第20話 番と相思相愛

 ***


 強い抑制剤を飲んだラーダは少し冷静になり、両親たちの言うことを咀嚼した。確かにきちんと彼女の居場所を固めた方がいい。


 早く欲しい欲しいと叫ぶ本能を抑制剤で押さえつけ、ラーダは手っ取り早く能力値の高さを見せつけるために魔獣を狩って狩って狩りまくった。

 実際にミディアのお菓子を食べてからは体が軽く、五感は研ぎ澄まされ、八つ股の大蛇だろうが古竜だろうがなんでも短時間で狩った。


 どんなに遠くても必ずミディアのいる街に戻るため、寝る時間を惜しんで駆けた。全てはミディアの顔を1日1回は見るためだ。

 そうでなければ寂しくて死んでしまう。

 その前に辺りを破壊尽くす気もしている。


 とにかく時間の許す限りをミディアのそばで過ごすためにその辺で野営していたが、定住してないのかと驚かれた。

 人族は持ち家を持って求愛しないとカイショウナシと言われるともどこかの酒場で聞いた。


 自分の巣は家と関係なく自分で用意したいから、冒険者として稼いだ手持ち資金で屋敷は買った。ミディアの店に通えるちょうどいい物件で内装もミディアが家でいつでも菓子を作れるようにキッチンを店仕様に変えさせている。なんなら一日中家にいて欲しいから少しずつ聞き出しているミディアの好きなものを反映している。

 まだ番の好みに改装できていないのに、中途半端に連れ込むだなんてそれこそ番に対する冒涜だ。愛情が足りないだなんて思われたらたまらない。


「もうすぐきちんと定住する!安心してくれ!」としか言えなかった。

「そうなの?」ときょとんとした顔があまりに可愛くて舐めまわしたかったが、我慢した。


 ミディアは自分のうねった髪や釣り上がった瞳やそばかすを気にしているようだったが、ラーダには全部可愛い要素でしかない。

 ウェーブのかかった髪は柔らかくふわふわで触り心地がいいし、お菓子を作っている時は真剣できゅっとキツく意志が強そうに見える瞳が、ラーダにお菓子を与える時には柔らかく弧を描くのも大好きだ。

 そばかすの一つ一つも数えたいし、シャープな輪郭もいつだって舐め回したい。

 なによりぽてりとした小さな唇が「ラーダ」と優しい音で名前を呼んでくれるたびに色っぽくてむしゃぶりつきたい。

 いつまでも敬語なのはいただけないが、真面目なミディアがお貴族様は怖いとちょっと震えるのも可愛いし、ラーダの名前には様を付けないででも敬語で話すのもなんだか特別みたいで悶える。


 つまりミディアであればなんでも可愛い。


 そばにいるといい匂いが漂うので抑制剤を飲んでいてもとてもたまらず、必ず側にいた。


 番に自分の匂いをなすりつけたくてすりすりと首筋のあたりに獣耳を擦り寄せる。


 最初はかなりびっくりしていたミディアだったが、今は「仕方ないですね」と耳の根本を仕事のしすぎで荒れている指で撫でてくれる。

 そこは性感帯で気持ち良くてたまらなく、ますますラーダはぐりぐりと頭を押し付けた。

 そうでもしなければ耐えられなかったことを責められるいわれはない。


 ミディアの色っぽい唇からは、いつも、ふふふっと可愛い笑い声が漏れる。


 相思相愛とはこのことだ。


 もう食べたらダメなのだろうか。

 いや、だめだ。最高の巣を用意してそこで誰にも文句をつけさせずに大事に大事に抱くのだ。


 何度その問答を頭の中で繰り返しただろう。

 もう妄想だけなら何百回と犯しているし、自慰も止まらない。

 右手から精液の匂いがするのに辟易するが、人族には匂いはわからないだろうからその手でミディアの頭と頬を撫でるのが背徳的で密かにゾクゾクとした。


 ミディアはこの街の唯一の菓子店を28歳という若さで一人で切り盛りしている。

 夜が明ける前から仕込みをして、夜遅くまで働いている。

 なんでそんなに働くのかと聞くと、恩人の店を大切にしたいしお菓子作りが好きからとはにかんで答えてくれた。

 それに自分も恩人に救われたから子供たちにはお菓子の幸せの味を知ってほしいとも。

 なんて純粋で優しい心根なのか。

 自分の番は本当に最高である。


 番が大切にしているなら仕方がない、と本当は人目につく客商売は許したくないが、まあ基本は接客は妹がメインでミディアはせっせと厨房で働いているだけだからどうにか我慢した。

