第8話 出てこない答え


「ああ…。気持ちいい」


「それならよかった。…んぐんぐんぐ。ぷはぁ~!!!」


 頭に濡れた手ぬぐいを当てられるとようやく熱が引いていく。

 先ほどまで我に脅威を振るっていた奇妙な熱は、ようやく止まってくれたようだ。


 ……それにしても


「相変わらずよく飲むな。体を壊さないのか?」


「な〜に平気平気! 酒に飲まれる鬼がいるわけないだろう!」


「いやいや! 流石に鬼とはいえここまで飲みっぱなしは不味いだろう! 少しは控えないと!」


 先ほどから一度も彼女は瓢箪を手放していない。ずっと持ち続け、かなりのペースで酒を飲み続けている。


「大丈夫大丈夫! この瓢箪は一生お酒が減らないから!」


「いやいやそうじゃなくて! 普通に体を悪くするだろう!」


「でもお前を一人にするわけにはいかないだろ! 暇なのはやだ!!!」


「あ…。それは……済まない」


 言い返せなかった…。子供のように駄々をこねる彼女を何とか慰めにかかる。

 ドタバタ地面に転がり、そのまま綺麗な髪がブンブンと振り回している姿を見るとなんというか…心にくるものがある。











 ……一時間もかかった。


「済まなかった…。飲んでいいからもう止めてくれ。……耳が痛い」


「…………分かった。……飲まないからその代わりお前さんの話を聞かせろ」


 こちらを見てくる彼女はほっぺを膨らまし、頬杖をついている。

 癇癪を起こした子供のようで微笑ましい可愛さがあり、少し心が揺れ動く。


「話…?」


「ああ。暇つぶしだ。…どんな人生を歩んできたのか知りたい。いいな?」


「ああ…いいけど。そこまで面白いものではないぞ」


「構わない。…お前の話が聞きたいんだ」



 この時の彼女の笑顔はあまりにも可愛らしすぎると感じた。

 何度も何度も言っている気がするが本当に可愛らしい。まるで満開の花火のようだ。




 一度心を落ち着かせ、自身の過去を振り返る。

 我の話…。我の話か…。何を話せば良いのだ…? 始めて妖魔を討伐した時の話でもすれば良いのか?


「そうだな。では我が始めて討伐した妖魔。くるぶしの妖精の話を…」


「待て! ……なんだそれは?」


「…? くるぶしの妖精だ。言葉通りの意味だが?」


「聞いたことがないぞそんな奴!?」


「そんな珍しい存在だったのか? まあ良い。あれは我がまだ民衆達に恐れられていたある日。一人の少年が…」























「それで我は多くの民衆に認められ侍へと至ったのだ。母上も父上もその光景を称えてくれた。そして正式にワノ国の跡取りとして我の地位は確定したというわけだ」


「…………そんな事があったのか。…くるぶしの妖精。面白い性質の存在だな。一戦交えてみたかったなあ〜!」


 どうやら満足してくれたようだ。こういった話をしていれば互いに暇もつぶれる。

 戦闘しかできない我は積極的に妖魔を狩ってきた。こういう話なら山程あるぞ!




 それからは多くの話をした。人や家具に化けていたずらを繰り返す化け狸。


「そして気づいたのだ。この化け狸。人に化ける時は目の隈が酷くなることに! 不思議に思い訪ねた所なんと! そこはわしの魅力だから消したくないと泣き出したのだ!」


「ふはははははは!!! 化け狸の癖にそんな馬鹿なことに拘りがあるのか!」


「無様に泣き叫んだ化け狸を斬り伏せる時は妙に悲しい気分になったものよ。」



 山よりも巨大な大百足と渓谷を創り出す土竜の三つ巴。


「百足の猛攻を退けたその時! 大地から音も無く襲いかかってきた土竜に我は吹き飛ばされた!」


「なんだと! まさかそのような土竜が居るとは…。世界とは広いな」


「貴殿は百足や土竜とは戦ったことがないのか?」


「私が戦ったことがあるのは龍や天狗。最近だと祟神だな。厄介だったがぶん殴ったら殺せたぞ」


「……ええ?」


 改めて彼女の強さを理解できる。龍や天狗はまだ倒せる。……だが祟神は難しい。

 彼女との話は実に楽しい。なんというか驚きと興奮で満たされる感じがする。



「かと思ったら体の動きが逆になったのだ! 右足を動かそうと思ったら左手が動き、右手を動かそうと思ったら左足が動く! 我は今まで戦ったことのない鬼相手に混乱したものよ」


「ああなるほど。恐らくそれは天邪鬼だな。鬼とは名ばかりで力の無い妖魔。だがどんなものも逆転する特殊な力を持っている。」


「そんな鬼がいたのか…。初耳だ」


「まあ素の身体能力が低いからすぐに死んで数が少ないからな。知らないのも無理はない。」


 互いの波長が合うとでも言えばいいのだろうか

 一度話を始めると止まること無く話し続けてしまう。気がついた時にはもう日は暮れ月夜が現れていた。





「……おや? もうこんな時間になったのか」


「怪我人だというのに話し過ぎてしまったな。」


 辺りは真っ暗闇。この家は鈴虫の声すら聞こえてこない完全な静寂に包まれていた。

 月の光が窓から家の中に入ってくれるお陰で家の中の様子がよく見える。


「だがお陰で暇が潰れた。…そろそろ寝るか」


「ああ…おやすみ」


 あれ…? そういえば我は怪我で食欲が湧いていないから食べていないだけだが彼女は夕餉を取らないのだろうか?

 彼女の方を向くと近くに置いてあった瓢箪を取り、また酒を飲んでいた。


「……夕餉はしないのか?」


「…ん? これが代わりだ! 鬼は酒さえあれば生きていける。お前こそ良いのか?」


「俺は食欲が湧かん…」


「怪我人がそれは駄目だろ…。一応お粥だけ作ってやるからそれ食ってから寝ろ。私も久しぶりに夕餉食べるから」



 我の返事を待たず彼女は台所へと移動していく。その姿を見た我は何故か嬉しい気分になっていた。


「……お腹は空いていないはずなのに、なぜだろうか?」




どれだけ考えてもその答えが出てくることはなかった。










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