第12話 魂の刃、火より現る
剣の切っ先が、石床に突き立てられた。
エリック・モーガンはそのまま静かに立ち、目の前に現れた三人を見据える。
フードを深く被った二体の異形な影――
そして中央に立つのは、煌びやかな銀の鎧に身を包んだ若い男だった。
男は鼻を鳴らして、エリックを見下すように言った。
「ん?お前……確かノア連邦の騎士団の奴だったな。確か、独房に捕まってたよな? 逃げた裏切り者が、こんな所で何してんだよ。」
その顔はアルザフル風の彫りの深さと、どこか嫌味の滲んだ目元をしていた。
笑っていてもその表情は、嘲笑と侮蔑しか感じさせない。
「お前ごとき、俺の部下で十分だ。
首を取って父上に見せれば、俺の功績と名誉は――またひとつ上乗せだな。」
その言葉に、エリックは静かに口元をほころばせた。
「……お前、もしかして。あの性悪隊長――デラートの息子か?」
エリックは小さく笑い、剣の柄を握り直す。
「なるほどな。どうりで小物感ハンパないわけだ。」
その言葉に、デラートの息子の表情が一瞬で怒りに染まる。
「早く殺せッ!!」
怒鳴ると同時に、左右に控えていた二体の影が一斉に動いた。
フードの下から覗く、乾いた肉体。
異様な関節の折れ方で、まるで糸で操られた人形のようにナイフを構え、エリックに迫る。
エリックは地面に突き刺していた剣を抜き、左手の腕輪に触れる。
淡い光が弾け、左腕に展開される魔導技術を施された盾。
その姿は、まさに騎士の基本にして王道――剣と盾を構えた堂々たる構え。
「さぁ、来いよ。そっちは“死んでる”みたいだが、俺は……まだ生きてるんでな!」
ミイラ兵たちが同時に踏み込んできた。
一体は地を這うように低姿勢で滑り込み、
もう一体はその頭上を跳躍して、刃を振り下ろしてくる。
エリックは瞬時に状況を判断し、左手の盾を前に出した。
低く構えて迫るナイフの一撃を受け流すように、盾の縁で角度を変える。
刃は逸れ、床を滑る。
だがその直後、空中から二体目の兵が勢いをつけて降ってきた。
――くるッ!
エリックはその場で踏み込み、反転。
盾を背面に回しながら回転し、落下する刃を肩口で受けるように弾いた。
衝撃が重く、靴底が石床を擦る。
「こいつら……さっきのミイラ共か…動きが“意図”を持ってない……ただ、目の前の敵を殺すという本能的な動きだ。」
一体が後方へ回り込み、刃を逆手に構えた。
その姿勢のまま、関節を異常な向きに曲げ、肘を引き裂くような角度でナイフを突き出してくる。
エリックは盾で刃を受け、そのまま腕を滑らせて脇へ外した。
だが相手は止まらない。
逆の手が絡みつくように伸び、無理な姿勢から更にもう一撃。
「……反応だけで攻撃してくるな。思考がない分、変則的すぎる。」
盾を捻りながら身体を回し、攻撃をいなし、反対側から来るもう一体の蹴りを足払いで止める。
「命令がないと、何も考えない。何も感じない……だ ったら、俺の方が、断然上だろうがよ!」
エリックは右手の剣を下段に構え、地面を強く踏みしめた。
正面から跳ねてきた一体を、あえて受け止める。
盾で受け、跳ね返す瞬間――逆に踏み込む。
「そこだ……!」
剣が低い軌道を描き、斬り上げた。
喉元を裂かれたミイラ兵は、声ひとつ上げずにその場に崩れる。
後方から回り込んだ二体目が、首の可動域を超えて捻りながらナイフを突いてくる。
エリックは一瞬驚いたが、その瞬間にも身体が動く。
盾を内側から回転させ、相手の突き手を押さえつける。
力任せではなく、角度で制して――
刃が止まったその隙に、剣を逆手に持ち替え、腹部を一直線に貫いた。
乾いた肉が裂ける音。
そのまま剣を引き抜き、一歩だけ後退。
二体のミイラ兵が、音もなく沈黙した。
エリックは肩で息をしながら、盾を解いた。
「ふぅ〜…レイと散々訓練した甲斐があったぜ…。」
そして、まだ立ちすくんでいたデラートの息子に、ゆっくりと剣を向けた。
「さあ……次はお前だ、バカ息子。」
ファビアンの表情から、余裕というものが完全に消えていた。
唇の端が小刻みに震え、冷や汗が額から首筋へと流れる。
「な、なんで……精鋭部隊が……!」
震える声でそう漏らしたそのとき、背後から重たい足音が響く。
一体の大型のミイラ兵が、石畳を軋ませながらゆっくりと姿を現した。
デラートの息子はすがるように振り返り、顔を明るくする。
「よし、来たか! これは父上の援軍に違いない!」
フードの奥から見えた顔――
皮膚の剥がれた、白濁した目と崩れた鼻梁。
「……こ、こいつ……あいつだ。
脱走兵の! 俺が、拷問して皮を剥いだ、あのぉ。
なんだかんだ良い適正があったんだな!
