勘違い狼獣人は美味しい番を離さない~恋愛経験ゼロのパティシエは甘党冒険者の胃袋をつかんでしまったようです~
鳥海柚菜
第1話 甘党の試食家と報われないパティシエ
「あぁ、これは美味い」
体格がよく強面で硬派な雰囲気のため一見して近寄りがたい男の口の端が上がり、琥珀色の鋭い瞳が細められて三日月に緩むこの瞬間に心臓が跳ね上がりそうになる。
「そ、そうですか?よかったあ!お貴族様はこういうのが好きそうですかね?」
問いかけたミディアに「うちの姉は絶対に好きだ」と頷いて「本当に見た目も素晴らしいな」と男はその分厚くて大きな手にあってはサイズ間違えたかなとも思える、ちまちまと小さく切られた繊細なオレンジと生クリームの花にデコレーションされたカカオケーキをぱくついている。
すでに2つ目に手が伸びている。
常人の2倍はあるのでは、という筋骨隆々のS級冒険者、それがラーダである。
ピクピクと彼の黒髪の上で嬉しそうに動いている銀色の獣耳と隠しきれずに左右に揺れている同じ色のふさふさの尻尾が示す通り、彼は狼の、それも銀狼の獣人だ。
銀狼は獣人と共存するこの国であっても大変珍しく、この国に住む獣人たちの長として特別な貴族籍を持っている。
彼はその家の三男らしい。
が、家を継ぐわけでもなく、国に仕えるでもなく、自由に冒険者なんてものをやって日々魔獣を狩っている。
魔獣とは、何らかの原因で淀みが溜まり、狂暴化した獣を言う。元の獣の種類に関係なく、腐った肉を食らい、魔獣同士食いあうことで本来自然界にはいない生物ーーたとえばドラゴンとかバジリスク、グリフォン、フェンリルなどこの世に存在しない形態に進化していく。
魔獣は体の中に魔石という淀みが凝縮された貴石を有していてこの石が大きければ大きいほど強い魔獣なのだそうだ。
そんな魔獣を狩るのは人よりも総じて強靭な肉体や特殊な能力を持つ獣人の役割であり、それはそれで役には立っていると見逃されている、らしい。
睨まれたら誰もがひれ伏したくなる威圧感満載の男が、分かりやすく相好を崩し、目尻にしわを寄せながら喜んでぱくついているのが、田舎街ディワードに唯一ある甘味処の女子ウケ抜群「映え」ケーキである。
ディワードは、王都から馬車で3日、次に大きな商業都市までも馬車で3日。道中のはざまにあってよく言えば牧歌的、悪く言えば何もない田舎である。正直、都市を行き来する旅人を受け入れる旅館と地元民を相手にした小さな商店街が街の中心にあるだけで、あとは、見渡す限りの農地か牧草地。ちょっと視線を遠くに向ければ、山、山、山。空は青く澄んで大変綺麗ではある。
住んでいるのは商人、農民、酪農家がほとんど。領主も常駐しない平民ばかりの平和な街である。
しかし、何とそんな片田舎唯一の洋菓子店、『マーブル』は、少し前に王都でもその見た目の可愛らしさと美味しさで話題になり、わざわざお貴族様がお求めになりにくるという慶事に会っている。
そんな『マーブル』の唯一のパティシエ、それがミディアだった。
ミディアは、くすんだ黄土色のうねった髪、焦茶色の釣り上がった瞳、そばかすが散った頬、さほど高くもない鼻にぽてりとした小さな唇が逆三角形の輪郭にそれなりの位置に配置されているといった取り立てて特徴のない冴えない顔立ちであった。
だが、それよりも、何よりもこんな田舎の女性としては珍しいほどの長身だった。
この街の男性の平均身長より少し高いくらいの、細くて凹凸のない体つき。
だからスカートを履いて街を歩けばぎょっとした顔で振り返られ、女性たちにはひそひそとこちらを見ながら怪訝な顔や半笑いで話されて。
男性には女として見られたこともなく女装男子と揶揄われてばかり。
家族には嫁の貰い手も絶望的な出来損ないと日常的に罵られた。
さほど明るい性格でもなかったミディアは、田舎では当たり前の「結婚して家に入る」ことはさっさと諦めて手に職をつけることにした。
幸いにもというか、ミディアは手先が器用で、女性らしいセンスもあったため、昔は王都で店を構えていたという老夫婦に気に入られ、弟子として店を譲られる形で独立した。24歳のときである。
ーーーそれから4年。
立派な行き遅れとなったミディアがこの界隈でそれなりに有名人になると、嫁に「行けない」ので働いているのだと長女をバカにしていた家族が手のひらを返したかのようにすり寄ってきた。