 小銭を握りしめてやって来る子供たちに懐かれているミディアを見ると、自分との子に囲まれている未来の妄想が止まらない。

 ミディアの腰下のあたりに抱きついている少年を見た時にはカッとなり引き剥がすように持ち上げたら、筋肉遊園地だ!と懐かれた。

 人族だって子供は純粋だ。抑制剤で鈍っているとは言え、腐臭に近い匂いがしないのは助かる。

 純粋に可愛いなという気持ちとミディアによく思われたい下心でしばらく登らせたり放り投げたりして遊んでやった。


 結果、ミディアがキラキラとした目をしていたので、きっと自分との未来を思い描いてくれていたのだろう。


 それにしたって厨房は火を使うために汗だくになっているミディアの芳しい匂いはたまらない。


 いつも汚くて恥ずかしいと言うミディアに「そんなわけはない!一生懸命に働いているミディアは素敵だ!」と勢いよく告げたのは汗の匂いを取らないで欲しいという意味ではない、決して。


 ミディアは大層な働き者なだけではなく、家族想いでもあった。

 なぜか大変な雑用は全くせず目立つ仕事ばかりやりたがる妹と、売り上げを持っていって勝手にいろいろ新たな投資してしまう兄と働きもせず金の無心をするとラーダが話を聞いた両親。

時はミディアの苦労をなんだと思っているのかと憤ったが、「まあ、家族なので。私も接客も数字も苦手だし…事実、単価の高いお客さんは増えてるからいいことなんだと思います、たぶん」とミディアが困った顔で微笑むので、仕方なく黙っている。


 ミディアと結婚して、ラーダが家族になった暁にはきっちり報復してやろうと思ってはいるが。


 ミディアの目下の悩みは王都の品評会である。


 これもまた兄妹が勝手に決めてきたことでただでさえ忙しいミディアを追い詰めるなとイライラしたが、同時にミディアの地位をわからせるには好機に思った。

 まだ嫁いでいない一つ上の姉が一番甘いものが好きで社交界でも何かと話題の中心らしいので(本人談)、ミディアの菓子を認めてくれれば伯爵令嬢が認めた菓子屋になる。

 けれどこの姉は次兄に次いで特に人族が嫌いだ。人族の社交界出てるんじゃないのかよ、と突っ込んだが、アイツらがへらへら媚びてくるのを見下ろすのが好きなんだとめちゃくちゃなことを言われた。


 だからラーダが断腸の思いでミディアの作ったものをほんの少し分けてやったと言うのに、「な、な、おいし…こほん、いえ、うん。そ、それなりに食べられるけど?でもこれじゃ王都では埋もれてしまうわね。美しさと独創性が足りないわ!」とダメ出ししてきたのでキレて飛び掛かろうとしたら、兄たちにまた全力でのしかかられて今度は殴られて止められた。


「バカ!なんてことを言うんだ!つがいぐるいは知ってるだろ!?」

「抑制剤は1日一つしか飲めないんだぞ!」

「だって可愛い弟が人族の女なんかにぃ!あとあとめっちゃ素直に美味しいのが悔しいぃい!」

「くだらないこと言うな!!協力してやれ!」

「本当だもの、美味しいだけじゃだめなのよ!アイツら見た目ばっかり大事にするんだから…この私が認めたって広めるにはこの素朴な味だけじゃだめよ。素朴……もっと食べたい。邪気とか欲望がなさすぎて安心する味だわ…。ラーダ、もっとたくさん持ってきて!」

「フー!なんで俺が番の手作りを分けなきゃいけないんだ!?」

「手作りって、お店で売ってるんじゃないの…。持ってきてくれたら改良のアドバイスしてあげるわよ、人族にも認めさせたいんでしょ?」

「お前っ、ミディアの菓子に文句をつける気か?うぅ、ぐるるるっ」

「こら、ラーダ、暴れるな!」

「きゃあ!お、お、王都の品評会でそれなりになれば結婚できるわよ」

「ぅううっ」


 結婚。

 それはもう早くしたい。


「…………わかった」

「「すごい、言うことを聞いた」」

「やった!お菓子!それにラーダも帰ってくるのよね?」

「…………本当に俺のためなんだよな?」

「あ、当たり前じゃない。それにね、聞いてるとラーダの番、働き者っぽいじゃない?まあ人族だから信用していいのかわからないけど、でももし本当なら、こうやるともっと美味しくなるよってアドバイスくれる男は好かれると思うわ」

「…………本当か?」

「ええ、だって困ってるところを助けてくれるのに憧れるってお友達みんな言うもの」


 イマイチ信用がならない姉の言葉だったが、断腸の思いで「もう少しこうしたら」と姉の助言をミディアに伝えたところ、ぱあっと嬉しそうな顔をしたので正解だったと悟った。

 可愛い。笑顔、舐めまわして食べ尽くしたい。


 それから試作品を食べてください!と頼られて、店を閉めてから遅くまで一緒にいてくれるようになったから、姉に怒っていたのが現金なことに心から感謝した。



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