第17話 鎖された牙、語られぬ真実

 アルザフルの豪華すぎる佇まいの領事館。

 その四階の会議室の空気は冷たく、清潔すぎるほど整っていた。


 魔導封印の手錠をかけられたレオン・ヴァルグレイは、長い円卓の端に座らされていた。

 周囲には、アルザフル政府の高官たちが数名。

 その中央には、冷ややかな笑みを浮かべるカシアンの姿があった。


 「……懐かしい顔だね、レオン。ようこそ、アルザフルの“中心”へ。」


 レオンは黙して返さなかった。目だけが、鋭く全員を観察していた。


 カシアンは笑みを保ったまま、指を軽く鳴らす。


 「さて、単刀直入に言おう。我々は君に“任務”を与える。

――灰狼旅団のメンバー全員の始末と、ノア連邦国の騎士団を裏切った蒼井レイモンド、エリック・モーガンの粛清だ。後、ザフィーラと共にいた二人の女もだ。」



 その言葉に、レオンのまぶたがかすかに動いた。


 「お前たち……本気で言ってるのか?」


 「もちろんだ。

 貴様に選択肢はない。

 なんせ、既に我々との密約を破り、灰狼旅団を裏切っているのだからな。」


 別の高官がすぐさま続ける。

「正確には、報酬と引き換えの“協力”を求めている。」



 「報酬……?」



 高官はにやりと笑った。


 「――ザフィーラを、蘇らせよう。」



 レオンの目が明らかに揺れた。

 声は出さなかったが、その名に心が強く反応したことは、全員が見て取った。



 「君もかつて彼女を愛していたな。」


 「だが彼女は死んだ。君の“背中”を見て、自ら去った。」


 カシアンが言葉を引き継ぐ。


 「彼女は、今のままでは無力な遺体にすぎない。だが――蘇生は可能だ。」



 その瞬間、場の端で椅子を乱暴に回しながら、けたたましい声が割り込んだ。


 「おいおい、ちょっと待てよォ!」


 現れたのは、装飾過多な正装を着た若き男――アルザフルの王子だった。

 王子は目を輝かせ、身を乗り出す。


 「ザフィーラと一緒にいたあの女たち――金髪と青髪の。名前、なんだっけ?