職人でしかないミディアは外に出ることが得意ではなく、接客も製菓の片手間だった。
そんな愛想のない武骨な『マーブル』という店にカフェを作ろうと勝手にチラシを配り宣伝し勝手に店を増築して経営を始めてしまった兄とこの地域では一、二を争う器量良しとされる妹に半分乗っ取られる形で店は大きくなってしまった。
ほそぼそと若い人が少ない田舎で、毎日働いている人たちの癒しになれるようにと先代から引き継いだとおり誠実に菓子を作り続けていたのに、おしゃれでキラキラして食べたことがちょっと話題や自慢になるような穴場の店と認知されるようになってしまった。
いつの間にかケーキを作っているのさえ妹の手柄になっていた。
たしかに、王都に日持ちのする焼き菓子を屋台で売りに行ってそこで売り込みトークしてたらお忍びで祭りに来ていた貴族令嬢たちに気に入られたというのがこの謎のブームの始まりなのだから、貴族向けの菓子屋というのは彼女の手柄に間違いない。
妹ーーアデルはミディアと全く似ても似つかない。
甘く煮詰めたミルクティーを溶かしたような長い髪と蜂蜜色の大きな瞳、丸顔で背が小さく華奢な割に、大きな胸を持つアデルは、6歳も年下なのに社交的で愛嬌があり口が立つ。
この辺りでは18歳で結婚するのが普通だが、22歳を過ぎても彼女が結婚しないのはこんな田舎者などを夫にするつもりがないからだろう。
ミディアのケーキを「私がもっと販路を広げて売り込みに行ってあげる!」と言っていたのも煌びやかな王都にいく口実が欲しかったに他ならない。
計画性がなく見切り発車ばかりするが、詐欺師かとばかりに口先が上手い兄といい感じで『マーブル』のブランディングをし、お茶会に映える小ぶりで可愛い形の焼き菓子を祭で売り子をちやほやとしてくれる男性に売り込んでいったら、なんとこんな田舎の店なのに貴族向けの店が出る品評会によばれてしまった。
ミディアは蒼白になった。
しょせん田舎の菓子屋である。先代は王都に店を出していたかもしれないが、それだって平民相手の商売だった。
それが貴族!?殿上人?!粗相があったら平民など即手打ちでは?!こんなもの食えたものではないと切りつけられるのでは?!それに同業からの嫌がらせなんてされたらどうしたらいいのか。だってお貴族様はお抱えの大変に高級なお店をたくさん抱えている。そんなところにド田舎の横やりがはいった、なんていじめられるに決まっている。それに使っている小麦だって果物だって材料からして格が違いすぎる。やはり無理だ無理無理無理無理むりむり……
どうせまた兄が口から出まかせを言って「実はお忍びで来られた●●様が一押しでして~」とか言ったに決まっている。この店でカフェをやると言い出したときも、誇張に誇張を重ねて、周りから怪訝な目で見られたのだ。
ミディアは穴に入りたくなるほど恥ずかしかった。
結果としてはうまく行ったんだから何の問題があるんだよ!と怒鳴られて黙るしかなかったが。
今回だって同じだ。
「もう申し込んできちゃったから」「こっちの都合でやめるなんてそれこそ反感を買うだろう」「下手なものを出したら作ったお前の首が飛ぶからな」とめちゃくちゃなことを言う。
ミディアは半泣きだった。
皮算用しかしない兄と王都の貴族たちの前でプレゼンができるなら見初められるかもと喜んでいる妹。
肝心のケーキの中身は誰も考えていない。
「こういう感じで」ととりあえずのイメージだけを伝えられて、王都に運ぶまでの日持ちや大きさなど色々無理難題をこなしたアイディアを練り試作品を作りつつ、ますます増えた店に訪れるお客様のために日々の仕事も回し、徹夜と品評会への不安でふらふらとしていたミディアは「もう無理」「あきらめて」と何度も何度も主張した。
しかし、菓子は全く作れないがアイディアと向上心と口先だけは達者な二人に宥めすかされ、泣かれ、貶され、怒られ、最後は家族に逆らったら老夫婦から引き継いだ大事なこの店が潰れるぞと脅されて、しぶしぶ何をどうしたのか兄が借りてきた王都のキッチンで生菓子を作ることを引き受けたのが1か月前。
その後の怒涛の出来事を、ミディアは少しずつ大事そうにケーキを口に運ぶ大男を見ながら思い出していた。
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