第3話 名も無き正義

砂漠の空に、冷たい風が吹いた。

熱気ではなく、静かな殺気が漂う――騎士と傭兵が対峙する、戦の幕が上がる。


蒼銀の鎧に身を包むは、国家の騎士・蒼井レイモンド。

背負うのは命令、そして血筋。

だがその剣は、名誉のためではなく、“真実を確かめるため”に抜かれた。


対するは、灰狼旅団の最前線を担う若き剣士――カイル・マクレガー。

その背にある大剣は、ただひたすらに悪党に振るわれる。

それゆえ、容赦など微塵もない。


「見かけによらず熱い演出をしてくるじゃねぇか。

なら俺もだ。

カイル・マクレガー!!灰狼旅団所属!!

――国家だろうが騎士だろうが、気に入らねえ奴は誰であろうがぶっ潰す!」


カイルが地面を蹴った。

刹那、空気が爆ぜた。

巨体とは思えぬ速度で一直線に突進する。


「ッ――!」


蒼井は剣を構え、魔導式の防御陣を発動する。

しかし、カイルの一撃はその上を行く。

剣同士がぶつかり、炸裂する雷のような衝撃が空間を揺らした。


「なかなかの一撃だな!

 防御陣が消し飛ぶとはな…!」


受けた蒼井の足が数歩下がる。

それでも冷静に、刃を滑らせてカウンターを狙う。


「へぇ、連邦の騎士のわりにいい受けしてんじゃねぇか。」


「……俺の剣は連邦国のものじゃない。」


「ほぉ?」


カイルは笑う。だが、次の一撃は容赦がなかった。


――斬撃、斬撃、踏み込み、振り上げ、叩きつけ。


その全てが、“殺す”ための剣。


蒼井は丁寧に捌く。

敵の呼吸、足運び、重心の流れを読み、的確に刃を受け流す。


「……見たことねぇ戦い方だな!まるで、武道だ。」


「……喋ってないで剣で示してみせろ!」


「は!!言うじゃねぇか!」


カイルが地面を蹴り、低い体勢からの突き上げ。

カイルの巨体からは想像できない、しなやかさとスピードで加速された剣が、蒼井の脇腹に食い込む寸前――


「……っ!」


蒼井が側転のように身を翻す。

ギリギリで致命傷を避け、跳ねるように距離を取る。


そのまま、両者が息をつく間もなく交差。

鋼と鋼が火花を撒き散らす。


剣撃は10、20、30を超えた。

周囲で見ていた灰狼旅団の団員たちが、もはや口を閉ざしていた。


「な……あの騎士、マジでカイルと互角にやり合ってるぞ……?」


「カイルの剣を受けきってる……いや、受け流してる。技で押してるのか……?」


だが――

一瞬の隙。

カイルの踏み込みが速すぎた。


「――喰らえ!!」


蒼井の剣が吹き飛ぶ。

大剣の打撃で、武器ごと弾き飛ばされた蒼井の身体が、地面に転がる。


「終わりだ!!」


カイルが獅子の如く間髪入れず距離を詰めてくる。

その圧は殺気に満ちていた。


その時、蒼井は目を閉じた。


――聞こえる、師匠の声が…。


「欲を振るうな。魂を握れ。

お前の剣は、お前の中…魂の中にある!」


カイルが踏み込む。

その動きは一切の迷いがない、真正面からの一太刀――


その瞬間。


「――ッ!」


蒼井の拳が、風を切って鳩尾に突き刺さる。

音すらない。

ただ、カイルの巨体がぐらりと揺れ、そのまま崩れた。


「っ、ぐ……ッ、ハハ……!」


砂を掴み、笑いながら気を失うカイル。


「マジかよ……連邦の犬かと思ったら……なかなか骨のある奴じゃねえ…か……。」


蒼井は深く、静かに呼吸を整えた。

「お前の剣…見せてもらったぞ…。」


旅団の面々が、一斉にざわつく。


「う、嘘だろ……あのカイルが……?」


「アイツ、マジで一人で……!?」


驚きと警戒、そして怒り。

剣を抜こうとする団員が前に出ようとする。


「やべぇ、囲め!あの騎士、今のうちに潰す――!」


だが、静かにそれを止める足音があった。


「よせ…!」


低い声が、砂の音をかき消す。


姿を現したのは、黒いコートに魔導大剣を背負った男――

灰狼旅団の首領、レオン・ヴァルグレイ。


「親父……!」


レオンは倒れたカイルを一瞥し、そして蒼井を見た。

その目に浮かぶのは、怒りでも敵意でもない。ただ、鋭い観察の光。


「……連邦の騎士、か。

けど、ただの命令で動いてる奴には見えねぇな。

さっきの決闘……良い戦いをするじゃねえか。」


蒼井は警戒を崩さずに答える。


「……命令のために来た。だが、戦って分かった。

お前たちは“悪党”じゃない。――むしろ、俺が疑っていた“正義”の方が、よほど怪しい。」


