第17話 決別

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2位はマーブル!


その言葉に妹は口に手を当ててほろほろと美しい涙を流していた。

田舎の一洋菓子店が、王都の大会で二番なのだ。さぞ嬉しいだろう。


固くしっとりとしたビターチョコレートの生地にラズベリームースの爽やかで口溶けのいい食感甘さを抑えたクリームがよくあっていて、なにより装飾が見たことがないほど愛らしくて素晴らしい。


そんな講評のあと、マーブルのパティシエとしてアデルが名前を呼ばれた。


ミディアが昼夜問わず働いて得た売り上げから新調したのであろう高価そうなドレスを着た妹が会場からの万雷の拍手に応えているのを見て、ミディアはこの会場に来る時に持ち込んだコンパクトにまとめた荷物を背負った。


この品評会までに色々考えたのだが、ミディアはもう限界だった。


まず率直にラーダを好きになりすぎていた。


美味しいと屈託なくミディアのお菓子を食べてくれて細い腕で重たい荷物はもつべきじゃないとミディアを女性として扱ってくれてたったの1ヶ月で関心の薄い両親よりもスキンシップを取ってくれた。

すごいなこんな別々の材料から形の違ううまいものができるなんて魔法みたいだ、とミディアの手元を見ながらうっとりと語ってくれた。

追い込んでくるとうっかり食事を忘れるミディアにそれでも邪魔にならないようにと手で食べられるパンを差し出してくれた。

夜遅くまで働いてるのに子供にまで気を配って偉いんだな、と彼自身も子供たちと遊んでくれることさえあった。


ああ好きだなあと何度思ったのかわからない。

一度自覚した恋心は、年齢的に落ち着いているなんてことも全くなく、胸を弾ませて痛ませて加速するばかりだ。


そんなラーダがアデルと結婚するのを親族としてそばで見るのは辛い。


それに話題になるから賞を取ることを見越してしばらく田舎のお店はおやすみし王都で日持ちする菓子を高値で売り捌こうと兄に命令され不眠不休で菓子を焼いて大量に包まされた。

約束をしていた子供への誕生日ケーキは儲かるものでもないくせにと勝手にキャンセルをされた。


失恋のショックもさめやらぬままここまで酷使されても、怒鳴られると従順にする以外思いつかなかったミディアはようやく悟ったのだ。


老夫婦には恩義があったが勝手な兄妹にここまでやりたい放題されて、好きになった相手にも結婚のために利用されて。なんでそこまで頑張らなければならないのだ、と。

だからミディアは自分の腕で生き直そうと思った。


どこか別の街でお店で働いて貯金して今度こそ他の人に譲られる形でなくて自分のお店を持とう、と。小さくてもいいから自分の好きなものだけを並べられるお店かいい。

もう貴族とか相手にしたくなんてない。

映えとか知らない。映えのために合わないトッピングをゴテゴテと並べ立てて一口も食べられるないまま捨てられることなんてもう耐えたくない。

甘いもの食べたら太るから嫌だと言うならケーキ屋に来るなとほんと言いたい。


お菓子は食べるためにあるのだ。

飾るのが好きなだけならもうアデルがやればいい。

何でもかんでもやってもらえて当然と思うなら誰かにやって貰えばいい。


ミディアは美味しい、とみんなが幸せに、いや、自分が幸せだと感じられる場所を作りたかった。


毎日こき使われてへとへとになっているだけだった頃には何も考えられなかったが、ラーダと過ごすうちに自分にもこうしたいという想いがあったことを思い出せたのだ。


それに気がついてしまってはもう搾取されるだけの人生はごめんだと思ってしまった。


きっと、あの優しい店主夫婦はミディアの選択を尊重してくれる。そもそも店を残すことを彼らが望んでいたわけではなく、居場所をなくしたくなかったミディアが頼み込んで看板ごと存続させてくれたものだった。

だから、お店なんて気にしなくていいのよ、ミディアちゃんの好きなようにしていいわ、と微笑んでくれるだろう。


小さなトランクの中身以外、持っていくものはない。だってミディアにはお店以外は何もなくて、ここではもう大切なものは作れなかった。


でも、製菓や一人でも生きるための知識と腕だけはある。それはミディアが努力した証だ。

そう思えるようになったことは、いつも褒めちぎってくれるあの優しい甘党の銀狼の青年のおかげだ。


だから感謝をする気持ちの方が大きい。

そう思おう。


「とりあえず珍しい食材があるっていう南を目指そう!」


ミディアはグッと拳をつきあげた。

幸いに女一人旅でもこの身長だ。

髪を切ってしまえば男と間違われるだろうし、そう危険なこともないだろう。


二度目の失恋は胸に棘がささった形だし、老夫婦から引き継いだたくさんの思い出のお店への未練だって捨てきれていないし、涙は溢れそうになることだってあるけれど、誰に顧みられなくてもいつだってなんとか生きてきたのだ。


新しい生活に無理矢理にでも胸を弾ませて、ミディアは歩き出した。


………はずだった。

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