EP 2

「二つの記憶と、最初の武器」

木々の隙間から差し込む光が、瞼を焼く。

ゆっくりと意識が浮上すると同時に、ズキリ、と金槌で殴られたような激しい頭痛がリュウを襲った。

「ぐっ…、頭が…」

土と腐葉土の匂いが鼻をつく。どうやら自分は、森の地面に直接倒れていたらしい。体を起こそうとするが、全身が鉛のように重く、力が入らない。喉はカラカラに乾ききっていた。

這うようにして近くの水溜まりに顔を寄せ、泥の混じった生ぬるい水を夢中で口に含んだ。渇ききった喉を潤すと、少しだけ思考がはっきりしてくる。そして、水面に揺れる自分の顔を見て、リュウは息を呑んだ。

そこに映っていたのは、見慣れた25歳の冴えないサラリーマンの顔ではなかった。日に焼け、頬はこけているものの、まだあどけなさの残る精悍な顔つき。歳は、十代後半といったところか。

その顔を見た瞬間、頭の中でバラバラだったパズルのピースが、凄まじい勢いで組み合わさっていく。

(そ、そうだ…俺はリュウ…。歳は18歳…。たった一人の家族だった爺ちゃんが、先月、病気で死んで…。そうか、これは…この身体の記憶か…)

佐々木 龍としての25年間の記憶。

そして、この世界で生きてきたリュウとしての18年間の記憶。

二つの人生が脳内で衝突し、やがて一つに溶け合っていく。俺は、佐々木 龍であり、リュウなのだ。

リュウとしての記憶が告げていた。爺ちゃんが死んでから、村での居場所を失い、食料も尽きた。腹を空かして食べられるものを探してこの森に来たが、何も見つけられず…そして、力尽きて気絶したのか。

「…何だコレ。我ながら情けない奴だな」

自嘲の言葉が漏れる。だが、感傷に浸っている暇はない。このままでは、また飢えて倒れるだけだ。何か、何か打開策は…。そこで、リュウは思い出した。意識が途切れる寸前の、あのふざけた女神のことを。

「えっと…女神は言った。スキルは『武器使い』だって…」

転生前のゲームやラノベの知識が、こんなところで役に立つとは思わなかった。半信半疑で、祈るように、あるいは命令するように、リュウは口に出した。

「えーっと…ステータス、よ出ろ!」

すると、リュウの目の前の空間が淡く光り、半透明の青いボードが音もなく現れた。

名前: リュウ

種族: ヒューマン

レベル: 1

スキル:

* 言語理解

* 武器使い

「お、おお…本当に出た…」

あまりにもシンプルな表示。レベル1。スキルは女神が言っていた二つだけ。

「武器使い、か。これ、どうやって使うんだ?」

リュウがそう呟いた、その時だった。

《スキル『武器使い』を使用しますか?》

「わぁ!?」

頭の中に直接響くような、感情の乗らない無機質な声。リュウは思わず辺りを見回すが、誰の姿もない。

《スキル『武器使い』を使用しますか?》

再び、声が問いかけてくる。どうやら、これがステータスボードに付随する「システム」というものらしい。

「は、はい…お願いします」

リュウがおずおずと答えた瞬間、彼の足元で、いくつかの物が淡い光を放ち始めた。それは、何の変哲もない、ただの石ころだった。

「えっ…。拾えってことかよ…」

光る石ころの一つを、リュウは半信半疑で拾い上げる。手のひらに収まる、ごく普通の石。だが、それを握った瞬間、不思議な感覚がリュウを包んだ。石の重さ、重心、角の硬さ、その全てが情報として流れ込んでくる。

(いける…)

根拠のない確信があった。リュウは20メートルほど先にある、幹の太い木を見据える。そして、野球のピッチャーのように振りかぶり、石を投げつけた。

ヒュッ、と空気を切り裂く音。

放たれた石は、吸い込まれるような正確な軌道を描き、乾いた音を立てて木の幹のど真ん中に命中した。

「すげ~…。当たった…」

リュウは自分の手を見つめた。佐々木 龍だった頃の自分は、運動神経が良い方ではなかった。こんな芸当、到底できるはずがない。

「いや…これが『武器使い』ってわけか」

命中率が上がっただけではない。どうすれば最も効率よく、最も正確に「武器」を扱えるか、その方法が直感的に理解できるのだ。

リュウは、自分の置かれた状況を改めて認識した。レベル1。所持品なし。そして、謎のスキル。

「俺の最初の武器は…石ころ、か」

情けなくもあるが、今はこれが唯一の希望だった。リュウは光る石をさらにいくつか拾い集めると、森の奥へと視線を向けた。まずは、この石ころで食料を手に入れなければならない。

灰色の日常に別れを告げ、リュウの異世界でのサバイバルが、静かに始まった。

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