第23話 偽りの正義、裂かれる絆

 巨大な王宮の謁見の間。

荘厳な柱と装飾に囲まれた玉座の上で、アルザフル王国の国王は金と緋色の衣をまとい、威風堂々と腰掛けていた。

 眼光は鋭く、まるで猛禽のように前を見据える。



 その姿が、全世界に向けて放送されている。


各国のメディア、衛星回線、そしてノア連邦国内の街頭モニターに至るまで、全ての端末に王の映像が流れていた。


 「我がアルザフル王国は、かねてより国境内で発生していた反乱組織“灰狼旅団”の鎮圧を行ってきました。

だが、彼らはもはや単なる傭兵団ではない。

この国を武力で転覆しようとする、危険なテロリストであると断言する!」



 国王は右手を掲げ、静かに拳を握る。


「この未曽有の脅威に対し、我々はノア連邦と強力な連携を取り、必ずや討伐し、平和と秩序を取り戻すことを誓おう。

 世界の皆様──灰狼の名に騙されるな。

彼らは“咎”を背負いし、血に飢えた“獣”である!」



 その口調は冷酷で、非情だった。

けれど、演説の結びに差し掛かるその声には、不自然な熱意と、歪んだ誇りが宿っていた。


「民を守るために、我々はどんな犠牲をも厭わぬ!」



 その瞬間、街の中──ノア連邦首都の繁華街にある大型街頭モニターでも、王の演説が放送されていた。


スーツ姿の男と、友人らしき青年が画面を見上げながら立ち止まる。



「なあ、アルザフルってさ……ずっと戦争してるような国だろ?

 しかもあの国王の顔、どう見ても“映画の悪役”みてえじゃん。なんか胡散臭ぇし、本当に裏で何かやってんじゃないの?」


友人が鼻で笑う。


「まだそんな“陰謀論”信じてんのかよ?

今は情報社会だぜ?

リアルにそういうのないって。

テレビのニュースも評論家も、みんな言ってんだろ?

灰狼旅団はただの過激派のテロリストだって。」



「でもさ……あいつら、本当にそんな悪者なのかな……。

 なんか証拠映像ってよく出るけど、今のテクノロジーがあれば簡単に編集できるし、アルザフルの政府って拷問とか趣味でやってるってネットに書いてたぞ?」



「ほら出た。そういうのが“情報に踊らされる”って言うんだよ。

自分だけ真実知ってる気になってる系な。マジでだせえって。」


 男は肩をすくめ、何もなかったようにモニターから目をそらす。



群衆は、王の言葉に誰も疑問を持たず──

まるで“それが正義だ”と刷り込まれたように、ただ日常を続けていた。



その画面の奥では、王が最後の言葉を語っていた。



「“正義”は常に我らにあり。

咎を持つ者たちに、神の裁きを!」



演説が終了し、画面が切り替わった。


そのとき、世界はまだ知らなかった。


“正義”の名のもとに、どれほどの真実が捻じ曲げられているのかを。



--------


 仲間達や村人達の無惨な死体がこの洞窟が地獄であることを物語っている。

 シエラとリタは涙を流し抱き合うが、地獄はまだ終わらなかった。

 突如洞窟の外から異音が走った。



 壁の外からかすかに、だが確かに伝わってくる──

「ア゛ァ゛……」「……ガ、アア……!」と耳をつんざくような、呻き声と地を揺らす鈍い打撃音。



ドンッ……! ドンッ……!

岩を叩き、砕こうとするような不気味な衝撃音が、洞窟中を震わせる。



「くっ……リタ!?」


 異音と同時に、シエラは隣で座っていたリタの異変に気づいた。

リタの胸元、鳩尾のあたりから、黒い瘴気が滲み出している。

まるで体の中に巣食う“闇”が外へと出ようとするかのように──。


「シ……エラ……私もなんか……おかしい……。」


リタの声はかすれていた。呼吸も浅く、意識は薄い。


(……ゾンビ化の兆候!? いや、これは……誰かが外から“力の解放”を強制してる!?)



 リタの肌がじわじわと白灰色に染まり始め、目が赤く濁っていく。


「ダメ……お願い、逝かないで……リタ……!」



 焦燥がシエラの胸を焼いた。外のゾンビ達──いや、“何者か”が、力を制御してこの洞窟を暴こうとしている。


 幻術で隠していたはずの洞窟の存在が、暴走したゾンビたちによって暴かれようとしていた。


(もう、時間がない……!)