 あの金髪の方……痛めつけながら犯したいんだよ。

 それから、青髪の方は、水槽にでも沈めといてさ?   その苦しむ顔を眺めながら目の前で金髪の女をヤルのがもう最高でしょ?」


 「……。」


 レオンの表情が、静かに引きつった。


 高官の一人が冗談めかして笑う。


 「ははは、王子はお強い。性に旺盛でいらっしゃる。」

 「その際は、ぜひ我々にもご同席を。」



 室内に、異常な笑いが満ちる。



 だが――レオンの顔だけが、まるで鉄仮面のように静まり返っていた。

 眉間には青筋が浮かび、こぶしはゆっくりと震えていた。



 殺してやる。今すぐにでも。

 そう表情が語っていた。


 だが、レオンは――こらえた。


 視線をカシアンへ戻し、低く訊いた。



 「……本当に。蘇らせるなんてことが、可能なのか?」


 カシアンはすぐさま頷く。


 「もちろん。君も見ただろう、“あのミイラ部隊”を。」


 別の高官が嬉々として補足する。


 「あれは闇魔術の技術と、魔導石の融合だ。死者の肉体に魔導石を移植し、魔力で強化・蘇生する。

 “魂”の所在は問題ではない。組織を再生し、記憶を再投与すれば、蘇生と同義だ。」



 「ザフィーラの髪の毛が一本でもあれば、そこから細胞を再生し、肉体を造り直すことができる。

 我が国の魔導再構築技術は、すでに国家的成功例まで進んでいる。」



 「この技術があれば、死人を兵器として、または美術品、愛玩用として“生産”できる。

 ――我が国は、命と死を売る最先端の国家となる。」



 レオンは、誰の目も見なかった。

 ただ、心のどこかで聞こえた。ザフィーラの、あの言葉が。


 「あんた変わったね…誇りを忘れちまったのかい?」

 「でも、それに気付いたら……また私のとこに、来な。私はあんたを愛してるよ。」



 手錠が軋んだ。


 そして、レオンは言った。


 「……わかった。」

 その話に……従う…。」


-------


魔導の閃光が走り、砂を焦がすほどの熱気が周囲に広がっていた。

 地を裂く衝撃、鋼が交わる金属音、叫び声と号令が入り混じり、砂漠はすでに戦場そのものと化していた。



 カイルが蒼雷を振るい、前方の騎士をまとめて薙ぎ払う。


 その隣でライザが巨大なハンマーを回し、敵を片端から叩き伏せる。



 一方、蒼井とエリックは、別方向から迫ってきたノア連邦騎士団の一隊と向かい合っていた。


 ふと、前列にいた騎士の一人が、蒼井の姿に目を見開いた。


 「……レイモンド!? お前……生きてたのか!?」


 もう一人が、すぐにエリックを指差す。


 「エリック……お前まで……どうして……なんで裏切ったんだよッ!!」




 彼らの剣は、まだ下ろされていた。言葉には怒りと混乱が入り混じっていた。


 エリックが、剣を構えたまま低く言った。



 「……すまないな。でも、もう戻れない。

 こんなイカれた連中と、めちゃくちゃな任務を黙ってやり続けるなんて――俺には無理だった。」



 エリックは騎士たちをまっすぐに見据える。


 「お前らも……本当はそうなんじゃないか?」



 その言葉に、一人の騎士の顔が僅かに歪んだ。

 だが、すぐに怒声が飛ぶ。



 「――いつまでも子供みたいなこと言ってんじゃねえよ!!」



 「お前もそこまで、レイモンドに影響されやがって……!」


 「騎士ってのはな、神のもとに生まれた“国”のために生きるのが使命なんだよ!」


 「命令がすべてだ。……俺たちは、騎士なんだぞ!!」



 静かに――だがはっきりと、蒼井レイモンドが口を開く。


 「……だから嫌なんだよ。」

 くだらん欲望にまみれた連中や、上層のクズ共に殉ずるなど……ごめんだ。

 ましてやアルカセラフィム教の神がそれを許してるのであれば……神もクズだ。」


 彼は剣を構えながら、淡々と、けれど内から燃えるように言葉を続ける。


 「“騎士”とは――真に正しきことのために戦う者だ。

 ただ命令に従うだけの騎士団に刃を向けられて、何も疑問を持たずにそれを遂行するなら――お前たちは、その国家と同類だ。」


 沈黙。

 そして――剣の音。


 「やっぱり……お前とはわかり合えないな。」

 「すまんが死んでもらう!」


 数名の騎士たちが、一斉に剣を抜き、蒼井とエリックに襲いかかる。


 刃が交錯し、魔導の閃光が蒼井とエリックに迫る、その瞬間だった。


 「行くぞおぉ!!」


 ――ドオォォンッ!!!


 大地が震え、耳をつんざく衝撃音が響く。



 蒼井とエリックの背後から飛び込んできたのは、ライザ・ヴァレリア。

 

 彼女の手には、すでに振り下ろされた巨大なハンマー。


 地面が陥没し、周囲の砂が巻き上がる中、衝撃波が前方の騎士たちをまとめて吹き飛ばす!



 「まったく、躊躇うなと言ったのは君だろ?

 油断してすぐに囲まれてんじゃん!」

 ライザが肩で息をしながら言った。「……ったく、男共はすぐに語りたがる。」


 「……助かった。」

 蒼井が短く礼を言う。


 「当然でしょ」

 彼女はニッと笑って、またハンマーを構える。


 「次はこっちがぶち壊す番だよ。まだ生き残ってるなら、かかってきな!」


 再び、戦いが加速する。



 「おらぁあああああッ!!」


 カイル・マクレガーが、蒼雷(ソウライ)を横薙ぎに払う。


 青白い稲光が迸り、真横に並んでいた連合騎士団の騎士たちが吹き飛んだ。


 砂が爆ぜ、鉄と魔導の防具が砕け、騎士たちが呻き声を上げて倒れていく。



 「……おっしゃあ! まだだ……まだまだだ!!」



 カイルは肩で息をしながら、荒く笑った。


 だが――その笑みの中に、少しだけ苦い色が混じっていた。


 「にしても……この蒼雷、思うように雷撃が派手に出せねぇな……!」



 蒼雷の刀身を見ながら、カイルが舌打ちする。



 「俺と……相性悪いのか? それとも、まだ“本気”を見せてくれてねえだけか……。」


 雷光の残滓が、剣からジリジリと漏れていた。



 背後では、蒼井、エリック、ライザがそれぞれ別の戦線で連合騎士団と交戦していた。



 蒼井は一騎当千の如き太刀筋で、四人の騎士を一瞬で斬り伏せる。


 エリックは冷静な動きで防御と攻撃を兼ねながら、剣と魔導器を併用して制圧する。


 ライザは突撃を繰り返し、ハンマーで地を揺らし、騎士たちを吹き飛ばしていた。


 カイルは、その光景を見ながら、にやりと口元を吊り上げる。


 

「へっ、みんなやってるな……じゃあ、そろそろ仕上げといくか!」


 叫ぶように宣言すると、カイルは地面を蹴って跳躍する。


 「いっけええええぇぇぇ!!!」


 落下と同時に振り下ろされる蒼雷の一撃――

 雷撃が咆哮を上げ、周囲の騎士たちをまとめて巻き込んで爆ぜた。


 

 最後の一人が剣を投げ出し、膝をついたところで、カイルはようやく息をついた。



 砂嵐が収まり、静寂が戻る。

 荒れ果てた戦場に、四人の影だけが立っていた。


 騎士たちは――全員、倒されていた。


 「…………。」


 戦場を見渡し、最初に言葉を発したのはエリックだった。


 「……まじか……。」

 ……俺たち、全員倒しちまったのか……? あの数を……四人で……。」



 呆然とつぶやくエリックに、ライザが肩をすくめて言った。



 「途中で数えるのやめたけど、百は超えてたね。」



 蒼井は無言で剣を納め、倒れた騎士たちを見下ろしたまま、一歩踏み出した。



 カイルが最後に息を大きく吐き、剣を肩に担いだ。


 「……ったく……しんど……でも……勝ったな、俺たち。」



 雷の残り香と、血と砂の匂いの中で――

 彼らは、沈みゆく夕陽を背にして、ただ立ち尽くしていた。

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