第25話 宿命は剣に託されて
広間に張りつめた空気が、低く響く声に震えた。
「──この広間は、かつてアルザフルの騎士たちが己の誇りと力を示すために決闘を繰り広げていた場所らしい。」
グレゴール・ヴァンデンベルクは、黒銀に輝く重厚な鎧を纏い、その背丈をも超える両刃の
鋭い眼差しが、蒼井たち三人を真っ直ぐに射抜く。
「力を示すには、これ以上に相応しい場所はあるまい。──来い!貴様らの覚悟、見せてもらうぞ!」
対峙する蒼井が、一歩前に出る。
その眼には迷いはなかった。
「……俺はあんたを倒して、デラートを殺す。
あんたが一人で挑むその本気を称して、俺に流れるアマツの全てをぶつける。」
「ほう?アマツ刀を手に入れたか…。思い出すな…。」
静かに、鋭く《雪霞》の鞘が鳴り──蒼井は抜刀する。
─
それは、一歩も踏み込まない居合いの構えだった。
そのまま蒼井がわずかに腰を落とすと、目に映らない速さで《雪霞》が一瞬閃いた。
斬撃が放たれた刹那、蒼井とグレゴールの間に広がる十数メートルの空間が、音もなく斬れた。
──一筋の風のような刃が、広間を裂いて走る。
目視すら困難な斬撃は、確かに“空間”を切断しながらグレゴールに向かって行く。
グレゴールの魔導鎧の背部が淡く赤光を灯す。
「まだ遅いな!」
ブースターの駆動音が唸りを上げると同時に、グレゴールの身体が人間離れした速度で横に跳ねた。
直後、肩に担いでいた《デウス・クラスト》が振り抜かれる。
咆哮のような風圧が蒼井を襲い、地を裂く一撃が床を深くえぐる。
鋼の風がかすめただけで、蒼井の頬に赤い線が走った。
そこへ、正面からエリックが盾を構えて突進してきた。
彼の手に握られた、聖銀製のロングソード。
「ここは通させてもらいます、グレゴール殿!」
グレゴールが剣を構え、エリックの突撃を受け止めた。激しい金属音が空間を支配し、両者の足元がひび割れていく。
「ぐっ……!」
「甘いな、正面からの突撃では私の装甲は抜けん!」
その隙を縫うように、横手から重く唸る風が吹く。
「いくよぉ!!」
その細身な身体からは想像できないスピードとパワーで飛び込んできたのは、ライザ。
彼女が両手で構えるのは、自作の
「喰らええええぇぇぇっっ!!!」
鎧の右腕部に直撃!!……だが。
「なかなか重いが…。」
衝撃を緩和する魔導フィールドが起動し、グレゴールの右腕が蒼く煌めく。衝撃は相殺され、ライザのハンマーは跳ね返された。
「うっ、フィールド内蔵型!?」
「今の戦場ではこれが主流だ。力任せの攻撃など、脅威にはならん!」
ライザは反動で回転しながら着地し、再びハンマーを構える。
一進一退の攻防。
グレゴールは魔導科学を使った圧倒的な身体能力と技術で三人を同時に受け止めてみせていた。
ノア連邦を象徴する“過去の英雄”と、灰狼旅団を背負い立ち上がる“次代の戦士たち”との衝突。
蒼井の手に持つ雪霞の切っ先には、淡く蒼い光が宿っていた。
「ここからが本番だ……!」
-------
焼けるような鉄の臭い。唸り声。空気を引き裂くような鈍重な足音。
先ほどの激戦の余韻が残る身体には、疲労が確かに刻まれている。しかし、立ち止まる余裕などなかった。
「……くそ、次はこいつらかよ…。」
レオン・ヴァルグレイは去った。黒い魔導石の暴走により、彼は自我の残ったまま、強大な闇の力を振るったが──敗北した。
その直後、橋の両側から現れたのは、数十体にも及ぶ強化ゾンビ兵。
騎士の鎧に包まれた異形の兵士たちが、重々しい足音でカイルを包囲していた。
「うぐ……! チッ、何体いる……十、二十じゃねぇな。」
「ははっ……レオンに続いて、今度は大量のゾンビかよ。まるで地獄の試練だな。」
黒い目を光らせるゾンビ兵が、唸り声と共に一斉に襲いかかってきた。
最初に跳びかかってきた1体のゾンビの腕を叩き落とし、カイルは後ろにステップする。
だが、すぐに別の1体が背後から鉈のような刃を振り下ろしてきた。
「っとと!」
かろうじて受け止めるが、その一撃で膝が沈む。単体ならまだしも、数が多すぎる。押し寄せるゾンビの群れに対し、疲弊した身体では持ちこたえられない。
(──まずい、数でやられちまう……!)
