終わったが」


 なんだ。まだ、何かあるのか。まだ、あの男を憎むべき結末があるというのか。


「あの男の、その後の人生〔復讐されたあとの人生〕は散々なものであった。復讐をされたという事実は、あの男の悪事を広く世に知らしめる事でもあったのだ」


 そうか。


 確かに、そういう事も、あるかもしれない。


「そこから先は転落。詐欺を働けなくなった。そして元来の怠け者であるがゆえに極貧な生活を送る事となる。無論、今まで〔過去〕の贅沢を忘れられずにな」


 なんだと。つまり、ヤツは落ちぶれたのか。


「その果てカネも無いのに豪遊して詰められた。しかも豪遊したからこそ詰められたあと糖尿にもなり、治療も受けられず、その流れで両足を腐らせて無くした」


 えっ! なんだって。糖尿? 両足の切断?


「しかも信用を切り売りするような人生だったからな。ヤツを慮る人間は皆無。周りからは、つばを吐かれ、死なない程度に生かしてやると陰口を叩かれる始末」


 そして。


「長生きだけは出来たようでな。死にたい。殺してくれと言い続けて長い年月を汚いタコ部屋で過ごしたわけだ。まあ、さっさと死んだ方が楽だったとも言える」


 そうか。


 なるほど。復讐は決して無駄ではなかったのだ。いや、それどころか、一瞬で死なれるよりも長い年月をかけて苦しませる事が出来たわけだ。くくく。笑いが止まらん。俺は復讐に生きたのだから俺自身が死のうともヤツが苦しめば御の字だ。


 それでいいのだ。ヤツが苦しむ、それ以外は全てどうでもいい。俺の命とてな。


 ざまぁみろ。ざまぁみろだ。ざまぁみろッ!


 俺の頬は緩み、口角は、だらしなく上がり、目は細まった。今の俺の気持ちを喩えるならば、買う気もない馬券を路傍で拾い、それが万馬券だったという幸運。いや、腹痛を起こして病院で診察したらガンが発見されたけども、切開したら……。


 そのガンだと思われたものが純金の塊だったくらい衝撃。とても信じられない。


 なんという豪運。いや、復讐に全てを捧げたからこそのリターンだと信じよう。


 閻魔のおっさんが、また、ゆっくりと静かに紅い瞳を閉じる。なにも言わずに。


 そして。


 俺の様を、ある程度、観察したあとに言う。


「そういう反応をするわけだな。よかろう。では、お前に沙汰を下そう。よいな」


「ざまぁみろ。ざまぁみろ。ざまぁみろだ!」


「うむむ。聞いておらんようだ。まあ、よかろう。……お前を地獄行きへとする」


 そして。


 俺は地獄へと堕ちた。復讐に人生を、そして身を費やしたのだから仕方がないと言えば仕方がない事。いや、むしろ予定調和だろう。地獄行きも辞さなかったのだから。自分が地獄に堕ちてでも、あの男〔対象〕を不幸にしたかったのだから。


 だがしかし、地獄に堕ちて現実を思い知る。


 なんと。


 そこには、俺が憎んでも憎みきれない、あの男〔復讐の対象〕がいたのだから。


 時が未来に流れるという概念がない世界だからこそ対象と地獄で再会したのだ。


「くくく。久しぶりだな。現世では世話になったな。俺は、あの後、苦しい人生を生き、そして無事に死ねたよ。無論、死んだ後の地獄行きは決まっていたがな」


 地獄で苦しみつつ、あの男〔対象〕は笑う。


「どうだ。復讐できて嬉しかったか? 俺が苦しむ様を見て喜んだか? だがな」


 笑う。嗤う。あざ笑った。あの男は。俺を。


「その果てが地獄行き。俺と同じく地獄行き」


 しかも。


 時が流れるという概念がない地獄という世界での生活は長い。とんでもなくな。


 アハハ。


 ざまぁみろ。ざまぁみろ。ざまぁみろだッ!


*****


 うむむ。


「大王様。よろしかったので? 復讐男と、その対象を地獄の同じ地区に送って」


「うむっ、敢えてだ。敢えてなのだ。我は人間の汚さを改めて思い知ったからな」


「然様で」


「見たくもない愚かさを、まざまざと見せつけられた我の気持ちにもなってみろ。たまには、我とて、その愚かさに染まりたくもなる。その気持ち分からんか?」


 うむむ。


「分かるような。分からないような感じです」


「では、こう言おうか。こうと表現しようぞ」


「はい?」


「ざまぁみろ。ざまぁみろ。ざまぁみろだ!」


 お終い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふくしょう 星埜銀杏 @iyo_hoshino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