第11話 釣り勝負


 今日も私達は釣りに励んでいた。彼は私の教えを律儀に聞いてくれて、今は私をも越える釣り師となった。

 まあ今日こそ私が勝つんだけどな!!!


「今回は私の方が大物を釣ってみせる!! 覚悟しろよ!!!」


「残念だが今回も我が勝利をもらうぞ」


 軽く小突き合いを行いながら小川へと歩みを進める。

 小川へと向かう道のりはいつも視ている景色だというのに、ここ最近は色彩が生まれ輝いているように見える。


「よし! それじゃあ今から始めるぞ! 採れた量の多さと質で決めるからな!」


「ふっ。我の力。見せてやろう!!!」













 釣りとは静の所作。心と体を落ち着かせ自然と一体化する事が重要なのだ。

 魚達は感情に敏感。少しでも感情を心から出してしまうとその瞬間に逃げられてしまう。


 だからこそ私のように静かに……。自然の一部と認識される程穏やかな気持ちにならなければならない。

 静かに釣りざおを振るう。ここからが勝負だ。勝ちたいという強い熱を推し堪え、ただひたすら待ち続ける。




 ……ちらりと彼の方を向く。



 彼は景色と同化しているのでは思えるほど静かに…釣り糸を垂らしていた。

 こちら側からは顔を見ることはできないが、水面にはしっかりと彼の顔が映っている。


 穏やかで優しげな顔。普段の自信に満ちている顔の時は出てこない顔。不思議と水面に映る彼の顔を見つめてしまう。



「…………あっ! やっば!」


 ……まただ。いつもこうして彼を見てしまい、浮きが沈むのに気づけず逃してしまうのだ。

 何度も目を背けようとするが気付けば自然と彼の顔を見る。どう足掻いてもこの行いは避けられなかった。


 そして彼の顔を何度か見ると妙にソワソワして変な気持ちになる。

 こうなると自然と一体化できなくなり魚達が逃げてしまう。おかげでここ数日の間、私はずっとボウズだった。




「おお! 見ろ見ろ!! 大きいぞ!!!」


「ええいうるさい!!! そんなの見れば分かる!!!」


 私はずっとこんな感じになってしまっているというのにこの馬鹿はずっと魚を釣り続けている。

 子供のようにずっとはしゃぎ続けるその姿は少し可愛らしいと思ってしまう。


「ふはははは!!! また来たぞ!!!」


「だからうるさい!!! 魚が逃げるだろ!!!」



 前言撤回。可愛くない。


 昔地獄に居た悪ガキ鬼のような憎たらしさを感じてムカムカしてきた…。

 私がボウズなのは全部あいつが悪い。

 そう考えたその時……、悪魔的発想が湧き上がった。





 ………………嫌がらせしてやろう。


 ニヤリと悪い笑みを浮かべた私は彼の下へと向かう。

 桶に入っている大量の魚が私の心を深く揺さぶり、ニコニコ顔の彼を見ると嗜虐心が湧き上がってくる。


「よっと!」


「ぬわああ!? な……、なな、何をやっている!?」


 わざと大きく声を上げて彼の真横に座ってやった。

 お互いの体温が分かる程に体が密着しあい、彼の硬くて力強い筋肉に声が出そうになるがギュッと堪えて頭を肩に乗せる。

 角が当たらないように気をつけながら彼に寄り添う。


「変に騒ぐと頭に角が刺さるぞ。ほらほら!そんなことより釣りに集中しないとなあ!」


「ひ、卑怯者!!! 鬼は卑怯が嫌いなんじゃないのか!!!」


「ああその通りだ! だがダメージを負っているのは私も同じ!!! それでおあいこだ!! いいな!!!」


「て、天鬼……」


 顔を赤く染めながら早口で彼にまくし立てる。

 そうだ私も結構辛いんだ。

 だからこれは対等。卑怯なんかじゃ断じてない。


 他の人が聞いたら溜息をつかれるであろう確信を持ちながら更に彼に近づく。

 そしてその場で釣りを再開した。

 彼の激しい鼓動を感じるたびに、してやったりという気持ちと汗が止まらなくなる程の恥ずかしさに襲われる。



「か、肩に。ううう……」


「……………………………」


 だがこれでいい。

 これでようやく私にも価値の目が生まれてきた。

 彼の竿は震えすぎて偽餌が見えない。

 これならいける。私は勝利の笑みを浮かべた。







「………………良い匂い」


「うっ!?」


 予想外の言葉を言われて声が出る。

 結局この日、私達二人はボウズだった。





















「ふふ、ふふふふふふ!!!! 全ての民が私の制御化になった!!! 後は風丸様を待つだけ。……いっその事こちら側から攻め入ってしまいましょうか?」


「睡蓮様の命令とあれば。天上の神々ですら殺してみせましょう」


 麗しい美女の背後で膝をつく一人の男が覚悟を決めたような顔で声を張る。

 その男……、金剛膝丸は大陸の頂点たるワノ国の殿としてありえない行為だというのに、寧ろそれを誇りに思ったような笑顔。

 そしてその顔に相応しくない死んだように色彩の無い目を浮かべていた。

 睡蓮はその様子を虫けらを見るような目で見る。


「うるさいですわね。私は貴方に発言を許してはいませんわ。黙りなさい」


「っ! 申し訳ありませんでした!!!」


 不敬をしてしまった膝丸はその場で土下座する。

 一国の主としてあり得ない行為。

 だが誰も疑問には思わない。なぜならば既にワノ国は彼女の物となっているのだから。


「だがあの鬼は強い……。敵対は愚策。封印の準備をしておきましょう。皆様は封印が成功するために足止めをしなさい。精々数分は稼げるでしょう」


「「「はっ!!!!!」」」


 殿上の間で頭を垂れていた重鎮達が一斉に声を張り上げる。

 だが睡蓮は重鎮達を一切見ず、月桂樹の髪飾りをただ撫でていた。




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