「お願い、どうか間に合って──っ!」


シエラは必死に洞窟内のそこら中にある魔導石の原石に手を伸ばした。

魔力を見極め、波長を合わせる。すると、微かに聖なる輝きを放つ白銀の原石がひときわ強く輝いた。



「……あった!」



すぐさま腰のポーチから取り出した火属性の魔導石で加工を始め、もう片手では鎮静効果のある緑白の魔導石を活性化させる。


(この石で、リタのゾンビ化を止める……!)



 鳩尾に即席で加工した白銀の石を押し当て、魔力を注ぎ込む。

 シエラの魔力が焼け、皮膚が焦げ、白銀の石が“拒絶”の反応を起こしながらリタの身体に食い込んでいく。


「ぐ、あ……っ、あああああっ……!」


 リタが絶叫する。

その声と同時に、洞窟の外ではドンッ!ドンッ!と激しさを増す打撃音──ゾンビ達が壁を叩き割らんばかりに暴れている。



「お願い……ッ……帰ってきて……リタ……!」


魔力が尽きかけ、視界が歪み始める。


(……やだ、お願いだから、私を……置いていかないで……。)



 シエラにとってリタはもうただの仲間でも、友達でもない。

 愛する恋人。あなたがいない世界なんて、もう意味がない。



「うっ……っ……!」


 リタの身体が跳ね、震え、やがて静かに落ち着く。

目をゆっくりと開き、その瞳が紅く、全身の肌色は白みのかかったグレーのままだが、正気を宿しシエラを見つめた。


「……シエラ……?」


「リタ……!」


 涙が一気に溢れ出た。

シエラは何も言わず、リタを抱きしめた。震える身体を、包み込む。



「……ごめん、苦しかったよね……でも、戻ってきてくれて……ありがとう……。」


 リタは腕を回し、ぎゅっと抱き返す。


「……あなたが呼んだから……戻ってこられたんだよ……。」



 そして、そっと唇を重ねた。

それは、言葉では伝えきれないほどの、強い想いだった。



 だが、外のゾンビ達はなおも暴れ続けている。

岩が割れれば、すぐそこに“死”がある。


それでも二人は、手を離さなかった。



--------


 砂の風が止む。


月の明かりさえも遮る、そびえ立つ巨大な黒い塔──アルザフル騎士団の本陣、《黒鉄の塔》が、静かに彼らを見下ろしていた。



「ここだな……地下道の入り口。」


エリックが砂の下に隠されていた格子鉄をそっと外す。

その奥には、かつて使われていたであろう旧式の排気通路が延びていた。

足場は朽ち、壁には苔と錆がびっしりと張り付いている。


「ここを通れば、塔の中心部まで行ける。問題は途中の警備だね。」


ライザが呟くと、蒼井は刀の柄に軽く手をかける。


「見つからなければ、それでいい。見つかったなら……少し眠ってもらう。」



「いよいよだな。」

カイルが笑い、黒布で覆った背中の偽装装備を締め直す。


塔の地下通路から抜け出し、広い通路に差し掛かったところで、カイルは三人に向き直りニヤッと笑った。


「よぉ、この塔、二つの塔が繋がってるよな?

俺は先にレオンをさっさと取り返してくるぞ。

たぶん捕虜は、大体端っこに閉じ込められてるだろ?

俺ひとりで隣の塔に行ってくるわ。」



その言葉に、真っ先に反応したのはライザだった。



「え!? 本気で言ってるの?

どこにいるかなんてわからないのに、一緒に行こうよ!」



「大丈夫だって!」

カイルは肩を竦めて笑う。


「俺の勘は、外れたことねえ。

……それに、さっさとデラートとファビアンをぶっ殺しに行かねえといけねえだろ?

