第20話 幻の洞窟、目覚める誓い

 キスを交わすリタとシエラ。

 

 最初は戸惑ったシエラもリタの真っ直ぐな愛情を感じ、そのキスに熱く応じる。


 長い旅と戦いの中で確かに育まれた、想いのかたちだった。


 その一瞬を──


 見回りから戻ったミーナは、偶然目撃する。


 声をかけかけて、そっと口を閉ざす。

 背を向けると、何も見なかったかのように歩き出した。


----


 「……リタって、シエラのこと好きだったんだね。」


 ミーナは洞窟の入り口付近で警戒していたバロス、キーファ、アルスに小声で告げた。


 「ま、前からそんな雰囲気あったけどな。」


 キーファが苦笑混じりに答える。


 「リタは昔から、クールで一本筋が通ってるやつに弱いからな。」


 バロスが肩をすくめるように言うと、アルスも小さくうなずいた。


 微笑ましい空気が流れるも、それも束の間。洞窟の外から吹き込む風が、緊張を呼び戻す。


 「……だが。」


 アルスの声が重くなる。


 「あのゾンビ共がこの鉱山まで来たってことは……この場所も、もう時間の問題かもしれねぇ。」


 「せっかくの秘密の隠れ家だったのにな……。」


 キーファのつぶやきに、誰も返す言葉がなかった。



 そこに、リタが戻ってきた。


 「シエラから聞いたよ。……この洞窟には、まだ“希望”が残ってる。」


 リタの言葉に、全員が彼女の方を振り向く。


 「この洞窟の奥にある“幻の魔導石”、紫色の原石に魔力を注げば、この場所全体を幻術で覆えるって。」



 一同は導かれるまま、洞窟のさらに奥へと足を踏み入れた。


 そこに、岩肌の中央に鎮座するかのように鎮まり返る、巨大な紫水晶のまだ加工されていない魔導石があった。

 まるで眠る獣のように、脈打つような微かな光を放っている。



 リタが一歩前に出て、石に手をかざす。目を閉じ、静かに魔力を注ぎ込んだ。



 ──柔らかな光が、石の中から満ち始める。



 壁、天井、足元の岩まで、淡く揺らめく幻想の光に包まれ、洞窟の内部は別世界のような空間へと変わっていった。


-------


 荒れ果てた鉱山の中腹──そこにあったはずの洞窟の入口は、もうどこにも見当たらなかった。


 地形そのものも変化し、洞窟などはじめからなかったかのように。


 その周囲を、変わり果てた街人ゾンビたちがフラフラと彷徨っていた。

 あの戦闘で終わった訳ではなかった。


 まだゾンビ化した街人達は残っていたのだ。


 そして強化されたゾンビ兵も彷徨っており、黒い甲冑の隙間には、埋め込まれた監視用のカメラがあり、その映像は遠くアルザフルの中央司令塔に送られている。



 だが──そこには何も映っていない。



 洞窟の痕跡すら見つからず、ゾンビたちが徘徊しているだけの無意味な鉱山が広がっていた。



 それを見ていたデラートは、苛立ちを隠せなかった。


 「確かにこの鉱山で奴等を確認した筈だ……!

 なんで見つからん!!」


 周囲の騎士たちに怒鳴り散らし、拳を打ちつける。


 「どこに隠れやがった、灰狼共め……!」


 机を蹴り飛ばし、椅子を倒し、部下に詰め寄る。


「奴らは確かにこのあたりに逃げ込んだんだぞ! それが、突然消えた!? そんなバカな話があるか!」


 部下たちは冷や汗を流しながら報告を繰り返す。


「申し訳ありません。確かにあの洞窟周辺に入っていった記録はあります……ですが、その後、完全に視界から消えました。

 こちらとしては何が何だか…。」



「だったら! いっそその鉱山ごと爆破してやればいい!」


 荒ぶるデラートが吠えた瞬間、室内が静まり返る。


 一人の幕僚が冷静な声で言った。


「……閣下、この鉱山には魔導石の原石が多数眠っております。爆破などしたら、その魔力干渉がどう作用するか……最悪、都市一つ吹き飛ぶほどの災害が発生する可能性もあります。」



「チッ……!」



歯噛みして舌打ちするデラート。

その目は、怒りと苛立ちで赤く充血していた。


「だったらどうしろってんだ……あの亡霊共、またしても逃げやがった……!」


拳を机に叩きつける音が部屋に響く。


「とにかく捜索を続けろ…!!」


苛立ちを爆発させた彼は、乱れた髪をかきむしりながら、映像に何も映らぬモニターをにらみつけていた。


--------

 