もうダメか──そう思った、その時だった。
──ズドォン!!まるで空間が爆ぜたような衝撃と轟音が橋を揺るがせた。
「な……!?」
直後、爆風と砂塵が吹き荒れ、橋の中央、カイルの頭上へ何かが高速で落下してきた。
その影が着地した瞬間、轟音と共に中継橋の中心が崩壊する。
ゾンビ兵達は後退する間もなく、橋の裂け目に呑み込まれ、次々と下へと落ちていった。
「な、なんだっ!」
崩れ落ちる足元でバランスを崩したカイルの身体を、誰かの腕がしっかりと抱きとめる。
「っ!?」
驚いて振り返ると、そこにいたのは──
「……カイル。」
褐色の肌、艶やかな紫の髪、そして美しく整った顔立ち。
カイルが幼き日、母のように慕い、そして戦士として憧れた女性。
「……ザフィーラ……?」
彼女の瞳は紅く染まり、かつてとは異なる魔の気配を纏っていた。
だが、その声は確かに優しく、懐かしく、あの頃の彼女だった。
「会いたかったよ、カイル……。」
耳元で囁くように言ったその声に、カイルは言葉を失う。
風が舞い、橋が落ちるその一瞬。ザフィーラはカイルを抱えながら、人間離れした跳躍で橋の中央塔側に着地した。
「本当に、ザフィーラなのか……?」
震える声で問いかけるカイルに、彼女は微笑んだ。
「ええ……。久しぶりだね、カイル。」
その言葉が、どこか胸の奥に不安と切なさを混ぜ込んでいく。
かつての彼女──だが、完全に同じではない。目の色は真紅に染まり、その奥に別の“意思”が潜んでいるような気配があった。
しかし崩れた橋の残骸から、ゾンビ兵の呻き声がまだ聞こえていた。
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中継橋が砕け落ちた衝撃音は、塔全体に響き渡った。
その瞬間――
カシアンの足が、わずかに止まった。
静かな空間の中、その振動とは異なる“何か”が空気を震わせていた。
「……ほう。」
彼の瞳が一瞬だけ紅く変わった。
顔には微笑が浮かんだままだが、その眼差しは鋭く虚空を見つめている。
空気を焦がすような、“闇”の残滓。
圧倒的な力の奔流。
(ああ、よく目覚めてくれたね……ザフィーラ。)
連合騎士団の別棟塔の上階──作戦司令階層に設けられた大理石の回廊を、レオン・ヴァルグレイとカシアン・グリムヘルドが並んで進んでいた。
冷たい石造りの壁に設置された照明が揺れる。階段の先には、戦略用通信端末や監視装置が並ぶ部屋──
そしてカシアンが用意した“次の作戦”が待っている。
「……今の音、聞こえたな?」
不意に、レオンが口を開く。
焦りを押し殺した声。
「ええ。なかなかの轟音でしたね。」
カシアンは微笑みを浮かべたまま、歩調を崩さず応じる。
「……あの音は中継橋だろ。何があった?」
「さあ? ゾンビ兵たちが彼を取り囲んだはずです。彼のほうが勝ったんでしょうかね。ふふ……それなら彼も大したものです。」
まるで他人事のような、飄々とした口調。
レオンの視線が鋭くなる。
その目は、明らかに疑念を浮かべていた。
「……ザフィーラの件は、どうなってる?」
その名を出した瞬間、カシアンの表情がわずかに止まった。
だが、次の瞬間にはいつも通りの丁寧な微笑みが戻る。
「ご安心を。先程の戦いは見させてもらいました。
素晴らしい!しっかり灰狼を裏切ってくれましたね。
その行いに応えるためザフィーラはしっかりと蘇生させています。もう少しですよ彼女の復活まで。
……彼女は必ず、あなたのもとに戻りますとも。」
その言葉に、レオンの拳が静かに握られた。
彼はそれ以上、何も言わなかった。
二人は階段を上がり、白い石の廊下をさらに進んでゆく。
カシアンの背は、穏やかな光に照らされながらも何故か、まるで影を強く纏うかのようだった。
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