二手に分かれようぜ。こっちはレオンを早いとこ見つけてくるからよ。」



「まったく……。」

エリックは片手を額に当て、ため息をついた。



「いつもお前はそうやって無茶をする。

だが……止めても無駄だってことくらい、わかってる。」



「だろ?」

カイルが笑うと、蒼井がその横顔をじっと見つめた。


「……気をつけろよ、カイル。」

蒼井の声は低く、そしてどこか優しかった。


「わかってるっての。任せとけよ。」


「……無理しないでね。」

ライザが真剣な眼差しで言った。


「無理しかしねえけどな。」

カイルは軽く手を振り、奥の通路へと走り出す。



 蒼井・ライザ・エリックの三人は塔の《中央階層》へ、カイルは《レオン》を救出するため、勘で隣の塔へと向かう。


----


 地下通路を分岐し、カイルは独り、長く狭い通路を進んでいった。

やがて、地上への出口にたどり着き、外の通路──中央塔と収監施設を繋ぐ中継橋へ出る。


灼熱の砂嵐が収まり、太陽は低く西に傾いていた。



高くそびえる二本の塔。

それを繋ぐ中継橋の上を、カイル・マクレガーは足早に歩いていた。


「ったく……レオンの奴、どこで捕まってやがんだ。」



塔と塔を繋ぐこの橋は別棟へと続いている。

捕虜ならまずこのあたりに――そう読んだのだ。


と、その時だった。



ギィ……と、重たい音を立てて、向こう側の扉が開いた。


橋の向こうから、ひとりの男が現れる。

鋭い眼光をこっちに向けてくる。

その手に携えた黒鉄の大剣が、夕陽に陰を落とした。



「……レオン? なんだよ心配して損したぜ、無事だったか!」


カイルの声に反応し歩みを止める男、レオン・ヴァルグレイ。


カイルは驚きながらも、どこか安堵したように声をかける。


「やっぱりここにいたか。さすがは俺の勘だ!

よし、早く来いよ。皆でデラートぶっ倒すんだろ?

一丁前に新しい剣まで調達したか!

へへ、やるじゃねえか!

なら交換だ!ほらっレオンの大切な剣持ってきたぞ!」


そう言ってカイルは背にかける大剣「蒼雷」をレオンに差し出す。

しかし──レオンの反応は、違った。


「カイル……お前と一緒には行けない。」



「は?」



「俺はもう……灰狼旅団の人間じゃない。

政府と手を組んだ。

その見返りに、ザフィーラを復活させる権利を得たんだ。」



「…………は?」


言葉の意味を飲み込めず、カイルの顔から血の気が引く。


「ザフィーラは殺されただろ、このアルザフルに!何が復活だよ。嘘だろ……? そんなこと出来るわけねぇ!」



「いや、魔導科学は進化している。

今の技術ならザフィーラは復活が可能なんだ。

…すまんなカイル、ここで決着をつける!」



そう言って、レオンは黒鉄の大剣を肩に担ぎ上げた。


「……決闘だ、カイル。」


橋の空気が、ピリついた緊張で満たされる。



「おいおい、マジかよ……冗談だろ?

いくらなんでもお前が政府なんかと手を組むわけねぇ。

そんなバカな奴じゃねえだろ!」



「冗談ではない!

俺はお前達を裏切り続けた!

灰狼旅団とは元々俺が政府と組むことで戦争により経済をコントロールし、長引かせるために出来た傭兵団だ。

テロリストとの戦闘は、村や街の救済も全滅させてはアルザフルの国としての財源と資源が絶たれては困るから俺がバランスを取ってきた!」



「何言ってんだ…。マジかよ…レオン。

それが本当ならテメエ腐ってやがるな!

俺達は騙されてたのかよガキの頃から!

今までどれだけの仲間がお前を信じて死んでいったと思ってんだ!ふざけんな!」


カイルは蒼雷をレオンに向け、鋭く睨む。


「覚悟しろレオン! テメエは一旦半殺しだ!」



カイルのその一言に軽く笑ってみせた。


「それでいい、行くぞ!」


レオンが地を踏みしめ、爆発的な加速で斬りかかってきた。


カイルは寸前で受け止め、地を踏みしめる。


「こんなもん軽いぞレオン! このおぉぉ……!」


鋼がぶつかり、火花が散る。


レオンの剣は重く、正確で、容赦がなかった。

それは“信頼”の斬撃ではない。“殺意”の斬撃だった。


(……確かに本気だ。)


(こいつ本気で俺を殺しに来てる!やるしかねぇ!)


カイルは構えを正す。


運命の橋上。

まるで親子のような間だった者同士が、剣を交える。

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