 百を超える連合騎士たちとの死闘の末。


 蒼井、カイル、エリック、ライザは、荒れ果てた砂漠に立ち尽くしていた。


 地に伏した連合騎士達。風に舞う赤い砂。

 四人とも、血と汗にまみれ、膝をついて荒い息を吐いていた。



 カイルは肩で息をしながら、まだ雷光が刀身に走る大剣蒼雷を地面に突き立て、


「はぁ……やっと、全部片付いたか……。」と呟く。


 

 その横で、蒼井がゆっくりと立ち上がり、倒れた兵の中に一人、かつてのノア連邦の同期の騎士を見つける。


 彼の元へ膝をつき、目線を合わせる蒼井。



「ミハイル…。灰狼旅団のリーダー、レオンが連合騎士団に捕まった。

 おそらく、政府も動いているんだ。

 俺達はレオンを助けたい。……教えてくれ。

 連れていかれたとすれば、どこだ? 手薄なルートはあるか?」


 ミハイルは顔をしかめながら、血に染まった地面に吐き捨てるように言った。


「……誰がお前ら裏切り者共に…。

 しかも俺達は下っ端だ。そんな重要なこと、知るわけねぇだろ。

 法と神に逆らったお前らのやってることは、許されないぞ……。」



その言葉に、カイルが苛立ち、背後から詰め寄る。



「おい! 何が法だ、神だ!

 お前らは命令されるままに従ってるだけの奴隷だろうが!

 すがることしか出来ねぇバカ共が偉そうに!

 さっさと吐け、どこに連れてかれた!」



「……チッ、テロリストめ……。こんな状況じゃ、しゃべるしかねぇか……。

 聞いたわけじゃねぇが……。

 政府も動いてるなら領事館か、お前の言うあの塔しかない。」



その言葉に、エリックが歩み寄る。


「ルートは? 手薄な経路はあるのか?」


「……俺達中央の陣が崩された今、中央は空白だ。

 とはいえ、まだ塔の前には二百はいる守りの陣がある。

 ……だが下水道の出入り口が、盲点のはずだ。

 この先の付近にある……。」



ライザが眉をひそめて言う。


「真正面はさすがに目立つんじゃない?」


しかし、エリックは即答する。


「いや、あのあたりは地形が複雑で、隠れた通路がいくつかある。

 地下道を抜ければ、他よりは安全に近付ける。」



蒼井は立ち上がり、ミハイルに静かに言った。


「……礼を言う。お前の言葉は、嘘じゃないと信じてる。」



「なに言ってんだ、レイモンド……!」とカイルが呆れ顔で言う。



「なんでそんなに信用できんだよ?」


蒼井は微笑み、さらりと言った。


「俺の中にあるアマツの血がそう感じてる。……つまり感だ。」



「はあ!? 感だぁ!?」


 カイルの声が、青空の下でこだました。


 だが蒼井のその表情には、確かな闘志と覚悟が宿っていた。


 それを見たカイルとライザはこれ以上何も言わず信頼した。


 エリックはいつもの蒼井レイモンド節に慣れていた。

 そしてその感覚も絶対の信用を置いていた。


 地に伏した騎士、ミハイルはじっと天を仰いでいた。


 その彼のもとに、ライザが無言で近づく。


 腰のポーチに手を伸ばし、ひとつの光る小さな魔導石──回復の力を宿した《癒光石》を取り出すと、ミハイルの胸元に静かに置いた。


 「……これで、皆回復できる。」


 ライザはそれだけ言って、目を逸らすことなくミハイルを見下ろす。

 ミハイルはしばらく彼女を見上げたまま、やがて無言で手を伸ばし、石を握り締めた。


「……お前達は敵だが、この恩は……返す…。」


 そう低く呟いたその声に、ライザは何も答えず、静かに背を向ける。


──砂を踏みしめ、エリック、蒼井、カイルが待つ場所へ戻る。


 カイルは肩の剣を担ぎ直し、大剣蒼雷の切っ先を前に向ける。


「よし、じゃあ行くか。絶対にぶっ潰すって言ったからな……レオンも、絶対助け出す!」


 エリックは無言で頷き、ライザも静かに列に加わる。


 蒼井が最後に、もう一度だけ振り返ると、ミハイルは癒光石を握ったまま、四人を見つめていた。


 言葉はない。ただ、その瞳だけが何かを訴えていた。


──そして四人は、決戦の地へ。


 灼けた砂漠を真っすぐに踏みしめ、黒き塔──

デラートのいる騎士団本陣へと向かって歩き出した。


 炎に焼かれるような砂と、風の唸りの中。

彼らの心には、ひとつの信念だけが宿っていた。


 その塔の先に、レオンが囚われている。


 そしてそこには、戦う理由がある。


 次なる戦いの地へ、再び歩を進める。

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