楽しかった拷問も、しっかりと意味があるってもん だ!ん!良かった何より!」
イカれた人間の狂った発言とその明るさに、エリックは嫌悪を顔に滲ませる。
「てめえ……どこまでも親子揃って狂ってるな!」
大型のミイラ兵が一歩、また一歩と近づく。
が、その刹那――
「遅くなったな、エリック!」
突風のような気配とともに、鍛冶場奥からカイル・マクレガーが飛び込んでくる。
その背にはザフィーラがカイルに託した大剣――ライザと共に鍛え抜かれ、今まさに完成したその刃。
カイルの一撃は、まるで雷光のごとく、一直線に敵を切り裂いた。
大型ミイラ兵は抗う間もなく、胴から真っ二つに両断される。
「この剣……やっと完成したぜ。」
その背後から、肩に巨大なハンマーを担ぎ、ライザ・ヴァレリアが姿を現す。
「火も鍛鉄も魂も、すべて詰め込んだ。
あんたを守るって約束、果たしたよ!」
カイルはエリックに目を向けて、短く言った。
「あんがとよ、エリック!
さて、後はこのクズだけだ。
名はファビアンだったけかな?」
エリックも微笑みを浮かべて頷き、剣を納めかけたそのとき――
「ウソだろ…!ま、待て……!」
追い詰められたファビアンが懐に手を触れ、その感触にあるものを思い出すと、急に調子を取り戻した。
「そういえば……お前ら、“ザフィーラ”とか言ってたよな?」
ファビアンはにやりと笑い、薄汚い口調で続けた。
「あいつの公開処刑……見応えあったぜ。
俺、最前列で見てたからな。あの顔――“最高”だったよ!
なぁ、ライザちゃん。」
その言葉を聞いた瞬間、カイルの足が動いた。
「てめえ……!!
楽に死ねると思うなよ、今からこのミイラと同じように皮を剥いでやるよ!!」
ライザも反射的に怒りで身体が動きハンマーを構え、突進する。
だが、ファビアンは煙幕を叩きつけた。
黒い霧が瞬時に広がり、視界を覆う。
剣も、ハンマーも空を切り、足音はすでに遠ざかっていく。
「……逃げやがった!!
待て!!クソヤロウ!!
必ず苦しませて殺してやるからなあぁぁ!!」
カイルが剣を握りしめたまま、ファビアンの逃げた先を睨む。
ライザは静かに吐き捨てた。
「今度こそ、絶対に逃がさない……次に見つけたら、地獄を見せてやる!!」
エリックは二人に歩み寄り、静かに言葉をかける。
「……バカ息子は、あの父親と共に必ず清算する。
だが今は、感情的な怒りをしまって、己の力になる研ぎ澄まされた怒りに変えるんだ。
まぁ…この言葉は蒼井レイモンドの言ってたことだけどな。」
カイルとライザは頷いた。
「……ああ。ザフィーラの仇は、あいつら全員だ。 皆……ぶっ潰す。」
カイルは一息吐き、大剣を見つめた後に背にかけた。
ライザも怒りのあまり涙を流していたが、カイルと同じくエリックの言葉に涙を拭い、手に持つハンマーを左手の腕輪を光らせ腕輪にしまった。
それは、灰狼旅団の誓いと――火のように燃える決意の証だった。
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