レオンの口元がわずかに緩む。


「ほぉ?気づいたか。連邦国の騎士にしては良い感覚を持ってやがる。

なら言わせてもらう――

今回は、見逃してやる。」


「……!」


旅団の面々がざわつくが、レオンが手で制す。


「この若もんは、ただの敵じゃない。

ちゃんとものかま見えてる奴は、無駄に殺す理由がねぇ。」


一瞬、空気が落ち着く。


だが――蒼井は振り返り、表情を引き締めた。


「……時間がない。村は囲まれている。

アル=ザフル騎士団と、ノア連邦騎士団の合同部隊が動き出している。」


「……なんだと?」


「包囲はもう始まっているはずだ。俺がここで足止めしている間に、あの連中は“村ごと”潰すつもりだ。」


旅団の面々の顔色が変わる。


レオンの目も、鋭く細められる。


「……チッ、奴ら、初めから全滅前提の作戦か。

……これじゃあ話が……。」


「今すぐ逃げろ。このままじゃ村人も、旅団も――全滅する。」


その言葉に、蒼井の声に、レオンは確信を抱いた。


この若者の顔は、嘘をついているように思えない。


そのとき――

遠く、砂嵐の向こうから響く音があった。


角笛のような重低音。

魔導戦車の車輪音。

炎をまとう結界陣の展開音。


「……来たな。」


砂丘の先に、黒と赤の旗が複数立ち並ぶ。

そこに刻まれた紋章は――連邦の鷹と、ザフル騎士団の双頭の獣。


村と、灰狼旅団を、正義の名のもとに焼き払うための包囲が、すでに始まっていた。


砂嵐の向こうから、魔導戦車の咆哮が轟いた。

結界が展開され、村の四方を完全に封鎖するように、部隊が展開する。


その中心で、アル=ザフル騎士団の指揮官、デラート・グレンシュタインが、赤い外套を翻しながら叫んだ。


「村ごと焼き払え! 旅団も、民もまとめて消し飛ばせ!!」


その隣、軍馬に跨った男――ノア連邦元帥、グレゴール・ヴァルデンベルクも、それを止める素振りすら見せなかった。


「愚息の命などどうでもいい。

名誉のために必要なのは、徹底的な勝利だ。…焼き尽くせ。」


作戦本部に沈黙が走る。


周囲の若い騎士たちが顔を見合わせ、言葉を失う。


「本気で……村人まで……?」


「女も子どももいるんだぞ……。」


「命令だ。命令……だろ?」


彼らはためらいながらも、剣に手をかけ、魔導装備を起動する。


そのとき、ピピッと通信端末が振動した。


騎士団副隊長――エリック・モーガンの端末だった。


画面に浮かび上がるのは、蒼井レイモンドの顔。


「やっぱり、俺の勘は正しかった。」


エリックが口を開くより早く、蒼井の声が続く。


「灰狼旅団は、悪党じゃない。民を守ろうとする、誇りを持った者たちだった。

……だから、俺は命令に背く。もう、騎士であることを捨てる。」


「俺は、デラートを含む中枢を潰す。

俺とお前で、この“作られた正義”を断ち切る!」


沈黙。

だが、次の一言は、二人だけの“合図”だった。


「昨夜の手筈通り、仕込んだ場所に入ってくれ。

頼んだぞ…!」


エリックは小さく息を吐き、微笑しながら口元を歪めた。


「ふぅ…やっぱな……言うと思った。

 お前の勘は当たるからな。こうなるって分かってたよ。」


端末をしまいながら、目を細める。


「……なんとか、やってやるさ。」


彼の視線の先、戦線に不穏なざわめきが走り始めていた。


村を囲んだ部隊の中で、ついに最初の爆発が起こる。

火炎弾が一発、村の外れにある家屋へ着弾――火が上がる。


「ッ! 来たぞ!」


村人たちの悲鳴、灰狼旅団の怒声、砂を蹴るように皆が動き出す。


中央で冷静に指揮を取っていたレオンが、倒れていたカイルに声をかけた。


「起きろ、カイル!寝てる場合じゃねぇ!」


「ん……あぁ……戦か? 行ける。全快だ!!」


何の冗談かと思えるほど軽い口調で、カイルがひょこっと立ち上がる。

服に砂を払うと、背中の大剣を一振り担ぐ。


「……蒼井だっけ? なかなか面白い勝負だったぜ。」


レオンがにやりと笑った。


「まったくだ。……なら今だけ共闘ってやつだ!」


カイルは剣を握り直し、吠えるように叫ぶ。


「行くぞォォォッ!村を焼かせてたまるか!!」


蒼井レイモンドは騎士であることを捨てた今、

初めて“自分の剣”を振るえる。


その一撃が、正義の偽装を穿つ“始まり”となる。

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