第3話 運命との出会い
目が覚めると我は彼女と共に寝ていた。ただお互いに手を出すことは無かった。
聡明な彼女の事だ。恐らくこう思ったのだろう。
『戦いに出る我の眠りを妨げて自らの欲を満たすわけにはいかない……』と。
横で眠っている彼女を置いて外の空気を吸おうと……。
「……ん」
彼女が裾を掴んで、我が外に出ようとするのを拒んできた。
こちらを見る目はとても悲しそうで、例えるならば帰りが遅くなる父親に駄々をこねる子供と言ったところだ。
「風丸様……一つだけ……お願いがございます」
立ち上がりこちらを見る目は赤く染まっている。声は少し枯れており、顔には少し朱色が滲み出ている。
「約束してほしいのです。任務がない時は常に私が見れる範囲に、いつでも会える距離に居てほしいのです……。命ある限り側にいる事を誓って欲しいのです」
「……ああ。約束しよう」
正直言うとまだ彼女は疑っている。だがそれでも……この言葉に応えないのは漢ではない。
我は彼女に約束を交わし、部屋を出る。だが何故か部屋を出る前に立ち止まってしまった。
ここを出たらもう引き返せない。そんな予感がした。
彼女の方を振り返る。だが彼女は不思議そうにこちらを見るだけだ。
「……ん?」
一瞬……彼女の後ろに何かが見えた。獣耳のような何か。だがそれは一瞬。
瞬きした次の時にはその光景は消え去り俺の眼には普段の彼女が写っていた。
「どうかなさいましたか?」
「いや……何でもない。行ってくるよ」
「……ご武運を」
彼女に送り出され部屋を出た我は準備した装備を取り出し、朝食を食べに向かう。
「おはようございます。風丸様」
「ああ。おはよう」
道端にいる侍女達に挨拶を交わす。そういえば昔は彼女達に怖がられていたな……。
我は生まれつき力が強かった。三歳の頃には触れただけで壁を壊すほどだった。
最初は鬼の生まれ変わりと呼ばれ、陰で恐れられていたが父上と母上の尽力により今の我がいる。
我はこの国を護る。それが父上と母上への恩返し。この力を持って生まれた意味なのだから。
多くの仲間や民達に送り出され地獄山へと向かっていく。
それにしても流石は我らがワノ国。大都市から離れた山道すら完全に舗装されており歩きやすい。
本来であればこういった舗装は外敵からの侵入をさせやすくさせるのであまりやれる行為ではない。
しかしそれをしても尚外敵に勝利する軍の強さ。これこそがワノ国が強豪国たる理由の一つである。
我はひたすら走り続け十日程経った時。ようやく目的地の地獄山がある地域へ到着した。
「ここは……酷いな。本当に地獄のようだ」
周囲は黒い岩肌が露出して、まるで黒刀のようになっている山々が連なっている。
そしてその中央。一際大きく周りの黒々とした大地とは一変し緑豊かな山がある。
かつて訪れた砂だらけの大地にあった水場のようだ。
「……ッ」
異様な光景に少し声が漏れる。こういった矛盾に満ちた場所は大抵恐ろしいナニカがいる。
今まで多くの妖魔と戦ってきたからこそ分かる。……ここは危険だ。
「……ふう」
刀の柄を強く握る。殆どの人間には見えぬかも知れぬが我には見えた。
地獄山の頂上。そこから明らかに異常ともいえる気配が見えた。……そう見えたのだ。
あまりの強さ故にその気配が実体となって表れている。ここまでの強敵は今までに一度も相対したことない。
負けるかもしれぬな…。
我は心に生まれた負の思いを消し去り先へと進む。
普通の山だ。草木は生い茂り、鳥達の唄声が聞こえてくる。ただ一つ違和感があるとすれば……。
「見られてるな」
ナニカがこちらを見ている。頂上からこちらを見下ろしている。
恐らくこのナニカこそが天鬼であろう。奴もこちらが見られている事に気づいているのは分かっている。
間違いなく誘われている。我の強さに気づきながらこういう対応ができるのは紛れもなく強者の証。
一歩一歩が重い。ただでさえこの山はワノ国一大きな山だというのもあって登り切るのに丸一日かかってしまった…。
「着いた……。ここが頂上か」
頂上は例えるならば天上とも呼べるほど美しい景色だった。
かなり長い間嫌な視線に翻弄されていたというのに、それを忘れてしまうほど美しい光景。
あまりこういうものに疎い我ですら感動してしまった。
「……凄いな」
つい言葉を漏らす。地獄山と呼ばれているからどんな恐ろしい場所かと思ったら……案外いい所ではないか。
「お前もそう思うか!! そうだろうそうだろう!! ここの景色は最高だからな!!」
「!?」
突如後ろから声が聞こえた。バカな!!!
近くに誰かいる気配は感じていたがここまで接近を許すなんて!!!
即座に後ろを跳び、声の主から距離を取る。
「驚かせちゃったか? 悪いな!」
「なにも…………の……?」
時が止まった。否。そう錯覚させる程の美しさが彼女にはあった。
我と同じというかなり高い背丈。一束で国を買えると思えるほど美しい漆黒の髪。柳の様に美しい肉体。
だが何よりも目につくのは彼女の頭から出ている一本の真っ赤な角。
間違いない……彼女は鬼だ。それも今までに出会った誰よりも強い。
暴力的な妖気をビリビリと感じる。
「私は天鬼! この地獄山の長だ! お前の名を聞かせてくれ!」
「我は風丸。ワノ国の侍だ」
この時の我は不思議と名を名乗っていた。
本来であればやってはいけない行為。名前を知られてしまったら呪いを受けてしまう危険性がある。
呪いは我だけでなく血縁であれば他の者にも作用する。故に妖魔との対峙の際は決して名を名乗るわけにはいかない。
だが何故か目の前の鬼はそんなことしないという確信があった。
何故なのか我は分からない。だが我の心はその想いを理解していた。
彼女こそが我の運命の存在だということに。
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